白銀の獣人女レイベス
俺とキャンディは動きを止めて、目の前の妙ちくりんなごつい獣人女をじっと見る。俺よりも背が高いし見事な体躯だ。
黙り込む俺をよそに、キャンディがそいつに話しかけた。
「ねぇ、よくわかんないんだけど。アンタはアタシを知ってるの?」
獣人女は猫のように大きな目を濁らせて口をとがらせた。
「エレシュったら……記憶が薄れているのね。無理もないわ。わたしがここに閉じ込められて一体何年がたつのかしら。そこのお方、今は何年?」
突然、話を振られて俺は慌てて答える。
「え? い、今は、エインズ王国歴234年だが」
「聞いたことも無い国ね……」
話を振られたついでに、俺は聞いてみた。
「なぁ、お前さん。さっき、ここに閉じ込められているといったが、ここはダークエルフの都市のはずだ。てことは、ダークエルフに閉じ込められたって事か?」
「そうよ。忌々しい一族。少し魔術の力が強いからと言っておごり高ぶった傲慢な連中だった。ま、わたしが一人で全て滅ぼしてやったから安心して」
「はぁ? ダークエルフは今や歴史上の種族だぞ。それに滅んだのはもう千年以上も前の話だ。お前さんは千年以上もここで生きていたってのか? 嘘をつくにしても、もうちょっとマシな嘘をつけよ」
その時、獣人女の目がまんまるに開いた。わなわなと震えだして、黄色い声を上げた。
「せせせせせせせ、千年以上前!? ちょっとぉ! うそぉおおおおおお!!!」
獣人女は、わぁぁ、とか何とか一人で騒いでいる。
それにしても、最強の魔術の使い手であるダークエルフ族をこいつが一人で滅ぼしただと。ふざけたことを抜かしやがる。突如として歴史から姿を消したと言われているダークエルフ、その滅亡の原因がこの獣人女という事なのか。そんなバカな。
しかし、俺は改めてふと考える。さっき、こいつは閉じ込められている、といった。てことは、この千年遺跡の入り口の階段にかけられている強力な呪いというのは、もしかして外部からの侵入を防ぐためではなく、内部から逃亡を防ぐため。つまりコイツをここに閉じ込めておくためにかけられた呪いということなのだろうか。
だとすると、コイツはかなり危険な存在という事になるぞ。それに、入り口付近にあったあの壁画。
ケルベロスとダークエルフが争う様なあの壁画。コイツはさっきケルベロスの姿をしていた。俺は勘が鈍い方だが、それでも感じざるを得ない。この獣人女は、相当にヤバい奴である、と。逃げた方が得策か、しかしコイツはキャンディを知っているような話しぶりだ。てことはキャンディもかなりヤヴァイ奴なのか。
俺は胸ポケットに視線をおとした。黒いウサギのぬいぐるみ、キャンディ。正体はダークエルフだと思っていたが、そうではないのか。
再びキャンディが口を開く。
「でも、アンタさ……」
獣人女はキャンディの言葉を遮った。
「エレシュ、アンタなんて呼び方はよして。わたしはレイべスよ」
「じゃ、レイべス。アタシね自分の事をちっとも覚えていないのよ。名前はエレシュで良いの? それにアタシは誰?」
「わたしが説明するよりも、自分の体に戻ればきっとすべてを思い出すわ」
レイベスはそういうと後ろをふりかえって、すこし先にある祭壇をみやった。俺もつられて視線をとばす。先に階段のついた祭壇、その上に四角く黒い物体。
レイベスはどこか懐かし気に話した。
「あの石棺の中にあなたの体があるわ」
「ほんとに!? かわいい女の子の体!?」
「残念ながら、もうすでにミイラ化しているけれど、魂が宿れば元に戻るでしょうね。でも、魂を体に戻すには呪いを解かなきゃダメよ。”遷心の呪法”という強力な呪いの魔術よ」
遷心の呪法。魂を肉体から分離して、別の依代に移す魔術だ。
レイベスは顔をこちらに向けなおし、俺を見てどこか不敵に、にやりと笑った。
「遷心の呪法を解く為に、そのおじさまをここへ連れてきたんでしょ? エレシュ」
キャンディは、胸ポケットからふと俺を見上げた。俺もキャンディに目をやる。
俺の心臓がドクンとはねる。まさか、キャンディの奴、何も知らない無邪気なふりをして俺をここまで誘導してきたってのか。