棺の呪い★
軽い朝食の後、俺はキャンディと共に大聖堂横にあるフレイブル教会書庫に入り浸っていた。
一般には解放されていない書庫だけあって、だだっぴろい建物の中には本の整理に当たるほんの数名の書記修道士がいるのみ。
彼らは、よそ者を見る目つきで俺たちをジロジロと見ながら通り過ぎる。
しかし、セイロン大司教から依頼を受けた紋章師、という言葉は効果てきめんだった。
彼らは遠目で俺を不愉快そうに見ながらも何も言ってはこなかった。
この書庫はいくつかに分類されているようだ。
神学、紋章学、歴史学など、いろいろなホールに各分野の書籍が並んでいる。
外から見ると古い木造の二階建てかと思ったが、中は高天井の吹き抜け。最上棚の本をとるにはハシゴが必要だ。
俺は本棚を見上げながら視線を動かす。
でもなぁ。
「さすがに、この中から望みの本を探すのは骨が折れる」
胸ポケットのキャンディは、心底つまらない、という感情を前面に押し出してつぶやく。
「はぁ~……で、さっきから何を探してるのよ」
「大聖堂についての本だよ」
俺は今読んでいた本を掲げてもとの隙間に戻した。本は吸い込まれるようにすっぽりとおさまる。
その時、後ろから男の声がした。
「何をお探しですか?」
俺は突然の声にびくりと振り向いた。
そこには、見事に頭の禿げあがった修道士服をきた好々爺がいた。顔のあちこちに刻まれた何重のも深いしわがまるで古木の年輪ように見える。
好々爺は俺の隣に立つと、本棚をまぶしそうに見上げて言った。
「素晴らしいでしょう、この蔵書の数々。ここにあるのはすべて教会の書記修道士たちが使命をもって書き記した命の記憶なのです」
「命の記憶とはずいぶん感傷的だねぇ……」
「いえ、実際に彼らは命を賭けたのです。時には教会にとって都合の悪い記録を改ざんするように上の人間から圧力がかかる事もありましたが、彼らは従わず、事実を書き記した」
「そうかい。涙ぐましい努力だねぇ。ところでよ、俺が知りたいのは大聖堂の事だ。むかし、大聖堂の建設の為に職人が大勢亡くなるような事故か何かがあったと聞いたんだが」
「ほぉ……まさか”棺の呪い”の事をおしらべとは……」
「黒騎士の呪いのほかにも、何かあったのかい?」
「ええ、大聖堂完成まじかの頃に大聖堂の建設に関わった職人が集団で病に侵される出来事がありましてね……」
その好々爺は話し始めた。
フレイブル大聖堂がじきに完成するという頃。
大聖堂裏にあった井戸の中からとある棺が引き上げられた。
その棺は木製の物で、職人たちが引き上げた後にその棺をこじ開けたところ、中から即身仏が出てきたそうだ。
年代も性別も不明で誰かもわからないそのミイラを、こともあろうに職人たちは深く考えずに燃やしてしまったそうだ。
そこから大聖堂の設計や装飾品にかかわった職人たちの間で奇病が流行りはじめて、現場でも事故が多発した。
大聖堂の建設に関わった人々が、次々に命を落としていったそうだ。
その事態をおさめたのが、いまの大司教セイロンだったそうだ。
当時のセイロンは数いる司祭のひとりだったが、その騒動をおさめたことがきっかけとなり教会の幹部に名を知られる事となった。
そしてあっというまに大司教にまでのぼりつめたそうだ。
俺は聞いてみる。
「でも一体どうやって、その騒動をおさめたんだい? 当時のセイロン大司教は、いち司祭だったんだろ?」
「ええ。その騒動をおさめるために彼が使ったのが”人柱の儀式”だったのです」
「人柱……ってえと、つまりは生贄ということか……」
「そうです。セイロン大司教は”棺の呪い”をおさめるためには、当時の大聖堂の建築技師や職人の責任者だった者の命と、その家族の命をも捧げるよう命じたのです」
「家族まで!?」
俺は思わず声が裏返った。つづいて、胸ポケットのキャンディがつぶやく。
「ひどいことするわね……何が聖職者よ」
好々爺はキャンディにちらりと目をやった後、静かに話を続ける。
「当時も大きく議論されました。しかしね、結局その”人柱の儀式”以降、流行病は消えて事故もなくなりついに聖都市フレイブル市民の悲願であった大聖堂は完成したのですよ」
「なるほどねぇ……その功績が認められてセイロンは、一気に大司教にまでのぼりつめたのか」
「ええ。でも、そのセイロン大司教が、今度は別の呪いにさいなまれるとは、皮肉なものです」
「呪いを解くには、真実を知り、その因果関係を解消しなきゃなんねぇんだ。本には書かれていない真実があるはずだ。その”棺の呪い”とやらに関わった人物を知らないか?」
「そうですね……当時、大聖堂の建設に関わった人物を探すには建築者職能集団に聞けば何かわかるかもしれません。この都市の商人地区にその窓口がありますよ」
「そっか、ありがとよ。本よりも、アンタみたいな生き字引に聞いた方が早かったな」
「健闘を祈ります。呪いの紋章師様」
「さて、キャンディいくか!」