フェインのこころ その②
俺はその日の昼下がり、大司祭に呼び出され修道院にある、小さな集会所に向かった。
中に入ってギョッとした。テーブルの席に司祭がずらりと勢ぞろいだ。俺は指示されて末席に腰かけた。一体何が始まるというのだろう。皆神妙な顔つきだ。
司祭のトップである、大司祭が前の壇上にあがり話はじめた。
「みなさんも、ご存じかと思います。現在大聖堂の工事が難航しております。聞いた所によると、職人達に奇病が発生しているとか。その原因として、棺の呪いなるもがあるとか……それについて何か意見のある者はいますか?」
しばしの重い沈黙の後、席に座っていた司祭の一人が口を開く。
「中庭にする予定地で、埋め立てるはずだった井戸から棺桶に入った即神仏が出たそうですよ。しかもそれを職人のかたが埋葬せずに勝手に燃やしたというではないですか」
それに続き、あちこちの司祭から声があがる。
「ミイラ? 私がきいたのは、大聖堂建設に反対する異教徒が抗議により井戸に身を投げたという話だが」
「何をばかな」
「しかし、すでにこの話は街中に広まっていますよ。子供たちですら、口にする始末です。はやくおさめなければ、さらに広まっていきます」
「教皇様が、もうじき視察に来られるというのに、なんと不吉な」
彼らは何を言っているのか。毎日死ぬ気で懸命に働いている職人たちを差し置いて。何だかバカバカしくなってくる。その時、大司祭が白熱する議論に釘をさした。
「まあ、みなさん。まずは建設の責任者である、フェインさんから話を聞きましょう」
一気に皆の視線が俺に集まる。俺は息を吸い込んで自分を落ち着かせた。ゆっくり立ち上がって話す。
「まず、俺自身がその棺やミイラという物を見た事がありません。それに職人達が掘り起こしたものを勝手に燃やしたなんて話は聞いた事がない。彼らは学はありませんが正直で働き者です。このような議論よりも、皆が一丸となって大聖堂の完成を目指すべきです」
皆が黙り込む。他に何を言えというのか。はやく現場に戻りたい。その時、一人の司祭が立ち上がって口を開いた。
「フェインさん、職人達の間で奇病が流行ったあと、最近は建設現場での事故が相次いでいると聞いています。こんな不可解な出来事が続くと、さすがに呪いと言われても仕方がないですよ」
俺はその司祭に目をむけた。俺の心がチリチリと音をたてる。
また、この司祭か。セイロン司祭はまるで責めるような視線で俺を一瞥した。彼は職人達の間でも評判の悪い司祭だ。何かと現場にきては口を出してくるらしい。聞いた話ではセイロン司祭は最近この教区に来たばかりで、以前どこで勤めていたかも定かでないという事だ。
職人の間では、かげで聖職を不正に取得した司祭ではないかとも言われているほどだ。俺はつい尖った返事をしてしまった。
「呪いなど、バカバカしい。事故に関しては調べているところです。いまお伝えできる事はありません」
セイロン司祭は、なぜか余裕あるそぶりで話す。
「天使像が、職人を直撃したというではないですか。恐ろしいことです。早急に事態をおさめなくては、さらに呪いのうわさは広まってしまいますよ」
その後、いくつかの話をして集まりは終わった。一体なんの集まりだったのか、時間の無駄だ。
俺は現場にもどる道すがら、気がついた。なぜ、セイロン司祭は天使像が職人を直撃した事を知っていたのか。現場の出来事はまず俺に知らせがくる。俺から教会に報告する手順だ。
俺はまだ、教会に天使像が落ちた事は伝えていない。俺の中に疑惑の心が芽生えた。セイロン司祭に対する疑惑が。
そして、セイロン司祭に対する疑惑は俺の中で、日に日に大きくなっていった。