喜びの舞い
呪いの階段を降り始めると同時に、俺はすいっと背中に手を回し、荷袋から3枚の羊皮紙を取り出した。
手のひらにおさまるくらいの小さめの羊皮紙。胸の前で開くとキャンディが聞いてくる。
「んみゅ? 真っ白。何にもかいてないけど。それが護符なの?」
「今から描くの、俺の血で」
「血!? やだぁ」
「仕方ねえだろ。ションべんで描けってのか。呪いの魔術ってのは基本的に誰かの犠牲が必要なんだ。この場合は俺の血を捧げる」
俺は腰巻きから小型のナイフを左手で抜き取り右手の人差し指の先にすっと線を引いてすぐにしまった。ほどなく、うっすらと傷口から真っ赤な血が浮かび出てくる。俺は痛みをこらえながら小さな羊皮紙に古代文字を並べた。
身代呪承
呪いを代わりに受けてくれる身代わりの護符。真っ赤な文字が羊皮紙にしみこんでいく。俺はその文字にむけて印を飛ばす。それを三回繰り返し、三枚の護符を準備する。
「よし。キャンディ。これをもってろよ。絶対に手放すな」
キャンディは両手を伸ばして護符を大事そうに受け取り、抱きしめるようにはさんだ。ちいさくぼやく。
「持ちにくいなぁ、私にとっては大きすぎるわ」
「しかたねぇだろ、それ以上小さくすると呪文が描けねぇから。もしも護符になにか違和感があればすぐに教えろよ」
俺はキャンディがうなずくのを見てから、階段を再び進みはじめた。
どれくらい進んだのか。俺はふと立ち止まる。
後ろを振り返っても階段。下に視線をやっても階段。まるで永遠に続く階段の中に閉じ込められたような気分だ。これだけでも結構、精神に来るものがあるな。発狂しちまう奴が出てもおかしくはない。キャンディの奴、妙に静かになっちまったが。まさか寝てないだろうな。
俺は胸のポケットにちらりと目をやる。
キャンディは護符をしっかりと握りつつ、きょきょろしている。その時、ぼそりとつぶやいた。
「ね、壁に何か書いてない?」
「え?」
俺はふと横に視線を向ける。たしかに。なんだか円や直線、四角い図形が連なっている。落書きともとれるが。俺が顔を近づけた時、キャンデイが小さく叫んだ。
「ウル……なんだか護符が、すごく熱い」
俺は慌ててキャンディの握る護符に目をやった。そのうち一枚が少し黒ずみ始めている。くそ、すでにこの場の呪いが発動しているのか。俺には呪いの耐性がある為、気づきにくいのだ。
キャンディの持つ護符はほどなく黒く腐り、破れ始めるだろう。キャンディの身代わりになる護符は3枚。
上に行くべきか下に行くべきか。俺は首を振って交互に目をやるが、どちらもずっと階段しか見えない。
「おい、キャンデイ、上か下か。この階段を抜けるには、どっちが近いとおもう?」
「えええ! そんな重要なこときかないでよ!」
「お前は勘が鋭い、どっちだ」
「うううう……した!!」
「よし、走るぞ! しっかりつかまってろよ! 一枚目の護符が破れたらすぐに捨てて、次の護符をしっかりもってろよ!」
俺は勢いつけて一気に階段を駆け下りる。体を前傾に重さに引っ張られるがまま頭を突き出して走り抜ける。よくよく考えてみりゃ、下に降りて階段を抜ければすぐに呪いのない場所にたどり着けるって保証もないが。とにかくいまは、この階段を抜けなくては。
俺は無言で走り続ける。自分の息しか聞こえない。その時、キャンディの声。
「見えたっ」
下にうっすらと地面らしき平面が見えた。
「キャンディ護符はあるか!?」
「あと一枚! もう真っ黒よ! はやくしてよ!」
「おっさんにっ、むりをさせるなっ!」
見えた、明らかに階段の終わりだ。俺はぐっと締め付けられる体を鞭打ち最後の数段を一気にとんだ。
そのまま頭から突っ込み、床に転がり込んだ。目を閉じて寝ころんだまま、口を置きく開き空気を吸い込む。
「はぁっ……はぁっ……おい……大丈夫か……キャンディ」
返事がない。
「おい……どこだ……」
俺は首をもたげて寝ころんだままの視界でキャンディを探す。
すると、床をぴょこぴょことこちらに向かって来る影。キャンディがこちらに飛んできて目の前に立ち止まる。すると、踊り始めた。
「ウル! セーフ! よろこびの舞い!」
キャンディはいつものようにくるくると踊っていた。はぁ、ふざけてる場合か。
ま、とりあえず階段は抜けた。