しゃべれるんかい
アプルの首が大地に転がった、ように見えたのは気のせいだった。
黒騎士の大鎌は振り向いたアプリの首筋の前でピタリと動きを止めていた。
そして何故か大鎌をすっとひいた。
なんだ一体。よくわからんが、俺はアプルに駆け寄った。しゃがむアプルの前に立ちはだかって黒騎士を見上げ刀を構える。
黒騎士は鎌を宙に揺らしながら、その動きを止めている。
そして、唸るような低い声を絞り出した。
「……小娘、なぜお前がその首飾りを……」
コイツ、しゃべりやがった。こちらの言葉がわかっているようなそぶりはあるにはあったが。まさか言葉を話すとは。
それにしても。首飾りとは何だ。
俺はアプルの方を振り向いた。アプルの胸もとに目をやる。
あら、見事にたわわな。いや、今はそれどころじゃない。
アプルの胸の前。そこには確かにきらりと光るペンダントがかけてあった。シルバークロスの簡素なペンダントだ。
アプルはすっと立ち上がる。そして俺を肩でかわして一歩前に出た。
アプルは物怖じすることなく、黒騎士を真正面に見上げて話した。
「あなた、話せるの!? どうしてこんなむごい事を繰り返すの!? いったい何が目的なの?」
黒騎士は再び低いしわがれた声で問う。
「……答えろ小娘。なぜ、お前がその首飾りをもっているのだ……いったいなぜだ」
アプルは胸もとのペンダントを握って答えた。
「あなたはこれが何か知っているの? これはわたしの大切な……形見よ」
「……どこからそれを……盗んだのだ。うすぎたない盗人め……セイロンと同じかりそめの……聖人め」
「盗んだりはしていない! いったい、何を言っているの!」
「……恥じよ、悔い改めよ、死をもって……つぐなうがいい。我は地の国、底の国よりきたる者。我は……我は死神なり……我は天罰なり……我は黒騎士なり」
なんだ。どうしたってんだ。黒騎士は明らかに動揺している。躊躇している。
アプルのペンダントに明確な反応を示している。
その時、どこから現れたのか、クミルが俺とアプルのさらに前に立ちふさがった。
クミルはささやいた。
「もう十分だ、ちょっとまぶしいから気をつけてね」
そういうとクミルは何かの呪文を口元で唱えた。おそらく結界術の呪文。結詞だ。
クミルが唱え終わったかと思うと、広場の地面の方々から天に向かって白い光が伸びた。
それはまるで黒騎士を包むように光り輝き、ふっときえた。黒騎士は顔をぐるりと動かし周囲を見まわしている。
何が起こったのかわからなかったのは俺たちも黒騎士も同じだった。
俺はクミルの背中に聞いた。
「なんでえ、今の光は?」
「結界術を見るのは初めて? 今のが”捕縛術”だよ。今、あの黒騎士をこの広場の片隅に閉じこめた。侵入が防げないんだったら、捕まえた方がはやいかな……って……」
クミルはそういうと振り返ってにこりと笑い、そのまま倒れ込んだ。
俺は慌ててクミルの肩を抱き、ゆっくりと座らせた。どうやらいまの捕縛術で一気に魔力を使い果たしたようだ。
白い顔がさらに白くなって、まるで石膏みたいだ。
俺はクミルを肩に抱えてその場から離れた。