緑一点
エインズ王国北西部、ドネシア家領地、とある森の奥深く。
俺はキャンディを胸ポケットに忍ばせて、メビウスからもらった地図を片手に霧雨漂う薄暗い森を突き進んでいた。息をすいこむと、なんだか胸の底あたりがチクチクするような。妙な瘴気が漂っている。
「なんだか体に悪そうな空気だな、おい。俺は肺が弱いから心配だ」
胸ポケットのキャンディが顔を出す。
「さっきから遠くから聞こえてくるのって、人の泣き声? なんだか気味が悪いわ」
「あの甲高い泣き声は多分人面鳥だ。人の顔を持つ鳥だ」
「うへ、こわい」
「まぁ、しゃべるぬいぐるみと、どっこいどっこいだ」
「ちょっと! アタシのどこが怖いのよ。こんなにプリティな黒ウサギなのに」
キャンディはそういうと耳を大きくゆらした。俺はちらりと見てつぶやく。
「はいはい、かわいい、かわいい」
「ちょ~っと心がこもってないわねぇ」
俺たちがくだらない話をしていると、少し先、木々の隙間から白い布のようなものが見えた。俺は歩を速める。するとふと森が開けた。
白い三角屋根が並ぶ。革製の天幕が4つほど組まれて、その中央には、ありあわせの木を今さっき組み合わせたといった感じの歪んだテーブル。椅子はない。
まさか、ここが野営地か。随分と質素、いや、もはやみすぼらしいといっていい。こんなところで何日も過ごせねぇぞ。俺が足元の枯れ草を踏みしめてテーブルに近寄ると、天幕の中から人影。俺がビビッて小さく叫ぶと、そいつはこちらを見た。ドネシアだ。俺は見知らぬ地で見知った顔を見つけた安堵感で、どこかほっとした。なんだか随分と古い友達にでも会った気分だ。俺は声をかけた。
「よう。来たぜ」
「ありがとうございます。ウル様。それでは誓約書を頂きます」
「へっ、久しぶりに会ったってのに。お前さんもうちょっと愛想ってもんを学ばないと」
「申し訳ございません」
「いやさ、だからそういうところだよ」
「え?」
言葉は伝わるのに話が伝わらない。俺は背中の荷袋からこの前渡された誓約書を引っ張り出してドネシアに渡した。ドネシアは丸まった羊皮紙を開き目を通すと、俺に目をやり礼を言った。俺はくるりと周囲の天幕を眺めながらきく。
「ここが千年遺跡に潜る為の野営地なのか?」
「はい。といっても簡易なものですので、いろいろな調達は近くの街まで行かなくてはなりません」
「それにしても随分少人数での探索になるんだな」
「ええ。ウル様とワタクシを含めて全員で4名です」
「はぁ? たった4人で千年遺跡の探索をするのか!? 俺も文献でしか読んだことがないからよく知らんが、遺跡ってめちゃくちゃ広いんだろ?」
「確かにそうですが。4名すべて紋章師ですので、その辺の兵士を数十名連れて行くよりは、はるかに効率的なのです。少数精鋭とでもいうか」
「よく言うぜ。ようするに俺みたいな、はみだしもんの紋章師達を集めたって事だろ。それに、金の為に秘密を守るっていうような連中をさ」
「ウル様」
「なんだ?」
「ご自分を卑下しすぎです。確かに宮廷魔術騎士団に入るような紋章師はエリート扱いはされますが、だからといって彼らが偉く、ワタクシ達のような個人で動く紋章師が卑しいというわけではありません。それに、ウル様はかなり有名ですよ?」
「俺が? よしてくれ。俺は、片田舎で呪いを解いてるしがないおっさんだよ」
「ま、そういう事にしておきましょう。他の紋章師はまだ来ていませんが一応お伝えしておきます。一人は炎の紋章師アニスト、もう一人は短剣の紋章師リヒ。天幕は4つ、一人ひとつお使いください。彼女たちはもうじきに来ると思います」
彼女たち。ん、俺のアンテナがピンっとはった。
「その紋章師たちは女なのかい?」
「ええ、紅一点ならぬ。緑一点(多数の女の中に男が一人)ですね」
なんだかたのしくなりそうだ。俺は少しウキウキして天幕を選んだ。