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呪具『血塗りの革靴』


嵐のような瞬間が過ぎ去り、残された俺たちを包むのは気まずい空気。


ふいに、ソファの後ろに立ち尽くすランカと目が合った。

ランカは申し訳なさそうな表情で、俺から視線を外しうつむいた。

そして、俺に対しての謝罪の意味なのか微妙な角度で頭を下げた。

ランカはソファの後ろから回り込むと、泣いているリゼの横に立ち、そっとリゼの腰に手を回した。

こちらに沈んだ表情を向ける。



「ウル様、このような事になってしまい、申し訳ございません。この話は無かったことに……」



 俺はランカの言葉をよそに、両手で顔を覆って泣いているリゼに伝えた。



「リゼ、この金貨は前金として受け取っておくぜ」



リゼは聞こえているのかいないのか。小さな声ですすり泣き、肩を揺らしているだけだった。

俺は二人を残しその部屋から出た。






屋敷から出た後、少し路地を歩いて曲がり角をまがる。

すっと壁に身を寄せて背中をつけた。

少しだけ顔を出してさっきの屋敷の入り口を確認する。視界良好。

キャンディが胸ポケットからたずねてくる。



「これで、この依頼は中止になるの?」

「中止にしてもいいんだが、前金を受け取っちまったからな」

「前金ってさっき投げつけられた金貨三枚の事?」

「まぁな」



突然キャンディが小さく笑いだした。

俺は屋敷の入り口を警戒しつつキャンディをちらりと見る。



「な、なんだよ。急に笑い出しやがって」

「アンタも素直じゃないわねぇ……ぷぷぷ、助けたいんなら助けたいって素直に言えばいいじゃない」

「う、うるせぇな。勝手に言ってろ」



ひとしきり笑い終えてキャンディがささやく



「で、これからどうするのよ」

「どうにも気にいらねぇんだよ、あのランカという男」

「アンタと違って、ハンサムだものね」

「けっ、そういう意味じゃねぇよ。まぁ、顔では負けてるかもしれんが。そんな事は置いといてだな。どうにも、ランカは今回の依頼を中止にしたがっているように見えるんだよな」



キャンディの耳がぴくんとはねる。



「そう? アタシにはリゼの事をすごく大事にしているように見えたけど」

「ランカという男。実に正確に時間を読み取る奴なんだ。ここに来る道中、俺の体力を見つつ、休憩を繰り返し最初の言葉通りの時間にこの城下町にたどり着いたんだ」

「へぇ、すごいじゃないの」

「だからこそさ。鋭い観察眼、用意周到な性格、重要人物の護衛を任されるぐらいだから相当腕も立つだろう。緻密な計算をして行動するような男が、この一日だけで失敗をした。ふたつも」

「ふたつ?」



俺はキャンディにかいつまんで話す。まずひとつめは、俺との待ち合わせに遅れた事。そしてふたつめは、密会の場所を漏らしてしまった事。




「正直、そんな杜撰(ずさん)な事をするような奴には思えねぇ」

「わざとやったって事?」

「そう、リゼの手助けをするふりをして、その実、この依頼が中止になるように画策した……とも考えられる」

「考えすぎじゃないの。それに、どうしてそんなことをする必要があるのよ?」

「それを今から調べるってこった……よっ」



俺は背中に担いでいた荷袋を足元に降ろすと、中に手を突っ込み古びた革靴を引っ張り出した。この革靴は呪いのかかった呪具。

くるぶし辺りまでを包むもので、何種類かの動物の皮を重ねて作られた狩猟用の革靴だ。一番外側、表面を包む黒いなめし皮は珍しい黒麒麟(くろきりん)のものらしい。あちこちささくれ立ってすでに艶はない。その黒い皮にシミた地図のような血痕。




 呪具:血塗りの革靴(伝説の暗殺者ロアの血が付いた古い革靴)


 効果:跳躍力、敏捷性、回避能力、気配の消失



 俺は石畳に座り込み、履いていた靴を素早く脱いで麻袋にしまい込むと、血塗りの革靴を足に差し込んだ。



 俺は呪詞(のりと)(呪いの魔術を使う時の呪文)を口元で小さく唱える。


スキル『呪具耐性』の発動だ。




天地万物(てんちばんぶつ) 空海側転(くうかいそってん) 


天則(てんそく)()りて 


我汝(われなんじ)の (おきて)(したがう)


御身(おみ)(けつ)をやとひて (ゆる)したまえ

  



俺は立ち上がると、靴の紐を固く結んだ。

しなびた紐が千切れてしまわないように、最後にやさしく、くっとひっぱる。

足首がちょうどいい具合に締め付けられた、と同時に体が浮き上がるほどに軽くなる。

効き目は上々。

俺は荷袋を背中に担ぎなおして、再び曲がり角から半分くらい顔を出す。

屋敷の入り口にじっと焦点を合わせる。



「……来た」



ランカがリゼを包み込みながら出てきた。俺は胸ポケットのキャンディにささやく。



「キャンディ、しっかりつかまってろよ」

「はいよっ」



俺は深く息を吸い込み、軽く腰を落としてつま先に力を込めると、思い切り地を蹴った。

風景がざざっと下に流れ、屋根はすでに足元。

俺はふんわりと屋根に飛び乗った。

この革靴を履くとほんのひとっとびで屋根の上、ほんの一歩で通りを抜ける。



ランカとリゼの乗った二頭の大馬。

二つの影を上から眺めつつ尾行を開始した。


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