フェインのこころ その④
次の日も当然、朝から仕事に追われる。
大聖堂の破損箇所の確認、そこを補修する方法を決めるだけでも、何人もの職人と話をしなくてはいけないのだ。
セイロン司祭と話す時間が欲しかったが、一向に時間が取れそうにない。
あっという間に昼飯の時間となってしまった。
俺と仲間たちが修道院の大食堂でわいわいと騒ぎながら飯を食っていると、入口から物々しい格好をした修道戦士たちがなだれ込んできた。
食卓についていた職人たちが皆一斉に入口に顔を向ける。
修道戦士たちが入り口付近にならび、その後からセイロン司祭が後ろに手を組んで悠然と登場する。
俺はセイロン司祭を睨みつけた。食事の場まで邪魔をするつもりか。
食堂内が静まり返った。そのなかでセイロン司祭のヒステリックな声が響いた。
「この中に、邪教徒がひそんでいる!!」
俺は周囲に座る仲間たちと顔を見合わせる。すると、またセイロン司祭の叫び声。
「フェイン! 姿を見せよ! 忌まわしき蛇の使いの邪教徒め!!」
あいつは一体、何をいっている。ついに気でも狂ったか。
その世迷言が果たして通用するかどうか。受けて立とうじゃないか。
俺はスプーンを皿において、ゆっくりと立ち上がる。
「セイロン司祭、一体何の話をしているのですか?」
セイロン司祭はこちらを見ると、俺を指さして周囲にいた修道戦士たちに命じた。
「いたぞ! 邪教徒を捕まえよ!」
修道戦士たちは背中から銀の槍を抜き出すと、こちらにバタバタと駆けてきた。
俺を取り囲む。
途端に大食堂内が騒然となり、職人たちの怒号で溢れかえった。
俺の隣に座っていた仲間の一人がこちらを見上げて言う。
「……おい、フェイン。逃げろ」
「いや。ちょうどいい、セイロン司祭とはじっくり話がしたいと思っていたところだ」
「……し、しかし邪教徒の疑いをかけられているんだぞ。もしも教会の異端審問裁判(信仰に反する者を罰する裁判)なんかにかけられたらまずいことになるぞ」
「もともとセイロン司祭はよそものだ。長年つきあいのある他の司祭たちはわかってくれるはずだ」
俺の周囲をごつい修道戦士たちが取り囲み、俺の首元に槍を向けた。
俺は両手を上げて修道戦士たちに伝えた。
「逃げやしない。どこへなりとついていくから」
俺は昼食を途中でやめて、修道戦士たちに達に囲まれて、修道院の集会場に出向いた。
集会場に入ると、数名の司祭が立ち並んでいた。
俺を中に通すと修道戦士たちは部屋から出て行った。セイロン司祭が壇上に立つ大司祭の隣に並んだ。
俺は大司祭にたずねる。
「これは一体何のマネですか? 今は大聖堂の補修で忙しい時期なのです。いい加減にくだらない争いはやめにしませんか」
大司祭が口を開く。
「くだらない……とは聞き捨てなりませんね。フェインさん、あなたには邪教徒の疑いがかけられているのですよ?」
「ですから、一体何のマネかと聞いているんです。俺は今までニンハラル教の為に尽くしてきた。大聖堂建設の為にここ何年も尽くしてきたのです。その俺が邪教徒ですか?」
「セイロン司祭。彼を連れてきなさい」
大司祭が隣に立つセイロン司祭にそういうとセイロン司祭は、そそくさと部屋の後ろに行き入り口のドアを開けて、一人の男を連れてきた。
男はセイロン司祭と共に大司祭の隣に立った。
俺は一瞬、考え込んだ。なぜ、この男がここに。
この男には、少しの金を渡し街から逃げるよう忠告したはずだ。仲間とともに街の外まで見送ったはずなのに。
セイロンに続き、俺の目の前に現れたのは、彫刻師ヘリグラムだった。大聖堂の壁や彫刻を破損させた実行犯。
ヘリグラムは俺の仲間たちに殴られて、まだ治りきらない腫れた顔のままだ。じっとうつむいている。
大司祭がヘリグラムに視線を向けて、話す。
「ヘリグラムといったか、話してみなさい」
「は……はい。大司祭様。この男の家でこれを見つけました」
ヘリグラムはそういうと胸元に手をさしこんで胸ポケットから何かを取り出し大司祭に渡した。
受け取った大司祭は、それをこちらにかざした。
その手には胸飾りがにぎられていた。蛇が二匹絡まった模様の彫られた薄緑に輝く胸飾り。
二匹の蛇がお互いにかみつく紋章。これは邪教の紋章。これが俺の家から見つかったと、ヘリグラムは言った。
俺の鼓動が早まる。どう考えてもまずい状況だ。俺は慌てて釈明する。
「それは俺の物ではない! 一体何のつもりだ、ヘリグラム!」
ヘリグラムはこちらを見もしない。
首を真下に曲げて、うつ向いたまま平坦な声で話す。
「この間、こいつの家に夕食に誘われて行ったときに、これを見つけたんです。こいつは邪教徒です。どうか死刑を」
「嘘をつくな! ヘリグラム! お前自分が何をしているかわかっているのか!」
「コイツの部屋でこれを見つけて、コイツに殴られたんです。黙っていろと、でもオレは黙ってられなかった。どうか死刑を」
「この男は嘘をついている! 大司祭様、こんな奴の話を信じないでください!」
「コイツは邪教徒です。邪教徒は死刑です。どうか死刑を」
俺は見た。ヘリグラムの隣で立つ、セイロン司祭のほくそ笑む顔を。
俺はセイロン司祭を睨みつけた。
セイロン司祭はこちらに笑いかけながら、口を開く。
「大司祭様、邪教徒にたいする刑は、火あぶりか四肢裂きです。どの刑にするのかは密告者にゆだねられるというのがニンハラル教のきまりですね。さぁヘリグラム、刑を選びなさい」
ヘリグラムはびくりと肩を震わせて、間をとった。そして震える声でつぶやいた。
「この邪教徒に……四肢裂きの刑を望みます」
セイロン司祭がうなずいて大司祭の隣に回り込み大司祭に耳打ちをする。
大司祭は困惑の表情で、目を開く。
しばらく考えて俺に伝える。
「フェインさん。今ここの場で、あなたに対して、異端審問裁判を開きます」
「ま、待ってください! こんな嘘が許されていいわけがない!」
「フェインさん、事態は急を要するのです。邪教徒の疑いのある者が、大聖堂の建設責任者であるなどもってのほか。ちかく教皇様がこの大聖堂を視察に来るのですよ」
「バカな! 俺は断じて邪教徒などではない! なぜ誰も何も言ってくださらないのです! こんなことが許されて……いい、はずが」
俺は周囲で黙りこむ司祭たちに助けを求めるが、誰も一言も発さない。
皆、苦々しい顔で我関せずといった表情を見せた。こんなにも薄情な人たちだったのか。
こんなにも無責任な連中だったのか。たった一人の男の証言だけで俺を邪教徒と決めつけるのか。
いままで俺が、大聖堂の建設の為にどれだけの身を削ってきたのか。
俺は、次第に何かを言う気力を失ってしまった。
なんだこれは。一体何が起こっているんだ。
俺が邪教徒だと。そんなことがあるはずない。
俺は力が抜けて、その場に膝をついてしまった。
俺がそうするのを待っていたかのようにセイロン司祭の得意気な声が響いた。
「大司祭様、一連の奇病も、大聖堂の事故も、この邪教徒を責任者にしていたせいです。私は提案します。今こそ”人柱の儀式”をしなくては。それでこそこの難局を乗り切れるのです!」
周囲にいた司祭たちがどよめいた。そうか、わかった。セイロン司祭の狙いが。
そうだったのか。
自作自演の狂言師め。自分で問題を起こしそれを自分で解決する。そして、自分の名を売るつもりだったのだ。俺はセイロン司祭の出世の道具にされたという事だ。なんて滑稽な。
つづいてセイロン司祭の興奮した叫び声。
「大司祭様! 人柱にするのは、この者と、この者の家族が最適でしょう!!」
そのセイロンの狂った言葉に俺は顔を上げる。そして床を這いつくばりすすむ。大司祭の足元にすがりつく。
頭を床につけて、懇願する。
「や、やめてくれ! 妻と娘は関係ない! 俺だけでいい! 俺を煮るなり焼くなり好きにしろ! 妻と娘だけは、どうか……たすけて……大司祭様、どうか」
俺の頭の上で大司祭の冷徹な審判が下った。
「邪教徒フェインは四肢裂きの刑に。妻と娘は”人柱の儀式”の生贄となってもらいます。大聖堂の中庭に供えましょう。フェイン、今まで大聖堂の建設にその身を捧げてくれた温情です。四肢裂きの刑のあとは家族と共に埋葬しましょう。これは異例ですよ。感謝しなさい」