借用書(第5章 最終話)★
俺とムンは屋敷の玄関でメビウスを見送る。
メビウスは大馬に飛び乗ると、控えめに手を上げて一気に走り去っていった。
見送った後隣のムンが口を開く。
「あの方から、お仕事の依頼ですか?」
「ああ、まだ受けるかわからんがな」
「あの剣の事、何かわかったんですか?」
「よくわからんが、多分、なかなかにすごい物のような気はするな」
「へぇ……ウルさんは呪いに対する耐性がある、と父から聞いた事があります。随分褒めていましたよ。いや褒めていたというよりは嫉妬、に近いかな」
「おえっぷ。やめてくれよ、あんな爺さんに嫉妬されるとか、ぞっとするわ」
ムンははっとして、手を自分の顔の前でぽんと叩いた。こちらを見る。
「そういえば、忘れる所でした。父から預かりものがあるんです。ちょっと待っていてください」
ムンはそういうと、玄関の中に入り込んだ。俺はしばらく玄関から庭先を眺めていた。
陽光に照らされた、緑と花にあふれる庭園。右手の奥に咲き乱れるのはバラの花か。
ムンはすぐに戻ってきた。俺の胸の前あたりに何かを差し出した。羊皮紙が丸まったものだ。俺はたずねる。
「ん? なんだこれ?」
俺は受け取ると上下に広げる。なにやらこまごました文字が並ぶ。俺が読み込んでいるとムンが隣で呟いた。
「父からです。ウルさんあての借用書だと」
「しゃ、借用書!? なんでぇそりゃ」
「なんでも今回のオークションでウルさんに金貨を貸し付けているとか。利息付らしいですので、早く返すように伝えておけといわれました」
「俺がお師匠から借金してるって!?」
「ええ、そう聞いていますが」
俺は思い返す。え? え? なに? 何のこと。オークションで何かテマラにおねだりしたことも無いし、自分で何かを買った覚えもない。
と、ふと思い当たった。まさか、まさか、あの斬呪剣の事か。
たしかテマラは『お土産』といったはず。もしかして、あのじーさんの中ではお土産って有料なのか。あり得ない価値観を提示する男。
俺はため息をつく。
「まじかぁ……あの剣、俺にくれたんじゃなくて、借金で売りつけたって事か?」
ムンは困り顔で首をかしげる。
「さ、さぁ……僕には、その辺の事情はよくわかりませんが」
俺は改めてその書面に目を通す。
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借用証明書
テマラ 様
金貨 500枚也
借用日 ◎月◎日
利息 月利率 1%
返済方法 硬貨または同等の価値を持つ呪具
返済期限 無期限
借主
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まじだ、まじだこれ。
がめついなんてもんじゃねーなおい。こういうの詐欺師っていうんじゃないのかなー。
俺は考える。
メビウスからの仕事の依頼、報酬は金貨500枚と、その利息分くらいに設定するかな。
俺は羊皮紙をクルクルと丸めた。
ムンが心配そうにたずねる。
「大丈夫ですか? なんだか顔が青いですけど……」
「ムン……お前さんの父親の事を悪く言うのは気が引けるが、あのじーさんには気をつけるんだぞ」
「え? あ、はい。わかりました」
さて、そろそろ行くとするか。俺はムンに向き直る。
「じゃ、俺も行くわ。今回は色々とありがとうな」
「いえ、僕もウルさんにお会いできてうれしかったです」
「また、どこかでオークションを開くんだったら、知らせてくれるとありがたいな。今度はお師匠無しで」
「わかりました。ただ基本的に僕の開催するものは秘匿性のあるものなので、大々的にはお知らせできません」
「どうやったら知れるんだ?」
「そうですね……基本的には紹介ですから、ウルさんの場合は父からの紹介という形になりますかね……」
「げ、必ずお師匠がついてくんの?」
「今のところはそうですね。ウルさんがもしも呪具をお持ちでしたら、売り主として参加してもらっても構いません。売り主さんは僕自身が探しますので」
「なるほどな。でも悪いけど俺はコレクターだからな、基本は買い手だわ」
ムンはうなずいた。そして俺に向き直り右手を差し出した。
俺も手を出し握手をする。
ムンはすこし照れくさそうに話す。
「なんとなくですが……ウルさんとはまた、どこかでお会いできる気がします」
「実はな、なんとなく俺もそんな気がするんだよ」
俺はムンに別れを告げて家路につく。
斬呪剣の借用書と共に。
金貨500枚、プラス利息。あのじーさん、今度会ったら金貨数百枚をマルっと顔の前に突き付けてやるからな。覚えていやがれ。
第5章 呪いの闇市 呪具オークション編 完