青く光る寺院★
俺は踊るキャンディを横目に体を起こして、膝をついて立ちあがった。衣類についた砂埃を手でぱっぱと払う。
キャンディは踊りをやめて、俺の腕を伝ってポケットに滑り込んだ。
一息ついてくるりと振り向き、息をのむ。
目の前。そこはまるで異世界だった。
「こりゃあ……また……」
続きの言葉が出ない。圧倒的な建築美とでもいうべきか。
俺は後ずさり、あらためて大きく見上げる。俺の足元から先、青に輝く月光石の石畳が伸びる。
十字型のテラスが続くその先には、巨大な祠。四角い入口が大きく開き、俺たちをまちかまえていた。
これは、街ではない。おそらく寺院だ。
入口から両横に伸びているのは回廊。その奥の方に4つほど、頭を突き出した尖塔が見える。
壁一面に細かな装飾。人とも動物ともとれる、ありとあらゆるものをまぜこぜにしたような生き物が無数に描かれている。
「……これは進むべきか?」
「……むん? アタシに聞いてるの?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「さぁ、中に入れば誰かいるかもよ」
「恐ろしいこと言うなよ。はぁ……鬼が出るか蛇が出るか」
「ダークエルフが出るかもね」
「おい。キャンディ、お前はすでに忘れているかもしれんから教えてやる。お前はダークエルフだ」
キャンディはだまる。俺は続ける。
「お前、自分でも気がついているだろう。自分の記憶が消えていっていることに。少し前にな、ある鏡をつかってお前の姿を映したんだ。その時、鏡に映ったのは、耳の尖った白銀の美少女。黒い肌に黄金色の目をもつダークエルフだった」
「……なんだか。アタシね。ここ、懐かしい気がするの」
俺はすっとキャンディに視線を落とす。キャンディはポケットから顔を出して、目の前で青白い光を放つ荘厳な建物を見つめていた。ここに、お前の秘密があるのかもしれない。
俺はゆっくりと前に進む。青白く光る石畳を踏みながら。
建物や壁そのものが光っている。俺はこぼす。
「まるで、海の底にでもいるみたいだな。しかもおそろしく透明な海の底に」
「なんだか、浮かんでるみたいね」
「ああ、不思議だ。ここが地底だなんていまだに信じられねぇ」
その時、不意に空気が揺れた。入り口のすぐ横、何かがのそりと立ち上がった。
石像かと思っていたが。どうやら違ったようだ。
そいつは、ゆっくりと進みだして入口の前に立ちふさがる。真正面に俺たちを睨みつけた。
嫌な予感というのは大抵当たるもんだな。
白銀のたてがみをくゆらせ、三つの首がぐるりと動く。左は緑の両眼、中央は赤の両眼、右は青の両眼。いずれの口からも、飛び出しているのは長い牙。
ケルベロスは、まるで笑うように三つの口を同時に開いた。
ぐるる、と喉を鳴らす。こんな地底にこいつらのエサがあるとも思えん。となると、俺はあいつらにとっては久しぶりの肉のエサというところか。
俺は後ろの荷袋に手を差し込み、呪具を握る。
ずりっと鞭を抜き出した。魔獣とのサシノ勝負なんていつぶりだ。
ケルベロスは、ゆっくりとこちらにむかって足を踏み出した。その澄んだ目を光らせて。