シルバーペンダント
俺は大聖堂の入り口の階段に座り込み、黒騎士とにらめっこを続けている。
視線の先。広場の片隅。
身動きの取れなくなった黒騎士は狭い空間をさまようように行き来している。どうにも妙な光景だ。
さっきまで縦横無尽に走り回っていた猛獣が、いまは籠のトリとは。
クミルは俺たちが戦闘をしている間に、広場の石畳に黒騎士を囲むように魔術陣を四つ描いたようだ。
黒騎士はその四角の結界から抜け出せない。少なくともしばらくは。
しかしこの雨だ、いつ結界が消し流されるかわからねぇ。
もしかして、黒騎士の奴は結界術よけのために雨の日を選んで現れていたのだろうか。
さっきの戦闘で負傷した修道戦士たちはすべて大聖堂内に運びこまれ、いまアプルが懸命に手当てをしている。
その時、後ろから声がかかった。
「ウルさん……」
俺が見上げるとそこには憔悴しきった表情のクミルが立っていた。
片側に修道士が付き添って手を握っている。もはや一人で立ってもいられないようだ。
俺はゆっくり立ち上がりクミルに声をかける。
「おい、お前さん大丈夫かよ……」
「もう……大丈夫。あの魔術陣は落ちにくい塗料で描いたからしばらくは持つよ。だから、どこか行くところがあるのなら今のうちに」
「そうか、わかった」
クミルは力なくうなずくと、修道士に付き添われながら大聖堂内に戻った。
さて、過去大聖堂の建設に際して何が起きたのかを知る人物に会わなきゃなんねぇが。
俺はすっくと立ちあがる。
あの教会書庫にいた修道士の話だと、この街の南部地区、建築者職能集団に行けば何かわかるかもしれないという事だったが。
俺が踏み出そうとした時、俺を呼び止めるアプルの声。
俺が振り向くとアプルが小さく佇んでいた。
「ウルさん。わたしもご一緒します」
「お前さんも?」
「ええ。わたしはあの黒騎士と何か関係があるのかもしれません。わたしというよりも、このペンダントが」
アプルはそういうと両手をうなじに回しペンダントを外して手のひらに乗せる。
そして俺に差し出した。
俺がアプルの目を見ると、アプルは小さくうなずく。
俺はそのペンダントを指でつまみぐるりと確認した。
べつに何の変哲もない銀製のクロス。表面はつるりと光沢がある。禍々しいオーラも感じないし呪具には見えない。
しかしよく見ると十字の交差する部分に小さな宝石がはめ込んである。青い宝石。
アプルが小さくたずねる。
「それが何かの役に立ちますか?」
「おそらくな。このペンダントにあの黒騎士は大きく反応したんだ。奴とかかわりがある物であることは間違いねぇな」
「という事はわたしもあの黒騎士にかかわりが?」
俺は返事を控えて、アプルを見つめる。その目はどこか怯えていた。黒騎士に立ち向かえるほどの強い心の持ち主がみせた怯え。
確かにこえーよな。何が何だかわからない状況ってのは。
自分があの恐ろしい虐殺者である黒騎士の正体とかかわりがあるかもしれないなんて。
俺は言った。
「よし。今から俺は南部地区にあるっていう建築者職能集団に行くんだがお前さんも行くか?」
「はい」
俺たちは身支度をして街の南部地区に向かった。