オーランド司祭
俺たちが再び中庭に入り込むと、相変わらず大勢の修道士や司祭連中がカラの棺を取り囲み色めきだっている。
こいつら一体いつまでやるつもりだ。ほんとーにクソ面倒くさい連中だ。
そんな中、からっぽの棺ではなく大きな棺の前にたちすくむ老人がひとり。
その人物は、白の祭服に身を包み頭を垂れて足元の棺をぼんやりと見つめている。
俺は立ち止まる。アプルに小声で聞いた。
「アプル、あのすこし離れたところに立っているのは誰だ、白い祭服」
「あ、あれは孤児院の副院長のオーランド司祭様です」
「探すまでもねぇな。きっと奴だ」
「え? わたしを、棺からだしたのが……オーランド司祭様!?」
「あの表情を見てみろ。あれが答えだ」
オーランドはしろく長いまゆから雨の雫を落としながら足元の棺を見下ろしている。
雨なのか、涙なのか、奴の頬をつたうのは、透明な何かだった。
俺たちは、騒がしい集団ではなく、ひとりたたずむオーランドのそばに立ち寄る。
俺とアプルとオーランド。3人で大きな棺を囲んだ。
足元の棺の中にある遺体がフェインか、それともフェインの妻なのか、俺にはわからない。だが、きっとオーランドにはわかっているんだろう。
俺はオーランドに言葉をかけた。ごく簡単に。
「アンタが……アプルを棺から出した。そうだな」
オーランドはうつ向いたまま、枯れた声をだす。
「そうです。せめてもの償いのつもりでした。私はフェインを救えなかった……臆病者です。ずっとこれを胸に忍ばせて、いつか返せる日を待った」
オーランドはそういうと、胸のポケットから白い布の小さな包みをとり出した。
そして両手の上でゆっくり開いた。
そこには、貝殻のようなひび割れた何かのかけらが数枚あった。今にも粉々に砕けてしまいそうだ。
俺はたずねる。
「それは?」
「これはフェインの骨です。彼は四肢をもがれるという恐ろしい刑を受けた。この棺の中のフェインには手足が無いのです」
あの黒騎士に手足がないのはその為か。なんて事しやがる。
「ひでぇ……手足を縛った紐を猛獣の体にくくりつけて四方から引っ張るってやつか……壮絶な恐怖と痛みだろうな」
「この骨は、私が拾いあつめたフェインの手足の骨の残骸です。これをこの棺にかえす日をずっと待っていた……」
雨が静かに降り注ぐ。
アプルが震える声で、たずねる。
「……オーランド司祭様……あなたがわたしを棺から救い出してくれたのですか?」
「……私にはそれぐらいしかできなかったからね……君の父であるフェインの異端審問裁判の場に、私もいたのだ。でも、私は何もできなかった。黙るしかできなかったのだ」
「わたしの……お父さんは、どんな人でしたか」
「とても勇敢で人望もあった。すばらしい技術者だったよ。この大聖堂は彼なくしては完成できなかったろうね」
「わたしの父さんは、わたしの事を……愛してくれていたんですか?」
「いつも君の話をしていたよ。娘の為ならなんだってできる、とね。アプル、すまない……すまない事をしたね」
オーランドはそういうと、ゆっくりと地にひざをつき手に持っていた布切れを両手に包んだ。
そしてフェインの棺に祈りをささげた。
その祈る姿を見た時、アプルの心が決壊した。
アプルはオーランドのそばにしゃがみ込むと、祈りをやめさせるかのように、オーランドの胸元につかみかかり激しくゆすった。
そしてオーランドに向かって大声を上げた。
「ねぇ! どうして!? どうしてよぉ! どうしてわたしの父さんと、母さんが! こんな目にあわなきゃいけないのよぉ!!」
オーランドはされるがまま、静かにうつむいていた。
アプルはオーランドを揺すぶりながら、何度も何度も、どうしてだと泣き叫んだ。
それは世の理不尽に対して、無意味な悪意に対して必死で訴えかけているように見えた。
なぜそんなものが存在するのだと。
見てらんねえな。俺はついつい目を背けた。
アプルはひとしきり泣き叫んだあと、ぐったりと倒れ込んだ。
俺は慌ててアプルの方に回りこんで、アプルの体を抱えた。ぐっとそばに寄せるとアプルの首はだらりと仰向けになる。
どうやら泣きつかれて、気を失ってしまったようだ。
オーランドは目を閉じたまま、じっとしていた。俺はオーランドに伝えた。
「アプルを休ませよう。アンタも手伝ってくれるか?」
「……はい」
オーランドは薄く目を開くと、うなずいた。
そしてふたりでアプルを抱えて屋内へ運んだ。