解かれた結界
俺とオーランドはアプルを大聖堂の長いすに寝かせると、そのまま広場にいる黒騎士フェインの元へ向かった。
クミルを横目に大聖堂前の階段を下りて、まっすぐ先を見据える。
黒騎士フェインはぐるりとこちらに兜の顔をむけた。幸い大鎌はしまい込んでいるらしく、今は戦闘態勢にはないようだ。
俺たちは奴を見上げるほど近くまで歩を進めた。
俺が奴を見上げて口火を切った。
「アンタの名はフェインだな。このフレイブル大聖堂を設計した人物、そして職人頭だった」
黒騎士フェインは、答えない。しかしゆっくりと俺の隣にいる人物に顔を向けた。
俺はオーランドに目で合図する。オーランドは小さくうなずいて話す。
「フェイン、私を覚えているか。私はオーランドだ」
「オー……ラン、ド司祭……か」
「そうだ、今は孤児院で、副院長をしている」
「俺の家族は……死んだというのに……お前はまだ、生きながらえているのか……この……恥知らずめ」
オーランドはひとつ息を吸い込んだ。俺はちらりとオーランドに目をやる。
どうやらかなり緊張しているな。ま、無理もねぇか。
こんなでっけぇ黒騎士を目の前にしちゃな。だが、頑張ってくれよ、アンタにかかってんだから。
オーランドは震えながらも言葉をつなげる。
「実は……フェイン。君の娘は生きている、ルーナは生きている」
「ルーナ……むす、め」
「そうだ。あの人柱の儀式が行われる直前に、私が彼女を棺から出して孤児院に預けておいたんだ」
「む…すめが……生きている……の、か」
「そう。君もすでにあっている。さっき君の作ったペンダントを持っていた娘だよ。ルーナは孤児院で育ち、いまは修道女としてこの街で働いているのだ」
「ルーナが……」
黒騎士フェインは、ふらりとこちらに寄ってきた。
首をぎゅるりと伸ばして、俺たちの目の前に顔を持ってくる。
近くで見ると、やっぱりおっかねぇ。
頬と鼻筋を覆う棘ついた真っ黒の兜の中から見えるのは、闇の中に光る赤い目。
黒騎士フェインはつぶやく。
「むす……めに……あい、たい」
「ルーナは、今は気を失ってしまっている。もう少し待ってくれないか」
「俺……をここから、出してくれ、雨が、止むと……陽の光で……俺は……消えて、しまう」
「そ、そうなのか……じゃぁ」
オーランドは俺の方を見た。
俺は首を振る。オーランドに伝える。
「さすがに、ここからは出せねぇぞ」
「しかし、大丈夫そうじゃないか。あの大きな鎌もしまい込んでいるし。私達の話に耳を傾けてくれている」
「駄目だ。危険が大きすぎる」
「少しくらいなら」
俺たちが問答していると、黒騎士フェインがつぶやいた。
「襲ったり、は……しない。信じて……ほしい」
その時、急にオーランドが小走りに進んでいく。
お、何をしてんだ一体。オーランドは黒騎士の真横辺りにしゃがみ込むと、胸もとから何かを取り出し床を削り始めた。
削り始めた床には、クミルが描いた結界が。俺がはっと気が付いたときには、すでに遅かった。
オーランドは顔を真っ赤にして手を前後に動かしながら、叫んだ。
「いけ! フェイン! セイロンを殺してやれ! お前の復讐を果たせ!」
オーランドの手元の魔術陣の一部が削れる。
まさか、クミルの魔術陣を破損させていたのは、このオーランドだったのか。
瞬間。ふと風が吹いた。
この感じ、結界が解けたな。
黒騎士フェインの兜の隙間から真っ赤な舌が伸びてきた。
低いうなり声。
「……セイロンを……殺す」
黒騎士フェインは一気に俺を通り過ぎて、大聖堂に駆けていった。
俺が振り返った時には、すでにその大きな姿は大聖堂の入り口にまで達していた。