久しぶりの再会
ランカに続いて古びた屋敷の扉をくぐる。
夜の気配に包まれたひと気のない古びた建物。
間に合わせの待機場所といった感じだ。
一歩のぼるたびにギシギシときしむ木の階段を踏んですすんだ先。
俺たちは二階廊下の奥にある小さな部屋に通された。
部屋の中、あちこちから、ほのかに光るランプ灯のオレンジが交差して、部屋の中央に座る女性を幻想的に照らし出していた。
リゼ・ステインバードはこちらに気がつくと、ソファからすっと立ち上がる。
どこか照れたような笑みを浮かべて頭を小さく下げた。
俺とリゼは小さなテーブルをはさみ、向かい合ったソファにお互い腰かけた。
「さて、こんな路地裏の小汚い屋敷で俺に会うって事は、これは密談という事かな?」
リゼは自分の後ろに回り込んだランカの顔色をうかがうようなそぶりを見せ、小さく口を開いた。
「はい。太陽が沈んだ後に、街に出歩くのは父から禁止されていまして……でも今日は父が不在なのでなんとか」
「なるほどね。なんだか思いつめたような顔をしているが、何かあるのかい?」
「はい。実は……私はもうじき結婚を控えているのです」
突然のめでたい報告に俺は言葉につまる。
「け? け、結婚って……ランカと?」
リゼは不思議そうに首をかしげる。
「……え?」
「いや、俺はてっきり、二人がそういう関係だと思っていたんだが……あれ? 違うの?」
俺がふたりを交互に指さすと、リゼとランカは視線を交えてから気まずそうに笑った。
どうやら、まったくもって俺の勘違いだったようだ。
俺の勘違いを正すようにリゼはうつ向きがちに、改めて身の上を話してくれた。
リゼ・ステインバード、十八歳。
ステインバード商人団を率いるミカエル・ステインバードの長女。
二つ年の離れた妹が一人いるという事だ。
リゼがもうじき結婚する相手というのは、後ろに立つ護衛のランカではない。
なんと、このルルコット城下町をおさめている領主の息子、マルコ・ルルコットだという事だ。
ルルコット家というとこのエインズ王国を治める七大貴族の一角。
大貴族の息子が商人団の娘を妻に娶るなんてことは滅多にない。
大抵は貴族同士で婚姻するというのが今の世の常。
しかし、こういった話は前例がないわけでもない。
貴族と商人団を結びつけるものといえば一つしかない。
”財政”だ。
ステインバード商人団といえば香辛料の貿易でひと財産築いた富豪商人のはず。
資金繰りに行き詰まっている金欠の貴族が富豪の商人団とつながりをもち、財政を潤すというのは時々ある話。
貴族は商人団の資金源を得ることができ、そして商人団は貴族との血のつながりを得て商売を有利に進める事ができる。
双方の利害が一致した政略的な結婚というところだ。
リゼはため息交じりに話を続ける。
「ところが、この指輪のせいで私がこんな状態になってしまい……マルコ様との婚礼の儀式がずっと延期になっているのです。この指輪の呪いを解ける人がなかなか見つからなくて……」
「なるほどね。それで、俺に白羽の矢が立ったということか」
「はい。いろいろと調べていくうちにウルさんの噂をきいて、私、いてもたってもいられずにウルさんの住んでいる山小屋に向かったのです。本当はランカにも止められたんですが……」
リゼはまた振り向いてランカを見上げた。
ランカはリゼを包み込むようなやさしいまなざしを向けてうなずく。
いや、本当にこの二人、何もないのだろうか。
そうは見えないが。
俺は気まずくなり、軽く咳払いをした。
親同士が決めた結婚というところだろうが、リゼ自身はそれでいいのだろうか。
俺はふとそんなことを思った。
しかし、そこは聞くまい。俺がソファに深く沈んだ瞬間。
「でさ、アンタはそれでいいわけ?」
ふいにキャンディが俺のポケットから顔を出して、リゼに問いを発した。
リゼは突然現れたキャンディに驚き目を白黒させている。キャンディは続ける。
「大貴族の息子なんてさ~。きっとろくな人じゃないでしょ? ねぇ、ウル」
キャンディはこちらにお鉢を向ける。
なんだその嫌味に満ちた質問は。俺は「知るか」と短く返した。
リゼは、少し間をとって諦めたように口を開いた。
「でも……これは親が決めたことですので」
「えっとね。アタシはそういうことを聞いてるんじゃなくて、他に好きな人はいないのかって聞いているのよ?」
「え? 好きな人? それは……」
その時、ふいに階下から鳴り響く固い足音。
リゼは、はっと手で口を押さえた。
室内にいる皆がお互いに目くばせをして、息をひそめる。
一斉に首を回してじっと入口の扉を見つめた。
ぎしりぎしりと、不安をあおるような音。
間違いなく誰かがゆっくりとこの部屋にせまってくる。