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呪いの解けたキャンディ






さてここから再び主人公ウルの視点へと戻ります。








俺はゆっくりと目を開いた。周囲は赤黒い空間。俺はまだ、あの異空間の中にいるようだ。


しかし何だったんだいまのは。だれかの、記憶か。


いや、そうだ。今のはダークエルフ族の賢人、ガリアスの記憶。


そして、キャンディにかけられた”遷心の呪法”の真実だ。


いま、俺の目の前には小さくなった呪魔、赤竜がうつむいて座り込んでいる。


俺は、そのガリアスであろう小さな赤竜に話しかけた。



「今、お前さんの記憶を見た。あの黒いうさぎのぬいぐるみの中に封じられていたのは、冥界の女神エレシュキガルと、ダークエルフの巫女リラ、二つの魂だな」


竜はうつむいたままつぶやく。



「そうだ。私はリラを救えたのだろうか……」


「さあな。だが、きっとじきに答えがわかる。遷心の呪法は解けるだろう。キャンディはただのぬいぐるみになり、魂は元の体に戻る。そこから先はどうなるか、俺にもわからねぇが……」


「貴様は、誰だ……」


「俺は呪いの紋章師、ウル」


「ウルとやら……リラを……たのんだぞ」


「は? たのんだぞって……どういう意味だよ」


「お前が呪いを解いたのだ。お前には責任がある。リラを……あの子のカラダをここから出してやってくれ。千年以上この薄暗い廃墟に閉じ込められていたのだから……あの子を上の世界に、光にあふれる地上の大地に連れて行ってやってくれ。私の代わりに……」


「なんだよそりゃ……。だが、そのためにはこの寺院にかけられている魔術陣を解かなきゃなんねぇ。あいつらは魔術陣のせいでここから出られねえんだから。お前さん、解き方を知っているのか?」


「この庭を囲む回廊があるだろう。あの回廊の天井に描かれたものが結界の魔術陣となっている、幾重にも魔術陣が張り巡らされているのだ。今からお前に解き方を伝えよう。手順通りに、魔術陣に描かれている指定の文字を消していくのだ……今からお前に私の記憶を流す」


「記憶を流す……? なんでぇ。そりゃあ」


「あの剣だよ。あの刃のない剣はいわば人の念や記憶を具現化し、共有するための装置なのだ、深層の統合、精神の結合……集合意識」


「か~、頭のいい連中の言葉は、よくわからねぇ。とにかく俺に魔術陣の解き方を教えてくれるんだな」


「そうだ。ウル……頼んだぞ。リラのことをくれぐれも……」


「わかったよ」



竜はさらに小さくなっていく。そしてぽつりとつぶやいた。



「ありがとう」



そして、きえた。




ふいに目の前の風景がガラリと入れ替わった。周囲は青白く光る月光石。静かなあの庭の中に俺は戻ってきていた。ふと右手を見ると、あの剣が握られている。いつの間に。なんだかわからねぇことばかりだが。


その時、すぐ耳元でレイべスの声が響いた。



「どうしたの、ぼうっとして」


「きいやあああああああ!」


俺は飛び跳ねた。そちらを見るとレイべスが目を丸くしている。あ、戻ってきたのか。そうか。俺は少し気はずかしくなりながらも答える。



「呪いが、解けるぞ」


「え?」



俺は後ろにいるであろうキャンディに振り返った。キャンディの体はふらりと揺れている。俺は歩み寄りキャンディを抱えると一緒に祭壇にすすむ。一気に階段を駆け上がり頂上までたどり着いた。


目の前に月光石の棺。


重そうな蓋がかぶせられている。俺はキャンディを胸ポケットに入れて、腰を落とすと蓋の横に手を当ててぐっと押した。蓋は思いのほか軽く、簡単に動き向こう側にずり落ちた。


中には、茶けた衣に包まれたミイラらしきものがあった。顔には金色に輝く仮面がすっぽりとかぶせられていている。目と口元がくりぬかれたのっぺりとした仮面。俺がじっと覗き込んでいると、胸ポケットからキャンディのからだがポトリとミイラの胸元あたりに落ちた。



「お、おいキャンディ……キャ……」



ちがう。もう、動いていない。キャンディはまるで動かなくなった。黒い毛玉のかたまりのようにピクリとも。


次の瞬間ミイラの体が輝きだす。衣と仮面の内側から白い閃光が周囲に飛び散った。俺は思わず顔を覆って飛びのいた。


しばらくしてからゆっくりと手を下ろし、棺に目をやる。棺のふち、中から細い指がはい出した。俺は息をのんで見つめる。その時、いつの間にか俺の真後ろにレイべスもきていた。レイべスがつぶやく。



「エレシュ……やっと、やっとだわ!」



棺の中から上半身がもちあがる。金の仮面がぐるりとこちらに無機質な顔をむけた瞬間。仮面はポロリと落ちた。


仮面の下から現れたのは、いつか見た少女。ダークエルフのあの少女だ。”魂の鏡”に映ったキャンディのあの顔。俺はついついいつもの口調で話しかける。



「おいキャンディ……? お前、キャンディか?」



少女は懐かしそうに俺の顔を見てつぶやく。



「ウル、変な感じ。違う人みたいに見えるけど、でも、ウルだってわかる」



キャンディの声だ。これは間違いなくキャンディの声。



「へっ、驚かすない。でも、なんだか変な感じだな~。お前ずいぶんきれいになっちまって」


「……ウル、私。覚えてる。全部、全部。今までの事も覚えてる」


「へ?」


「ランカの事、リゼの事。ココナやディンブランの事も、全部、全部、覚えてる」



驚いた。こいつは数日もすれば、今までの記憶が全部きえていっちまっていたのに。まさか、その記憶を全部、覚えているってのか。こりゃすげぇ。



「お前……記憶があるのか?」


「……うん。覚えてる。みんなの顔も、みんなと過ごした日々も、そして、ウルがなんども私の呪いを解いてくれるって、約束してくれたことも」



キャンディはそういうと棺から飛び出して俺に向かってくる。俺は膝をついた。



そして飛びついてきたキャンディを胸に抱きしめた。腕の中で震えるキャンディの体は確かに暖かかった。もう、ぬいぐるみではなかった。





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