赤い竜、青い炎
俺は片膝をついて、小指を立てた右手をすっとキャンディにさしだした。
キャンディはつつっとこちらにより、指のない丸い手を差し出し、こちらを見上げる。
「いじわるね、アタシには指がないから、指切りげんまんなんてできないわ」
「へっ、まぁいいじゃねぇか」
俺はキャンディの手に小指を当て、くっとちいさく握り伝えた。
「お前にかけられた呪いが解けるかどうかは保証できねぇが……ま、頑張ってみるよ」
俺は立ち上がると、少し先にある祭壇に進んだ。むき出しの階段の前で立ち止まると、隣にレイベスが並んだ。俺はレイベスを横に見上げる。
「この祭壇の上にあるあの黒い石棺のなかに、キャンディ……いや、エレシュの器になったダークエルフの少女の亡骸があるんだな」
「そう。亡骸……というよりは、抜け殻ね。エレシュの魂が戻れば復活するわ。エレシュの記憶とともに」
「だがな、呪いを解くにはその呪いの真実をしらなきゃならねぇんだ。だが、呪いをかけたダークエルフは千年前に、お前が殺したんだろ?」
「そうね。でも、ダークエルフたちはズル賢いの。大事な宝箱にカギをかけたのならば、必ずそのカギをどこかに残すはず。ウル……といったかしら。あなたはカギのありかを知っているんじゃないの?」
「わるいが、買いかぶりすぎだ。俺は呪いの魔術は扱えるが、ダークエルフの魔術に対抗できるほどの力は……」
俺の口は自然ととまった。
出来すぎている。やっぱり俺がここに来ることは誰かに仕組まれていたのか。俺がここに来ること、そして今、俺が”あれ”を持っていること。
俺は背中の荷袋を足元におろして、口元を縛っていたひもを緩める。そして中から木箱を取り出して蓋を開いた。
中にあるのは斬呪剣。刃のない、古びた剣の骨董品。この剣は呪いを具現化し切り殺すことができるという謎の多い呪具だ。
木箱を目の前に抱えた俺を見下ろしてレイべスが不思議そうに声をあげる。
「何なの、その骨董品は。まるで今にも崩れてしまいそうなほどね」
「この剣、俺に使いこなせるのか……レイべス、少し下がっていてくれ」
「わかったわ」
レイべスの気配が遠のく。俺は剣の入った木箱を足元において、薄汚れた剣をにらみつける。
スキル『呪具耐性』の発動だ。
俺は唱える。呪具拝借の呪詞を。
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天地万物 空海側転
天則守りて我汝の掟に従う
御身の血をやとひて 赦したまえ
―――――――――
俺は手を伸ばし剣の柄を握りしめた。
途端、青く光っていた周囲の景色が溶けていく。あの風景。
赤黒い暗雲立ち込める異空間が目の前に広がる。延々と広がる原風景。
俺が視線を落とす右手には刃のない斬呪剣。その時、ぎりりと音がした。俺はふと顔を上げる。
俺の見上げた先、ちょうど、位置としては祭壇の上あたりに赤いひかりの粒がみえる。光の粒はふわりふわりと宙に浮いている。またぎりりと音がした。今度は少しばかり言葉っぽい音だ。
ふいに赤い光がこちらに静かに降りてくる。俺は後ずさりながら、ほとんど無意識に剣を身構えた。
赤い光はついに言葉を発した。
「何者だ」
赤い光は、そういったかと思うとブクブクといびつに泡立ち、膨らみ始めた。そこに形作られたのは、長い耳をたずさえて、足元にまで届く髪を揺らしたダークエルフの男。半透明の男はうつむきがちにふらふらとゆれている。男は再び声を発した。
「……エレシュの呪いは解いてはならない……」
これが呪いが具現化した姿、というやつか。ダークエルフの男。この男がこの呪いをかけた張本人ってことか。呪いをかけたこの男の念を具現化したということか。なるほど、これならば呪いの真実にたどり着くのは早いかもな。なにせ呪いをかけた奴と直接対峙できるのだから。
俺は剣を身構えたまま、男に話しかける。
「お前さんが、エレシュに、遷心の呪法をかけたのか?」
「そう……だ、女神エレシュを……神魂召喚で呼び出した……エレシュの力は危険なのだ。エレシュの力を開放してはならない……」
空気が震えた。目の前のダークエルフの赤い影は再び姿を変えていく。その赤い影は大きく大きく、周囲に広がり始める。なんだ、いったい。つぎに地鳴りのような雄たけび。
「グググ……ウウウウ、オオオォォォアアアアアアアア!!!!!」
赤い影はその姿を巨大な竜に変えた。ちょ、と、こりゃ勝てるわけねぇべ。その時、俺の右手の斬呪剣が輝きだす。
持ち手しかなかった剣から青い炎のような刃が出現した。その青い炎は手元から燃え盛り天を衝くほどの巨大な光の剣と化した。
「これが! 呪いを断ち切る、刃か!!」
俺は剣をしっかりと両手に握り、目の前の巨大な竜を見上げた。