引っ越しました。
少し、ひさしぶりかな。
俺は呪いの紋章師ウル。自分でいうのもなんだが、ただの冴えないおっさんだ。時々俺のもとを訪れてくる呪いに悩む人たちの問題を解決して報酬を得て生活している。
ま、一応、この国の一角を治める大貴族べリントン家の人間なんだが、もうそんなのは十数年も前の話。べリントン家から追放されてから、べリントンという貴族名は捨てている。
もとはジャワ渓谷の近くの森の山小屋に一人きりで住んでいた。そう、いまや過去形。
いまは、異種族が入り混じって生活している大きな街に引っ越しているし、正真正銘の同居人ってやつが出来ちまった。
何の因果か。
とある呪いを解いた結果、千年前に絶滅したはずの漆闇妖精族の少女リラの面倒を見る羽目になっちまった。齢15の女子。という事はだな、山奥のおんぼろ小屋なんかじゃ同居は無理なのよ。お年頃の女の子と一緒に、せせこましい小屋で一緒に住むなんて無理。もともと人嫌いの俺が、こんな人の多い街に引っ越す事になっちまうとは。
ま、実は引っ越しを考えていた時期でもあるから、ちょうどよかったともいえるのだが。
ここは、聖都市【フレイブル】の片隅にある小さな屋敷。俺とリラとで移り住んでから、もう十数日が経とうとしていた。
朝。俺は威勢のいい声で夢から覚めた。
「ウル! 朝ご飯できたよ!」
リラの元気な声にもようやく慣れてきた。俺は薄く目を開いて寝台の上で体を起こす。目をこすって大きくのびをする。ふとみた視線の先、俺の寝室のドアノブを握ったリラがいる。半開きの隙間から顔をのぞかせて、にかっと笑った。
「ウル! おっはよー!」
「……おう、リラ。おはようさん……」
「ちょっと! しゃんとして! 今日はここにきてから初めてのお客さんでしょ。顔洗って、髭も剃って、昨日髪も切ったんだから、寝ぐせは直して。ウルはくせっ毛なんだから髪型もきちんとね。ちゃんとしたらまだそれなりにマシな顔なんだからさ」
「……マシ、ってなんだよマシって……ふぁ~。朝から元気よすぎんだよ、お前は……朝が弱い俺にはお前のその明るさはまぶしすぎる」
「なにわけわかんないこといってんの、早く起きて!」
リラはそう言い残すと扉を静かに閉めた。やれやれ、だ。
あああ、一人暮らしがちょっと懐かしい。