竜の口★
背中に大きな麻袋を背負い、俺は最後尾を行く。
俺の背中の麻袋には一応、食料と呪具を詰め込んである。俺はズレてきた重い荷袋を背中にぐいと担ぎなおした。
俺達はメビウスの先導で千年遺跡の入り口へ向かっていた。
俺のすぐ目の前を歩くのは、猫耳族のリヒだ。
なんだか妙にぴょんぴょんと左右に飛びはねながら木々の隙間を抜けていく。おしりから茶色い尻尾が飛び出しふらふらとゆれる。ズボンに切り目を入れて、そこから尻尾を出しているという事なのだろうか。
俺がリヒの尻を眺めているのが気になったのかポケットに潜んでいたキャンディが顔を出して、俺に声をかけてきた。
「アンタさぁ、さっきから、ずっとあのねこおんなのお尻見てるわね……」
「は? バカ言うなよ。俺が見てるのはケツじゃなくて尻尾だ。ほら、見ろよ、なんだか妙に尻尾の位置が一定なんだよ。あ、また。体が右に動いたら尻尾が左に、体が左に動いたら尻尾が右に行く。なんだかおもしろいな。あれで体のバランスをとってるのかな」
「なによそれ」
「猫耳族の身体バランスの高さは、あの尻尾に秘密があるのかもしれんな。ち、ちょっと握ってみたい」
「やめなさいよ、ほんとおっさんなんだから」
その時、少し前のリヒがクルリと振り向く。
俺は慌ててキャンディのいる胸ポケットを隠した。が、意味はなかった。リヒはにやりと笑って、素早くこちらに寄ってきた。俺に耳打ちする。
「ウルさ~ん、ばれてますよぉ。”その子”の事。もうみんな気づいてますって」
「え?」
マジか。俺はリヒの大きな目を見つめる。リヒはにゃはは、と笑った。
「あたりまえですよ。それにリヒの耳は地獄耳なんです。さっきからの会話もぜーんぶ聞こえてました。リヒの尻尾をにぎってみたいんですかぁ? でも、おことわりですぅ」
リヒはそういうと、パッと身をひるがえしてまた俺の少し先を歩き出した。なんでぇ、キャンディの事はもうバレているようだ。ま、これで隠す必要もなくなったか。俺はキャンデイに声をかけた。
「だ、そうだ。もうみんなお前の事に気がついていたようだな」
キャンデイがポケットから顔を出す。どこか悔しそうな声。
「なによ。せっかくずっと隠れてたのにさ。あ、でもさ、アタシはあの誓約書を書かなくていいのかな」
「お前はぬいぐるみだから」
「なによ。なんか、ちょっと軽く見られてるように聞こえるんだけど」
「お前は血印なんか押せねぇだろ。血が流れてないんだから。別にいいじゃねぇか。あんな誓約書にたいした意味はねぇさ」
「ふうん……」
その時、先導していた前のメンバーたちがひとところに集まっているのが見えた。俺は足を速めた。
立ち止まっている三人の元にたどり着くと、三人は目の前にある石像をながめていた。俺もそばによる。
そこにはちょうど俺の背丈ほどまでに大口を開けた魔物の石像があった。口の上にはぎょろりとした目玉。竜か何かをかたどったその石像はあちこちが欠けていまにも崩れてしまいそうだった。
石像の口の中を覗き込むと、大地にもぐりこんでいく階段が下に続いている。冷たい空気がひんやりと。これが千年遺跡の入り口ってのか。随分としょぼいな。地下都市というからもう少し大仰な入口があるのかと思っていたが。
俺はメビウスに顔を向けてきいてみた。
「この石像が入口なのか?」
メビウスは俺に視線を向け、うなずいた。
「さようです。これが千年遺跡の入り口である”竜の口”です。ここから少し降りると踊り場があります。その先に本格的に下に続く石階段があるのですが……そこが呪いの階段です。中は松明がいらないほどに不思議と明るいです。光を放つ魔光石を加工して壁面や階段がつくられているかと思われます」
俺はメンバーの顔を見渡す。その時、炎の紋章師、真っ赤な髪のアニストが口を開いた。
「さ、じっとしてても仕方がない。いくしかないぜ!」
アニストは女だが男前という表現がしっくりくる。
俺たちはアニストの後に続き、石像の口に入りこんだ、冷たい空気の中、おそるおそる階段を下りて行った。