棺の中身
俺はアプルを連れて急いで大聖堂にもどる。
大聖堂のなかで待機していた修道戦士や修道女をかき集めると、裏にある中庭を掘り返すのを手伝うように皆に声をかけた。
すると司祭どもが色めきだち、騒ぎ出した。
人柱の儀式の効果が解けるだのなんだのとわめきだしたのだ。
その時、大聖堂に渦中のセイロンが現れた。セイロンは大きな修道戦士たちに囲まれて大聖堂の壇上に立った。
すると、セイロンは声高にこう伝えた。
「みな! どうか! 彼にしたがうように!」
鶴の一声に大聖堂内は静まりかえる。そして、全員がその言葉に従った。
セイロンの奴、墓をあばくことに反対するかと思ったがどうやらここにきて腹をくくったようだ。
俺は急いで人柱が埋められたという中庭に向かった。
回廊に囲まれた雨の中庭。一面短い芝が敷かれている。その中央に石碑が三つ。石碑と言っても名前も何もないただの長方形の石が横たわっているだけだ。
俺は修道戦士たち数名と一緒にその石碑の前をショベルで掘り返していく。薄緑の芝が剥がれ、したから土が顔を出す。さらに深く掘り進む。
ここに眠るのはこの大聖堂建設の為に犠牲になったフェインの家族。棺に入った三体の遺体。
ほどなくして木棺にたどり着いた。俺と修道戦士たちは丁重に棺を引き上げて芝の上に置いた。
雨と土で泥だらけの大きな棺が二つ。そして少し小さな棺がひとつならぶ。
皆神妙な顔つきで動きを止める。
そりゃそうだ、これは墓あばきなんだから。誰だって棺を開くのは躊躇するだろう。
これは俺の役目だ。これが呪いの紋章師の仕事なんだから。
俺は3つのうちの、一番小さい棺の前に進む。フェインの娘の棺。フェインの娘が人柱にされたとき、彼女はほんの3歳だったという。
きっと、何をされたのかもわからないまま、その小さな手足を折りたたんで、この棺に納められただろう。
俺は後ろを振りかえる。
教会関係者があつまる人だかりの中、アプルを見つけた。
彼女は俺の視線に気がついて、人だかりの中から進み出る。雨に打たれながら、俺の隣にきて立ちすくむ。
足元にある小さな棺を凝視している。
俺はアプルに聞く。
「アプル。今からこの棺を開く。見たくなければ見なくていい」
アプルは小さく震える声でつぶやいた。
「この棺は、わたしが開かなくてはいけない気がするんです……でも、怖い」
「だろうな」
「もしもこの棺の中に亡骸があったら……わたしは一体誰なの……」
「お前さんは他の誰でもない、アプルだよ」
「……どうか……お願い」
アプルはそういうとゆっくりと地に膝まづいた。
そして、ゆっくりと、泥だらけの棺の蓋にてをかけてひらいていく。皆が見守る中。
俺は恐怖に一瞬目を閉じた。そして真実を見据えようと薄く目を開ける。
俺が見下ろした小さな棺の中には何もなかった。それは、からっぽだった。
やはり、フェインの娘は死んでいない。どういういきさつで救い出されたのかはわからない。
フェインの愛するひとり娘は、今ここでひざまづくアプルなのだ。