フェインのこころ その③
俺はその日の夜、自宅に戻ると作業場にこもり、改めて今までの出来事を洗い出した。
まず、最初に奇病にかかったのは、石切り工のグウェインからだ。それから、彫刻師、ガラス細工職人から運搬屋に至るまで様々な関係者からこの奇病は発生している。
なぜか皆、その道の熟練者ばかり。年配の人間ばかりなのだ。若者は病にはかかりにくいとはいえ不自然といえば不自然にも思える。俺は奇病にかかった者の名と睨めっこする。
そして、ふと気がついた。その中で、1人だけ若者がいたのだ。しかも、彼は現場の職人ではなく調理師。それに奇病にかかった者の中で唯一の死者。彼だけが例外だ。
彼について調べてみようか。
次の日。俺は早速この現場の職人達の昼飯を準備してくれている修道院の厨房に出向いた。厨房の料理長に時間をもらい話を聞いた。
修道院の中庭で俺たちは隣どうしに椅子に腰かけた。俺の質問に、料理長は腕を組んだ。
「あぁ、あの子か。あの子はまだここに来て間もなかったのに、かわいそうだったな」
「新入りだったのか?」
「そうだよ。なんだか無口なやつだった。手先は器用なほうだったし、覚えは早かったな」
「亡くなる前に何か変わった事はなかったか?」
「変わった事……さあ、別にこれといって目立つような奴でもなかったからなぁ。正直、うちとしては厨房の人員は足りてたんだが、教会側から雇ってやってくれないかとお願いされて、断れなくてね」
「そうなのか」
俺の考えすぎか。あまり長々と話をしても悪いと思い、俺は最後に聞いてみた。
「教会側から雇ってほしい人を連れて来るってよくあるのか?」
「いや、初めてだよ。ほら最近来たあの司祭に頼まれたんだ。新しい人、なんと言ったかな」
「まさか、セイロン司祭が?」
「そうそう! あの人がどうしてもって言うもんだから仕方なくってのが本音さ」
まただ。またセイロン司祭の名前が出てきた。俺はなぜか妻アンジェリカの言葉が浮かんだ。嫌な予感、という言葉が。
俺は料理長に礼を言って別れた後、その足で現場の作業場に向かい、最近現場に入った新入りを帳簿で調べた。数人いるが、大抵は現場の人間の紹介だったり、職人の息子だったりする。
その中で唯一、素性のよくわからない人間がいた。彫刻師のヘリグラムという男。俺は気心の知れた仲間達の手を借りてこの男を見張る事にした。
そして案の定、この男はすぐに尻尾を出したのだ。
明くる日の夜中。
仲間が俺の自宅に来た。俺が上着を羽織り外に出ると、ヘリグラムがひざまずいて、数人の仲間たちに取り囲まれている。よく見るとヘリグラムの顔は赤く腫れ上がり切れた口元から血を流している。
仲間の1人が興奮気味に話した。
「フェイン。お前の言ったとおりだ。コイツをずっと見張ってたんだがよ。コイツは今日の夜中に現場に忍びこんで壁面を破壊してやがった。大聖堂の壁面を破損させたのも、天使像を落としたのもさっき白状しやがった! ゆるせねぇ! ぶっ殺してやりてぇ!」
俺は仲間達をなだめる。
「気持ちはわかる。俺だって同感だ。でもこらえてくれ、大聖堂の建設関係者からこれ以上の死者は出したくない」
俺はうなだれているヘリグラムに近寄り、前にしゃがみ込む。相当仲間達から殴られたようで、身体を震わせ怯えている。俺はゆっくり話す。
「ヘリグラム、正直、俺もお前を殴りたい気分だ。しかし、本当の事を話してくれたら酷い事はしない。いいな?」
「は……はい」
「誰に頼まれた?」
「へ? いや……オレは別に」
「誰に頼まれてやったんだ? 意味も無くこんな事はしないはずだ。建設の邪魔をすれば、金をやるとでも言われたか?」
ヘリグラムは黙り込む。
「ヘリグラム、残念ながらお前に頼んで来た人物は、お前に金なんて渡さない。お前はいずれ口封じのために殺されるぞ。すでに1人、殺されたのだから」
ヘリグラムの目がぎょろりと俺に向いた。俺はその怯えきった目に伝える。
「お前にこの工事の邪魔をするよう頼んだのは、セイロン司祭だろう。お前をこの現場に引き入れたのもな。厨房にも1人、お前と同じような事をさせられた者がいたが、彼も死んだ。お前も同じ道を辿るだろう。しかし、ここで事実を話せば、守ってやる」
俺とヘリグラムの話を聞いていた仲間の1人が不思議そうに聞いてきた。
「おい、フェイン。厨房にも、コイツと同じことをした奴がいるって、どういう事だ?」
俺は立ち上がって答える。
「もう本人が死んでるから白状させようがないが、おそらくあの奇病は、何かの毒物を昼飯に仕込んだ事で起きたものだ」
仲間たちがざわつく。しかし俺は仲間たちにはこの話は黙っておくように伝えた。大聖堂完成までもう少し。いまは事を荒立てたくはないのだ。俺はセイロン司祭に直接真意を確認する事に決めた。