怨霊となったフェイン★
さて、ここで視点は主人公のウルにもどります。
時は現在へ。
大聖堂の中庭で雨の中、棺を暴いたウルたちの場へもどります。
俺とアプルは棺の中がからっぽであることを確認した後、中庭に立ち上がる。
ふたりで一緒にふたの外された小さな棺を抱え上げた。
そしてからっぽの棺の中が見えるように、ゆっくりと周囲に向ける。
それを目にした、教会関係者たちから悲鳴とどよめきが起こった。
みな、口々に叫んだ。
「空っぽだ! 棺の中はからっぽだ! 何も入っていない!」
「どういうことだ! 人柱の儀式はなされていなかったということか!」
「セイロン大司教様が起こしたあの”大聖堂の奇跡”は嘘っぱちだったってことか!」
「セイロン大司教様の奇跡の功績はなかったというの! なんてことでしょう!」
雨で湿った空気に、皆の熱気がこもる。
俺とアプルはゆっくりと小さな木棺を大地に降ろした。
俺は隣のアプルに言った。
「アプル。セイロン大司教のもとに行くか?」
「はい」
俺とアプルは歩を進める。俺たちの進む先、皆が道を譲る。人垣が両方にさけていく。
俺たちは大聖堂に向かった。
大聖堂に戻ると、セイロンは最前列の長いすにぼんやりと座っていた。
さっきまでセイロンを守る為に周囲を囲んでいたはずの修道戦士たちもどこかへ行っちまったようだ。
俺たちはセイロンの前に回り込み、見下ろした。もはや魂の抜け殻。虚ろな目で床を見つめている。
自分が今回の黒騎士騒動で失脚することをうすうす感じとっていたのかもしれない。
俺は話しかけても無駄だと思いつつ、生気のないセイロンに言葉をかける。
「セイロン大司教。詳しい事はよくわからんが、アンタが過去におこなった”人柱の儀式”は嘘っぱちだったようだな」
「私は……この大聖堂の危機を救ったのだ……教皇様から認めていただいたのだ……」
「いんや。さっきの皆の反応からして、アンタはもう終わりだ。アンタの奇跡の功績とやらが否定されたんだから」
「私は大司教だ……もうじき王都に呼ばれて……教皇様のおそばでお仕えするのだ……」
だめだこりゃ。話が通じねーわ。
俺は仕方なくアプルに目を向けた。アプルは唇をかみセイロンを眺めている。
今まで信じて仕えていた人物が、自分と自分の親を生贄にしていたなんて。すぐには受け入れられねぇだろうな。
アプルはふいに膝まづいた。
セイロンをみあげて、セイロンの手を取って優しく話しかけた。まるで子供に諭すように。
「セイロン大司教様。わたしに真実をお話しください。わたしは、あなた様のお心を信じたいのです」
セイロンは相変わらずぶつぶつと独り言のようにつぶやくだけだ。
俺の胸ポケットからキャンディが顔を出した。
小声でつぶやく。
「……もうだめね、この爺さん。心が抜けかけてるわ」
「……まー正直、俺は最初っから好かんかった。こういう姿を見ると気の毒だとは思うが、因果応報だな。それにしても……あ~そういう事か……」
俺は思い当たった。セイロンは最初、俺に仕事の依頼をするときからなかなか自分の姿を現さなかった。何を言うにも誰かを使い、伝言ゲームのような事をしていた。その理由がわかった気がする。
キャンディが聞いてきた。
「なにかわかったの?」
「いやな。この爺さん、最初っからなかなか俺の前に姿を見せなかっただろ。つまり黒騎士から身を隠すために外に出られなかったんだろうな」
「えぇ? その代わりに、他人を使いに出していたってわけ? 他人を危険にさらして?」
「ま、そういう事だな」
「つくづく自分の事しか考えてないのね……それよりさ、黒騎士の方はどうするのよ」
「あの黒騎士はアプルの父親であるフェインの怨霊とみて間違いないだろう。鎮魂が必要だ」
「やだ、こんな時に下ネタいわないでよ」
「……はぁ?」
「え? 男の子のあれの事でしょ、違うの?」
「お前さ。最近、俺みたいになってきやがったな。ち、ん、こ、ん、だよ。つまりは怒りを鎮めるって事」
俺はちらりとセイロンを見た。あの黒騎士フェインの怒りの原因はこのセイロンだ。
しかし、すでにもぬけの殻になったこの爺さんの命を差してなんとかなるのか。正直、俺はセイロンが死のうが生きようがどっちでもいいが。
あ、だめだ、だめだ。そういえば、セイロンが死んだら報酬が貰えないんだった。
だとすると、アプルが頼みの綱か。アプルが本当にフェインの娘かどうか、どうやって証明するかだな。
あのペンダントだけでは、あの怒り狂った黒騎士フェインを納得させられるとは思えんのだよな。
ただでさえ聖職者を殺して回っているような奴だ。聖職者のひとりであるアプルの事を素直に信じるとも思えん。
ま、さっきわかったが、会話ができる以上話をしてみる価値はありそうだが。
俺はアプルに伝える。
「アプル、今から黒騎士と対話するが一緒にきてくれるか」
アプルはセイロンに語りかけるのをやめて、こちらを見上げた。
「わたしに何とか出来るでしょうか……あの恐ろしい黒騎士が、本当にわたしのお父さんなのでしょうか……」
「それは、お前さんとあの黒騎士にしかわからない。怨霊の呪いを解くにはアイツの怒りを鎮めることが必要だ。なんなら、その爺さんの命を差し出そうか、それが一番手っ取り早いかもしれん」
「ま、まさか……そんな」
「ならば、他の方法であいつの怒りを鎮めてやらなきゃならん。生贄として埋めるんじゃなくて、きちんと埋葬して祭壇を作りこの地に祭るんだ」
「怒りを鎮める……どうすれば」
「お前さんが、本当にあいつの娘だという事をあいつに証明してみよう。父親だったらかわいい娘のいう事ぐらいは聞くだろうよ」
アプルは立ち上がりうなずいた。よし。
俺はアプルと共に黒騎士のいる広場に向かった。