異界、またはハザマの世界★
軽い昼食を済ませて、河川敷につくと配達屋のベルアミがこちらに向いて手をあげた。俺も手をあげ返す。
ベルアミはいつものように、すかすかした声を上げる。
「いよう、ウルの旦那。今日はなんの呪いをためすんです?」
俺はベルアミのそばまで行くと持っていた木箱を砂利の上に置いてふたを開いた。ベルアミはしゃがみ込んで箱をのぞく。
「なんですかい、これ? 折れた剣にみえますが」
「折れた剣ではあるんだが……」
俺は簡単に斬呪剣について説明をする。ベルアミは、へぇ、とか、はぁ、とか言いながら、聞いている。
ベルアミは全然驚かない。俺がどれだけの覚悟をもっていどんでいるかわかってない。ちきしょう、くやしい。
俺はベルアミに折り畳んだ手紙を渡す。
ベルアミは受け取りながら不思議そうに聞いてきた。
「なんですかい、こりゃ」
「遺書だ」
「いしょ!? ウルの旦那死ぬんですかい!?」
「おめー、今の俺の話きいてたのか? この剣を持ったら死ぬ可能性があるの!」
「大丈夫っしょ」
軽い。軽すぎる。何を根拠にいってるんだ。まぁいい。俺はベルアミに告げる。
「俺が死んだら、骨は海にまいてね」
「へぇ……そりゃべつにいいですが」
「じゃ、ちょっと下がっててくれ。おい、キャンディもそろそろはなれろよ」
キャンディは俺の胸ポケットから飛び出すと、ベルアミの肩にちょこんとのった。
ベルアミは立ち上がるとこちらを向いたまま、数歩下がる。
俺はその姿を確認して、大きく深呼吸する。そしてしゃがむ。四角い箱の中、折れた斬呪剣。
スキル『呪具耐性』の発動だ。
俺は唱える。呪具拝借の呪詞を。
―――――――――
天地万物 空海側転
天則守りて我汝の掟に従う
御身の血をやとひて 赦したまえ
―――――――――
俺は一気に剣を握った。
途端、カラダの内側から熱くなる。全身が痛む。
四肢がもがれ何かが広がり飛び散ったような。
ん。
何も起こらんが。
俺は剣を握ったまま、すっと立ち上がってベルアミを見た。
そこにベルアミはいなかった。
「え?」
俺は思わず声が出た。
ゆっくりと周囲を見渡す。闇だ。闇なのに視界良好。何だこれは。
紫いろの暗雲立ち込める荒野がどこまでも続いている。まるで音がしない。
足元に目をやる。
河川敷の砂利だったはずなのに、石なのか硝子なのか、何なのかもわからない。硬質の大地。
空の暗雲を写しているのか、こちらもどこかぼんやりと赤紫にひかっている。
その時右手のあたりが明るい事に気が付いた。
目をやると、あの斬呪剣。確かに俺はこの剣を握っている。
どうやら破裂はまぬがれているようだが。
俺は顔を上げて試しに呼んでみた。
「お、おい、ベルアミ、キャンディ」
返事はない。
おれはぐるりを体を回す。
どこもかしこも同じ景色。赤紫の曇天に、永遠に続く大地。ゾクリと背筋が寒くなる。なんだか来ちゃいけねぇ所に足を踏み入れた感覚。
ここは、まさか”異界”か。
伝承で聞いたことがある。俺たちが住む世界とはまた別の世界。はざまの世界ともよばれる、あれか?
不意に、かたに何かがぶつかった。
その衝撃で俺はつい剣から手を離した。剣は床に落ちた。
直後。
「ウルの旦那? 大丈夫ですかい?」
俺が目を向けると、すぐ隣にベルアミの顔。ベルアミの手が俺の肩に乗っていた。
何かがぶつかったと思ったのはベルアミの手か。
「あ、え? あれ? ベルアミいたの?」
俺は慌てて周囲を見渡す。川のせせらぎの音に遠くからきこえる鳥のさえずり。確かにさっきの河川敷にいる。
ベルアミがもう一度たずねてきた。
「大丈夫ですかい? 剣を握ってから、突然きょろきょろしだして、そのあと俺達の名前を呼んでボーっとしてましたぜ?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
なるほど、今の現象は俺以外の人間には何も見えていないって事か。こりゃ、なかなかの代物だ。
俺はこの剣の売り主をふと思い出した。
あの女に詳しい話を聞く必要がありそうだ。