フェインのこころ その①★
さて、ここで視点が少しうつります。
時はさかのぼり、いまから十数年前、フレイブル大聖堂、完成まじかの頃。
フレイブル大聖堂の職人たちをとりまとめる設計士フェインの視点へ。
フレイブル大聖堂が完成まじかというこの段階になって、よからぬことばかりが続いている。
俺は夕食後自室にこもり作業台に座り頭を抱えていた。設計者であり、そして職人たちの責任者としてどうするべきか。
目の前の作業台には大聖堂の設計図がぴしっとはりつけてある。この大聖堂の建設は何百年という単位で行われている。これは何世代もの設計士が引き継いできたいわば伝説の設計図。その最終段階を俺がとりしきっているのだ。その重圧も凄いが、それ以上の栄誉だ。
ここまでの作業はほぼ予定通り、設計ミスも軽微なものにおさまり、工程は問題なく進んでいた。
進んでいたはずなのに。
ここ最近、職人たちの間で妙な流行病が広がっているのだ。
高熱に侵され耳が聞こえなくなる者、腹を下して食欲もなくやせ衰えていくもの。
ひどい症状では精神的な錯乱をきたしてしまうものもいる始末だ。
背を丸めて椅子に座っていると、ふと俺の肩に柔らかい手が置かれた。
妻のアンジェリカの声が聞こえる。
「ねぇ、フェイン。大丈夫なの? 最近ずっと机にすわりこんでため息ばかり」
「ああ、ごめんよ。あの子はもう寝た?」
「眠ったわ。最近、パパがかまってくれないって怒っていたわよ」
「ふふ……そうか。大聖堂が完成したら、思いっきり遊んでやるかな」
「お願いね。パパさん」
「まかしとけ」
俺はアンジェリカの手に自分の手を重ねる。
しばらくそのままじっとしていた。アンジェリカが不安げに聞いてきた。
「ねぇ……あの噂は本当なの? 棺の呪いっていう……」
「まさか。でも、おかしな話さ。俺はその棺も棺に入っていたという即身仏も見たことがないんだから」
「そうなの? でも街中で噂になってるわ、棺の呪いのせいで大聖堂の工事が滞ってるって」
「一体誰がそんな話を広めているんだろうね」
「ねぇ、フェイン。わたし、なんだかいやな予感がするの。なんだかとても不安だわ」
俺は肩にあるアンジェリカの手を強く握る。
そしてくるりと立ち上がるとアンジェリカに口づけた。その細い体をぎゅっと抱きしめた。
「俺が守るから。俺が、君とあの子を守るから。どうか安心してくれ。もう少しの辛抱だ」
「ええ、そうね。信じているわ」
アンジェリカはそういうと、細い腕を俺の背中に回した。
その時、部屋の入り口からあの子の声がした。
「あ~、ずっこーい。ママばっかり。わたしもぎゅーして」
俺とアンジェリカはお互いの体からパッと手をはなして入口に目を向ける。
入口ドアの隙間からあの子が顔を出していた。
俺とアンジェリカは顔を見合わせて、なんだか照れくさくなり小さく笑った。
そして俺は言った。
「よし! おいで! パパがぎゅーっとしてやる!」
「やぁったぁ!」
俺は走りよる小さな体を脇から抱え上げた。
俺の天使。俺の愛しい娘、ルーナ。君の為ならなんだってできる。
それからも毎日ギリギリの人員の中、大聖堂の工事は進められていた。
腕のいい職人たちが不在になるなかでも、大聖堂の工事は休むことなく進めなくてはならない。
ニンハラル教の教皇様が王都から視察に来られるまでに、何としてもこのフレイブル大聖堂を完成させなくてはいけないのだ。
あと十数日。皆限界の中でも作業に取り組んでくれているのだ、俺も休むわけにはいかない。
そんな忙しい日々の最中、また問題が持ち上がった。
俺が大聖堂建設地横の建物の中で、工程の確認を行っていると職人の一人が慌てて部屋に入ってきた。
「フェイン! ちょっと来てくれ!」
「どうした?」
「尖塔の上にある天使の彫刻の根元ががぽっきり折れて、下にいた職人に直撃しちまったんだ! ひどい怪我人がでてる」
「くそう! なんだってんだ次から次に」
次から次に。
そう、その言葉通り、あちこちの現場で彫刻の倒壊や、壁の剥がれ落ちが起こりだしたのだ。
こんなことが起こるわけがない。バカげている。
数日後、俺はついに教会の幹部から呼び出されることになってしまったのだ。