ガリアスのこころ ③★
ゴウリとのやり取りの後、私は過去の愚かな自分の行いを悔いた。そして決めた。我が孫娘であるリラを助け出そうと。何が起こるかわからない神魂召喚の儀式にあの可憐な少女の命をささげるなど、とうてい許すわけにはいかない。
いまさらといわれようとも、掟破りだといわれようとも、恥知らずだといわれようとも、私にはリラを寺院から連れ出すという選択肢しか浮かばなかった。
この街の中央にある寺院の周囲には強力な結界術が張り巡らされている。虫一匹はい出る隙間がないといわれるほどの強固な結界術だ。どれほど魔力の強いものでも普通の方法では絶対に入り込めない。どうするべきか。
私は日がな一日リラを連れ出す方法を考え、眠りにつくという毎日を繰り返していた。
そんなある日。
私の浅い眠りを階下の物音が遮った。私は薄く目を開く。時々、私の娘であるアーリが食料を持ってきてくれることがある。私は寝台を抜け出して上着を羽織ると部屋を抜けて階段を下りた。玄関をたたく小さな音がかすかに聞こえる。私は少し警戒しつつも玄関に近寄り、扉越しの向こうに声をかけた。
「誰だ? アーリか?」
「……お、とう様、扉を……」
「アーリ。どうしたのだ、このような眠りの刻に」
私が扉をあけると、娘のアーリが薄手の衣姿でうずくまっている。私は慌ててしゃがみ込みアーリの肩を抱きかかえる。ふっと覗き込んだアーリの口元から真っ赤な血があふれ出ている。
「ど! どうしたというのだ! さぁ! 早く部屋の中へ」
アーリは立ち上がろうとする私の腕にしがみつき首を振ってこういった。
「お父様、賊がこの街に侵入しています……はやく、はやく」
「なんだと……そんな馬鹿な……」
私はアーリの体を調べ、傷口に手を当てると治癒術をかけた。自分の屋敷の二階にある寝室にアーリを担ぎ込み寝台に横たえると、急いで黒いローブをまとう。アーリは寝台から私にむかってこう言った。「私のことはいいから、巫女様を、リラを…助けに行って」と。その言葉に背中を押されて、私は街に走り出た。
わが目を疑う光景がそこにはあった。街の中央に近づいていくと、屋根という屋根の上に首の長いトカゲの獣人がうようよとうごめいていた。
「なぜだ、街の入口の結界術が破られたのか……」
その時、通路に立ちすくむ私をとり囲むようにべちゃり、べちゃりといやな足音を立ててリザードマンが数匹降り立った。真っ赤な舌をチロチロと出し入れしながら裂けた口をニタリとひらく。白い牙を見せつける。軽装の鎧に身を包み、三日月のような円月刀を身がまえて私ににじり寄る。
地上で繰り広げられているという覇権争い。ついに私たちの街にもその火の粉が降りかかったのか。
私は目を閉じて、口元で小さく炎の魔術の呪文を唱えると、右手を頭の上にかざしてさっと一回転させた。
「闇へ消えされ邪悪なるシモベども!」
手のひらの炎は一瞬にして明度を増す。
周囲のトカゲどもは一瞬にして青い炎に包まれ、消し炭になり散り去った。断末魔の声を上げる隙も与えない。
私は街の中央をぎりりとにらんだ。寺院に行かなければ。巫女様を、リラを助けねば。私はやせ細った体に鞭打って寺院を目指した。
あちこちで繰り広げられる攻防を横目に見ながら私は寺院を目指した。ついに目の前、寺院の入り口に続く長い階段を見上げた。
階段の中央あたりで白い袈裟姿の男が飛び跳ねながら、何匹もの獣人を相手に魔術の光をはためかせている。次々に獣人どもは階段に沈んでいく。ゴウリだ。ゴウリはあっという間に敵をなぎ倒す。しかし、どこから湧いてくるのか、次々にトカゲがゴウリにとびかかる。
私は立ち止まり、息を一つ吸い込んで光の魔術を唱える。右手を上に高々とかざし次々と光の矢を打ち放つ。私は矢に命じる。
「追跡せよ」
光の矢はバラりと散らばる。あちこちに軌道を変えて降り注ぎ、陰に潜むトカゲどもの脳天を貫いていく。私はそのまま階段を駆け上がる。こちらに気が付いたのかゴウリが階段を飛び降りてきた。私たちはお互いを見ながら、落ち合った。ゴウリは息を切らして周囲を見渡す。
「ガリアス様……よくご無事で」
「ゴウリ、このトカゲどもはいったい」
「侵入されました。入口の結界術が破られてしまったのです。どこかに相当な手練れの魔術師がいるはずです。このトカゲどもをいくら倒したところでキリがありません。延々とわいてきます」
「寺院は大丈夫なのか」
「残念ながら、侵入されました。わたくしはここで敵を食い止めるので手一杯です。ガリアス様……このような時にお話しすることをお許しください。実は、神魂召喚の儀式を今日執り行う手筈でした」
「なんだと!」
「その日を狙いすまして、この襲撃です。わたくしは嫌な予感がするのです。我々ダークエルフの中に手引きした者がいるのではないかと」
「巫女様は無事なのか!」
「わかりません……ガリアス様、どうか中へ。すでに寺院の結界術も破られました。ふがいないわたくしめをお許しください」
「いや……よくぞ話してくれた……私が寺院の中へ行くことを許可してくれるか」
「はい。どうか大僧正様と巫女様をお助けください」
私はゴウリにその場を任せて階段を駆け上がる。大きく開く寺院の入り口から回廊へとすべり込んだ。