壁画の中のケルベロス
せいぜい横並びにふたりが通れる程度のほそい階段を、俺たちは丁寧に一列にならんでおりていく。
先頭はメビウスに変わりアニスト。アニストは”いかにも”といった感じだ。何も言わずとも、わたしが先陣を斬るといったタイプだ。リーダー気質なのだろう。リヒと俺はいつも最後尾あらそい。なんだかリヒとは気が合いそうな気がするな。
俺は少し肩をすくめて階段を下りていく。俺は他人から、近くによると意外と背が高いといわれるのだが、その俺の頭ちょうどすれすれの天井。うっすら光る。
魔光石でできた階段はうすぼんやりと皆を照らす。これは魔光石の中でもおそらく月光石とよばれる鉱石だろう。青い光が特徴的だ。俺たちの住むエインズ王国では採掘できない種類の魔光石。この階段をつくるだけでも相当量の月光石がひつようだろう。それだけで、この建造物がこの土地で出来たものではないと推察できる。
妙だな。さっきからなんだか色の感覚がおかしくなりはじめているような気がする。
俺は前を歩くリヒの頭に飛び出す二つの耳に目を向ける。ピクリと揺れる茶けた耳がなんだか妙に黄色く見えた。
ほどなく俺たちは丸い空間に出くわす。
それぞれが方々を眺めながら列を崩してひろがる。広くもなく狭くもなく。まさにこの地下都市の玄関といったところか。
俺は周囲の壁を見渡して口を開く。
「壁画……?」
俺の言葉に反応したのはメビウスだった。メビウスのしっとりとした声が余韻を持って響く。
「ええ、何かの魔獣を追いかけている狩人の絵……でしょうか」
俺は壁にむかって歩き、すっと指でなぞる。デコボコと形作られている。おそらく彫り絵だろう。槍や剣を頭の上に振り上げた耳の大きな戦士たちが、四つ足の獣を追いかけているように見える。
俺は一歩下がり獣の壁画を見つめる。
毛むくじゃらの体。四つ足に三つの頭。口には鋭い牙。
俺がぼそりとつぶやく。
「四つ足に三つの頭……この特徴は底なし穴の霊か。ま、確かにここは穴の底にいる気分になるな」
メビウスが答える。
「伝承によると、ダークエルフは様々な魔獣を生み出す研究をしていたとか。各地に生息する魔獣はその名残だという者もいますけれど」
「そういう話はやめたほうがいいぜ。なんでもかんでもダークエルフを始祖(なにかの系譜のはじまりとなる事柄)としたがるのは紋章師連中の悪い癖だ。魔獣は動物たちが魔力を含んだ食べ物を口にすることで自然発生した生物ってのが定説だろ?」
「そうですが。何事も諸説あるものです」
「ちょっと気になるんだがよ。まさか……とはおもうが。この地下の底にケルベロスがいるだなんてことは無いよな。これはただの絵だ。メビウス、お前さん、本当に何も知らないんだよな?」
「ワタクシを疑いたくなるお気持ちは理解できますが、ワタクシは何も知りません。ただ、この地下都市の調査をするべくここに来ましたので」
「その言葉、信じるぞ」
「はい」
メビウスはまっすぐこちらを見つめた。俺は壁から離れて奥に進む。
奥にぽっかりと四角い影。俺は歩を進めて、次なる階段を下に眺めた。なんだこりゃ。
「うへぇ……マジかよ」
これが、、呪いの階段。うすぼんやりと光る階段は、ずっと奥まで続き、先が見えなくなるまで階段だった。一体どれだけ下まで続いているんだ。なんだかぞっとする。
俺は振り向いて皆を眺める。
「これ、まじで俺一人で行かなきゃなんないの?」
その時、ポケットから声がした。
「ちょっと、アタシがいるじゃないの」
俺が視線を落とすと、キャンディがポケットから顔を出して話し出した。
「あら、皆さま初めまして、アタシ、キャンディよろしくね」
皆は顔を見合わせる。皆の代表として、アニストが心配を伝える。
「キャンディ、呪いの階段は通る者になんらかのよくない症状をもたらす。本当にウルさんと一緒に行くのか? 階段を通ろうとした者の中には精神錯乱に陥ったやつもいたのだぞ」
「アタシならウルが守ってくれるわ、そうでしょ?」
急に話を振られて俺はとりあえずと言った感じで答える。
「まぁ、一応。呪いから身を守る護符の準備はしてきたが、それもずっとじゃない。それに呪いが強いようだったら護符では持たないかもしれんからな。ひとまずお前もここに残るのが得策だとは思うが」
といいつつも俺はおそらくキャンデイは大丈夫ではないかと踏んでいた。なんせコイツはダークエルフ族なのだから。この地下都市がダークエルフの都市ならば、おそらくダークエルフ族には危害を加えないような術式が用いられているはずだ。
ただ、俺以外のメンバーはキャンディがダークエルフという事を知らないのだ。本人でさえも。俺はメビウスをちらりと見た。
メビウスはこちらの意図を見事に汲んでこういった。
「その判断は任せます」
俺はうなずいて、向きを変えると呪いの階段を降り始めた。