無計画はいけません★
俺はオーランドをそのままに、大聖堂へ走る。
とりあえずオーランドの野郎をぶん殴るのは後まわしだ。
視線の先、入り口前の階段でクミルがこちらに大きく手招きしている。わかってる。わかってるけど、もう俺も年なのよ。
大聖堂の入り口から次々に人々が叫びながら逃げ出してくる。俺は人波をよけつつ逆行し、大聖堂を目指す。
息を切らしてようやく階段にたどり着き一段飛ばしではね上がると、クミルと共に正面の扉をくぐった。
見上げる天井のアーチ。奥の後陣にはステンドグラスの光る窓。その窓には美麗な色彩で描かれた様々な物語のワンシーンが並んでいる。
両脇には白亜大理石の太い柱がいくつも伸びて天井に連なる。
俺は中央を見据える。
さっきまで、整然と並んでいた長椅子の列は上から踏みつぶされ、一部粉々に砕けている。
荘厳な大聖堂の祭壇を向こうに、黒騎士フェインは大きな鎌を構えて動きを止めていた。
その視線の先、黒騎士フェインと対峙して、太い石柱を背に立っているのはアプルだ。
アプルの奴、もう目を覚ましたのか。
そのアプルの足元に隠れるようにうずくまっている人影がおそらくセイロン。
アプルはセイロンをかばうようにすっとたち、黒騎士フェインとにらみ合っていた。
セイロンは頭を抱えて縮こまり、まるで小さな虫のように体を丸めていた。
俺はクミルにここを囲む魔術陣を描いておくように頼んだ。クミルは小さくうなずいて、走り去る。
俺は黒騎士フェインを横目で警戒しながらも、アプルのもとに駆け寄った。
黒騎士フェインは大鎌を身構えたままゆらりゆらりとしているだけで、あまり動かない。
俺はそばに来て、アプルに並んだ。
「お、おい。アプル、大丈夫か」
アプルは黒騎士フェインを見上げながら小さく答える。
「……はい、なんとか……」
俺は足元のセイロンを見下ろす。セイロンは尻をうしろに突き出して頭を抱えぶざまに震えている。
これがこの聖都市フレイブルを統治する人物とはね。
俺は黒騎士フェインを見上げて怒鳴りつけた。
「おい、フェイン! この大聖堂は何世代もの設計士が引き継いでようやくお前さんの世代で完成した大事な建物なんだろ! こんな無茶苦茶にしちまってもいいのか!」
「……何年もかけて……自分の、かぞく……の墓を、ツクル……はめになるとは、な」
「この大聖堂はな、今やこの国の誰もが死ぬまでには一度は訪れてみたいといわれている神聖なる場所だ。実に名誉な事じゃないか」
「俺は……間違って……いた、そんな、名誉より……家族……をもっと大切にする、べきだった……のに」
「さっきも言ったろ、ここにいるのはお前さんの娘だ。娘のルーナだ」
横のアプルが不思議そうに、ルーナ、とつぶやいた。
そういえばまだ教えてなかったな。俺はアプルにささやく。
「そうだアプル、お前さんの本当の名前はルーナだ」
アプルはまた小さく、ルーナ、とつぶやいた。
俺は黒騎士フェインを睨みつける。大きな鎌がこちらに刃を向けてふわりと寄ってくる。
この距離であの大鎌を斜めから振り下ろされたら終わりだ。多分、俺もアプルもセイロンも、3人いっぺんに真っ二つだ。俺は話を続ける。もうこいつを倒すような計画も何もない、とにかく時間を稼ぐのみ。
「お前さん、自分の娘を手にかける気か」
「オレ……の、むすめは、もう、死ん……だ」
「だから棺から取り出したっつってんだろ!」
「うそつき、め……お前……たちの、言葉など……信じ、ない。のけ、セイロンの……命を、よこせ」
「お前さんはセイロンを殺せば、満足するのか?」
「さぁ……な……この街の、全員を、殺す……かもな。オレノ、気のすむまで……コロシ、ツヅけるさ」
俺たちの頭上をふわりふわりとさまよっていた大鎌がピタリと止まる。
どうやら焦点が定まったようだ。
大鎌は、一気に振り下ろされた。