エレシュって言ってますが★
ひたひたと、妙に足を忍ばせて歩くモフの背中に揺られる。俺とキャンディは青白く光る寺院のなかに入り込んだ。
びっしりと模様の入った四角の石柱に支えられた天井を見上げる。少し低めの天井。そこにも古代の模様のようなものが彫り込まれている。俺はつい呆けた声を上げる。
「なんでぇ……ここは。これ全部、古代文字だぞ」
ずっと同じような景色が続く回廊を歩いていると、ようやく向こうに終わりが見えた。出口、というわけでもなさそうだが、どうやらこの廊下は終わりそうだ。目の前でモフのたてがみにもぐりこんでいたキャンディがもぞもぞと叫んだ。
「あ、出口!」
「いや、出口っていうか、多分あれは中庭かな」
「中庭?」
「ああ、大抵こういう寺院は回廊をぬけて中庭がある、その向こうに本殿があるはずだ」
「へぇ……よくわかんないけど」
俺たちはようやく回廊を抜けた。
目の前に一気に広がる回廊に囲まれた中庭。庭と言っても何もない。足元から、ただひたすらに青白く光る石畳が広がっている。
少し先に何かある。祭壇か。むき出しの階段の上に四角い物体。棺桶にみえるが。モフは何かに導かれるようにその祭壇らしき台に向かっていく。なんだか妙だ。俺はモフの背中を軽くたたく。
「おい、モフ、とまれ」
モフは小さく唸り足をピタリと止めた。俺は周囲を見渡す。その時、どこからか涼やかな女の声が響いた。
「ついに、来た」
俺はビクリと肩を震わせた。周囲を警戒するが人影はない。俺はビビりながらもとりあえず語気を強めて威嚇する。
「び、び、ビビらせんじゃねぇよ。どこの誰だか知らんが姿を見せやがれ!」
「すでに姿は見せていますよ。あなたの股の下に」
「はぁ?」
途端に、モフの体が光り始めた。俺は慌ててキャンディの体をつかみ、モフの体から飛び降りる。光を強めるモフから目を離さず、徐々に後ずさりながら、キャンディを胸のポケットにするりとおさめた。キャンディがポケットから声を上げる。
「あ……モフが……」
モフはそのうちに真っ白に、ただの光になった。そしてぐぐぐとその光の輪郭をかえていく。四つ這いのシルエットはすっと立ち上がり二つの足、二つの手、一つの頭を形作った。次第に光が薄れて、そこから姿を見せたのは、美しい長髪の女。
大きな耳が白銀の髪の間から突き出ている。女は、大きな目を輝かせこちらを見つめると微笑んだ。その視線は俺ではなく俺の胸元、キャンディに向けられている。女は呟いた。
「エレシュ、どれほど探していたか」
俺はキャンディに視線を落とす。キャンディはポケットの中からじっとその女を見ていた。俺はキャンディに聞いた。
「おい、この美人さんはお前の知り合いか?」
「さぁ……」
「さぁって、お前の事をエレシュ? だかなんだか呼んでるみたいだが。てかさ、今まで俺、あの美人の背中に乗ってたのか……なんだか、妙な気分だ」
「何いってんのよ、この変態オヤジ」
「い、いや、変な意味じゃなくてね」
「じゃ、どういう意味なのよ」
俺たちがぶつぶつ言っていると女は右手をこちらにかざした。獣人のような容姿。薄手のローブをまとった女は肉付きの良い肢体をゆっくり動かす。
「エレシュ……エレシュ……エレシュ……」
俺は、女に目をやる。なんだ、こいつは一体。
女は呟いた。
「エレシュ、冥界に、帰ろう」