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キャンデイからの仕事依頼


キャンディがポケットからこちらを見上げて小さな手を大きく揺らす。



「ち、ちょっとウル! 違うわよ! まさか、アタシを疑ってんじゃないでしょうね!?」


「いやー、まさか、お前がそんな奴だったとはな。人はなかなかに信じきれない俺だが、お前の事は呪具ってことで、すっかり信じこんじまったぜ」


キャンディは俺のポケットから飛び降りて床に降り立つと、レイベスに向かって叫んだ。



「ちょっと、レイベス! アンタどういうつもりよ。まるでアタシがウルをここに連れてきたみたいに言って! アタシ達を仲たがいさせようって気なの?」



レイベスは呆れたように小さくため息をつく。



「そんな気はないわ。でもねぇ、エレシュ。本当にどうしちゃったの? ぬいぐるみに魂をうつされて世界を放浪しているうちに、人間なんかに情がうつったの? 神であるあなたが」


「……いったい何のこと?」


「エレシュ、あなたはね。ダークエルフたちが行った神魂召喚(しんこんしょうかん)の魔術により、この世に呼びこまれた神なの。あなたの真の姿は、冥界の門番、女神エレシュ」


「女神……エレシュ?」


「そうよ。わたしはあなたとともに冥界の門をまもる女神レイベス。またの名をケルベロス」



バカな。いま、俺の目の前にいるのは二人の女神って事か。


神魂召喚、伝承では聞いた事がある。いわゆる召喚魔術だ。高位の存在や異界の存在をこの世界に呼び込むための魔術。今となってはその魔術を扱えるものもおらず、まさに伝説の魔術としてその名を残すのみだが。


俺は床にたつ小さなぬいぐるみに目をやる。



この小さなキャンディの正体が、神魂召喚によって呼び出された女神だなんて。だとすると、俺が見たあのキャンディの姿は何だったのか。真の姿を映すという”魂の鏡”に映ったキャンディの姿は確かにダークエルフの少女だったが。


俺はレイベスを軽く睨んだ。一体、コイツは敵なのか味方なのか。よくわからない。俺はたずねる。



「レイベス。俺がある呪具をつかってみた時、キャンディはダークエルフの少女の顔をしていた。それなのに、キャンディはダークエルフではないっていうのか?」



レイベスは小さく笑う。



「エレシュはダークエルフとも言えるし、そうでないとも言える。あのね、神魂を召喚するにはこの世における”器”が必要なのよ。それは物であったり生命体であったりするけれど、とにかく強大な魔力を秘めた何かなの。エレシュが呼び出されるときに器となったのは、強大な魔力を持つダークエルフの巫女、それはそれは、絶世の美少女だったわ」



「なるほどな。だから魂の鏡にはダークエルフの少女の顔が映ったのか……で? キャンディが女神エレシュだとして、お前は一体なんなんだ、どうしてここにいる」



「わたしはエレシュを冥界に連れ戻しに来たのよ。ところがダークエルフ達がエレシュを渡さず、わたしに抵抗してね。だから……皆殺しにしたの。神であるわたしに歯向かうだなんて、勘違いも甚だしいわ」



「……で、その争いの挙句にお前さんはここに閉じ込められてしまったのか?」


「そうよ。わたしも油断してしまった。彼らは確かに強力な魔術師だった。彼らの作ったこの大きな寺院に張り巡らされた牢獄の呪いの魔術陣。その中に閉じ込められてしまった……でもそれもよかったのかもしれない。そのおかげで、私はエレシュの体をここでずっと見守ることができたんですもの。でもそれも今日まで、かしら。あなた、この寺院に入り込めたという事は、呪いの耐性があるのでしょう。そして必然的に呪いの魔術を扱えるという事よね」


「それはそうだが、俺は別に……」



床におりたったキャンディが下からこちらを見上げている。こいつはずっと、このぬいぐるみの体から出たがっていた。自分は何者なのか、ひとりきりが怖いと何度も話していた。俺はコイツの呪いを解いてやると約束していたんだ。キャンディは前の記憶が数日で消えていっちまう。だから俺は何度も何度もこいつと約束を交わした。こいつが、約束を忘れてしまわないように。


『いつかお前の解呪の依頼を受けてやる』と。


たとえ、キャンディが俺を騙してここに誘い込んだとしても、それはそれでいい。コイツを責めたりする気はない。だが、コイツの呪いを解けばコイツはどこかに行っちまう。ずっとそんな気はしていた。まさかそれがこの世界よりもさらに遠い場所。遥か向こうの世界だったとは。


俺はキャンディに聞いてみた。



「キャンディ、俺との約束を覚えているか?」



キャンディはこちらを見て小さくうなずいた。



「ならば、俺に正式に仕事を依頼するか?」



キャンデイはふたたびうなずいた。そしてこういった。



「ウル、アタシ、解呪の仕事を依頼する」


「で、報酬は何をくれるんだ?」


「何もあげられない。アタシがウルにあげられるのは思い出くらい。せめてアタシの事を覚えていてほしい、だからこのぬいぐるみを」


キャンディはそういうと両の手を胸にあてた。そして小さく言った。



「このぬいぐるみを、私自身を報酬にする」



ま、ぬいぐるみから金は取れねぇしな。俺はうなずいた。



「わかった」







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