ガリアスのこころ ① ★
さて、ここから少し視点が移ります。
ウルの心は、はるか千年以上も前、ダークエルフ族のガリアスの元へと飛びこむことに。
しばらくは、ガリアスの視点へと移ります。
ここは地の底。ダークエルフがひそやかに暮らす地下都市ディール。
もともと絶対数の少ないダークエルフ族は多種族との交流もあまりなく、地下に潜み、ただ魔術の研究に没頭するようなあたまでっかちな種族なのだ。
今日の夕飯は質素なスープに、地上でとれた新鮮な野菜と、少しのしし肉。
私が食事の席につくと、小さな四角いテーブルの向こうからリラがいたずらっぽくささやく。
「ガリアス様、わたし、さっき5回も、その大きな耳に向かってお名前を呼んだのですよ?」
「おお、そうかすまないね。リラの声が心地よくてついつい聞き入ってしまってな」
「まぁ、お上手なこと」
リラはクスクスと口元をおさえた。私はどこか大人びたリラの顔を見てかすかな不安がよぎった。目を伏せて、匙を取りスープをひとすくい。口に運びのどを潤してから、リラにたずねる。
「リラ。お前が私に魔術を習いに来てから3年たつ。両親が恋しいかね?」
「いいえ。恋しくないといえば噓になりますけど、それ以上に賢人ガリアス様に魔術を習えるのはとても光栄なことです」
「そんなたいそうなことでもないよ。お前ももうじき15歳。巫女になるための儀式が待っている。リラならばうまくやれるだろう。生まれながらにお前には大きな力が宿っている。それがいい事なのかどうか、私にはよくわからないが……」
リラ。この子には生まれながらに強力な魔力が宿っていた。それは魔力の強いダークエルフの中でも群を抜いていた。まさに天から授かりし贈り物といえる。
それゆえに、強力な力を扱うにはそれなりの覚悟と方法を教えなければならない。強い力というものは誤った方向に使ってしまうと破滅を招くのだ。
その為、この子は私の元に送り込まれたのだ。私はこの子に様々な魔術を教えるとともに、その恐ろしさも教えた。良き魔術を本当の意味で理解するには、悪しき魔術も知らねばならない。そして両方を知ったうえで正しいほうを選ぶことのできる判断力を身に着けさせるのだ。
心を鬼にして、何度もしかりつけもしたし、厳しい鍛錬を積ませた。泣き叫ぶこの子にひどい言葉を投げつけたこともある。でも、この子はすべて乗り越えた。
この子は、かつては賢者と呼ばれた私以上の魔力をもっている。最初は心配していたが、リラは非常に素直だった。きっと小さいころ、両親から深い愛情を受けて育てられたのだろう。私から教えられることはもはやすべて教えた。
私が黙々と食事をしていると、リラの声が鈴の音のように響いた。
「どうしたのですか? ガリアス様、なんだかいつもとどこか違うような……」
「いや……さっき本を読みながら、なんだか夢の中に入り込んだような気分になってね。まだその夢が頭のすみっこに残っているような気がしてね……」
「まぁ、なんだかどこか不安げなお話ですね、いったいどんな夢を?」
「遠い過去のような、はるか先の未来のような……だれかと混ざり合ったような気分だった。それにすこし悲しかった。まぁ、きっともうすぐリラがここからいなくなってしまうから、不安になっているんだろう。寂しい老人の与太話だ、ききながしておくれ」
「ガリアス様、わたし、もし巫女になってもこっそり寺院を抜け出して、ガリアス様に会いに来ます。だから寂しいだなんていわないで。きっといつでもお会いできます」
「そうか。そうじゃな。ありがとう、リラ。お前は本当に優しい子じゃ」
リラは手にしていた匙をそっと皿に置いた。そして、席を立つとゆっくりと私の隣に歩み寄る。そして私のしなびた手を握る。私は少し驚いてリラを見上げる。
「ど、どうしたんじゃ?」
「ガリアス様……本当に、いままでありがとう……私、立派な巫女になってみせます。本当に……ありがとう……おじいちゃん」
リラの目が不意にゆがんだ。リラはゆがんだ顔を見られまいとするかのようにうつむいた。
私はリラのほうを見ないように顔をそむけて、ふっと目を閉じた。そして、リラの小さな手のぬくもりを、深く心に刻んだ。
いままで、よくがんばった。
我が孫娘、リラ・モウルデイルよ。