遺書でも書くか
「呪いを斬る剣ねぇ……宝石の事はある程度ならわかるけど」
ほの暗い室内。テーブルに置かれた四角い木箱を上から覗きこみながらトトは呟く。
右手に片メガネをもち、じっと箱の中を睨んでいる。
俺は、呪具オークションから帰った次の日、さっそく”死霊の紋章師”トトの屋敷を訪ねていた。
向かいに座るトトは目を細めながら気味悪そうに箱の中の『斬呪剣』を見つめていた。
トトの視線が俺に向いたのがわかった。
俺はトトの目ではなくでっかい胸に視線が釘付けだ。ちくしょうこれは魔術の一種か。目が吸い寄せられる。
目は胸にむけたまま、言葉はトトの顔に向ける。
「聞いた事ねぇか? 呪いを吸い取る剣らしいんだが」
「ちょっとウルちゃん、わたしの目はここよ」
トトは指を俺の顎のしたにあてて、くいっと上に持ち上げた。俺はトトの顔を真正面に眺める。
「あ、そ、そうだったな。てっきり胸がしゃべってんのかとおもったわ」
「うふふ、正直な人って好きよ」
トトはそういうと指をはずして話す。
「呪いを吸い取る剣、なんて聞いたことないわね」
「この剣の売主はドネシア家に仕える紋章師だ。たしか……メビウスっだったかな、あの黒髪の女」
「ドネシア家ねぇ……確か代々女系の領主だったわよね」
「だな。今の領主がだれなのかはよく知らんが……」
ドネシア家。エインズ王国の一角にある大貴族だが7大貴族のうちでは一番領土が小さい。
そして代々女から紋章師が出る家系。正直それ以上の事はあまり知らない。
俺はもう一度箱の中を眺める。
中に寝転んでいるのはあの斬呪剣。
一瞬石か何かと見まごう程、灰色。錆がまだらに侵食し今にも崩れてしまいそうなほど。
持ち手の部分もシンプルだが、一応にぎりやすいように段差が付いている。
鍔はなだらかに飛び出ている。剣だというのに肝心の刃の部分は無く、根元から折れている。
どれだけ目をかっぽじっても、ゴミにしか見えない。たぶん道にでも転がってたら子供が掴んで川にほうり投げちまいそうな代物だ。
こんなものを金貨500枚も出して買うお師匠のテマラもテマラだが。
不意にトトが箱の中に手を伸ばしかけた。俺はあわてて両手でふたをする。
「やめい! おめー破裂するって!」
「大丈夫。握らないわよ、ちょっと表面をさわるだけ」
「……勇気あるなぁ。俺は触れるのも嫌だわ」
トトは右手の片メガネを手元に置いて、人差し指を伸ばして剣の持ち手部分を少しこする。
「うーん……たしかに。さびた青銅って感じね」
「だろ。でもさ、この剣を握ったとたんに男があっというまに血と肉と骨になっちまったんだ」
「このさびの原因は血しぶきを何度も受けたせいじゃないの?」
「うへぇ……」
トトはまださすっている。さすりながらつぶやく。
「様々な呪いの副作用が混じって、とんでもない事になってるのよね?」
「だろうな。そもそも……」
「誰が何のために作ったのか?」
「だな。お師匠のテマラがいうには魔力をため込む道具らしいが。魔力をため込んで高位魔術を使う時にその力を開放するんだとよ」
「ふ~ん。なるほどね。魔力の蓄積具ね。確かに宝石にもそういう物があるにはあるわ」
「そうなのか? だとするとこの剣もその蓄積具とやらの一種か」
「問題は、この剣の売り主がこれを使える人を探して何をしようとしているのかよ」
「俺もそれを知りてーんだが、その前に俺がこの剣を握れるかどうかだ」
トトは剣から指をひっこめた。いたずらっぽく笑う。
「ね、ウルちゃん」
「なんだ?」
「ウルちゃんが死んだら、骨は拾ってあげる」
「やかましい!」
とりあえず何かわかることがあれば教えてほしいとトトに伝えて、俺は屋敷を後にした。
どうやら握ってみなけりゃ何もわからんな、こりゃ。
この剣の売り主、メビウスとの約束は9日後。
ただ、待ち合わせ場所の屋敷までは、馬車で三日かかる距離だから、実質6日の間に答えを出さにゃならん。
遺書でも書いてやってみるしかないか。俺は足取り重く自宅についた。