待ち合わせ
斬呪剣を初めて握ってからはや数日、俺はこの剣の売り主である、メビウスと名乗る女と待ち合わせていた。
待ち合わせの場所はなぜか、この剣を手に入れたオークション会場。ようは俺のお師匠テマラの屋敷だ。
俺は屋敷の客間に通されてムンの淹れた紅茶を片手にくつろいでいた。
ムンが部屋に入ってくる。相変わらずの作業着で庭の手入れの途中といった姿。俺は少し申し訳なく思いつつもお邪魔させてもらっていた。
ムンはトレーを手にこちらを見た。
「おかわりはいりませんか?」
「ああ、すまん。大丈夫だ。悪いね」
「いえ、いつでもお越しください。ウルさんならば大歓迎ですよ。残念ながら父は留守ですが」
「いやいや、お師匠がいない方が気が楽だ」
ムンは何も言わずに小さく笑った。俺は聞いてみる。
「お師匠は、仕事か?」
「はい。先日のオークションで散財しましたからね。またひと稼ぎに出かけたようです。僕ももうじき、出ますので。しばらくこの屋敷は留守になりますね」
「へえ、そうか」
その時、遠くからベルの音が響く。ムンはパッと姿勢を正して言った。
「来られたようですね」
程なく、ムンの後に続き、黒いローブをまとったメビウスが現れた。メビウスは、俺に軽い会釈をすると、音もなく目の前の席につく。相変わらず暑苦しいフードを深く被ったまま。短い質問を繰り出す。
「剣は?」
全く、世間話しとかなんとかはねーのかよ。ま、俺も他人の事は言えねーが。
「足元に置いてあるよ」
「いえ、そうではなく。装備されましたか?」
「ああ」
メビウスの目の色がガラリとかわった。こちらに鋭い視線を送る。あら、俺が嘘つきだとでも言うつもりか。なんだったら装備してやろっかな。しかし、メビウスは俺の返事に満足したのか、話を続けた。
「何が見えましたか?」
「よくわからんが……紫の荒野が見えたな」
「なるほど……」
「自分だけ納得してないで、あれが何か説明してくれ」
「実はワタクシ達にもよくわかっていません。その剣は呪いを斬る事ができる剣としか。実際に握った者で生きているのはあなた様が、初めてですから」
「ほ、そりゃどうも。で、お前さんは、これで満足なのか? 俺が剣を握って、それから先は?」
「あなた様に解いていただきたい呪いがあるのです」
ドネシア家といえば、まがりなりにも大貴族だ。これは高額の報酬が期待できそうだ。俺のはらは決まったが、あえてもったいぶってみる。
「内容と報酬によるな」
「わかりました、ワタクシ1人の判断では決めかねますので、また日を改めましょう」
「そ、そうか。じゃまたかな」
「ワタクシはメビウス。メビウス・ドネシアともうします」
「へ? お、お前さん、ドネシア家の一族なのか!?」
「さようです」
そう言いながらメビウス・ドネシアは初めて笑顔を見せた。笑うと案外と可愛らしいやつだった。