結界の破損
気絶したクミルを背中に乗せて、俺は一旦宿泊所に戻った。クミルを部屋に寝かせて外に出る。宿泊所の真ん前の修道院の門あたりを掃除していた修道女に事の経緯を伝える。
その修道女は血相をかえて、誰かにすぐに伝えると言い残し、ほうきをその場に落として修道院の中に飛んでいった。
黒騎士の後始末はとりあえず、教会関係者にまかせよう。俺はクミルの部屋に戻った。
俺が宿泊所にもどり、クミルの部屋の扉を開けて中に入ると、ちょうどクミルが寝台の上から体を起こす姿が見えた。俺はそばによりゆっくりとクミルに声をかけた。
「お前さん、大丈夫か?」
「オエップ……さっきのは黒騎士の仕業?」
「そうだ、お前さんある意味幸運だったな、黒騎士が去ったあとだった。もし出くわしてたらお前さんがああなっていたかもな」
「ひえぇ、おどかさないでよ……」
「でもなんだって、あそこに?」
クミルはうなだれていた頭をあげて、こちらを見た。
「そうだ、ウルさんに相談があって、探していたんだ。そしたら黒騎士事件のあった現場に向かったってきいたから」
俺は壁側の椅子に腰かけて腕を組んだ。
「相談したい事? 一体なんだよ」
「うん。どうやら僕の結界術の魔術陣を誰かが故意に消しているみたいなんだ。どう考えても消えかたからして動物や風雨のせいじゃなさそう。明らかに描いた魔術陣をうえから何かで擦った痕がある」
「じゃ、黒騎士が街の中に入ってくるってのか?」
「可能性が出てきたよ。もちろん破損があった箇所は直したけど、複数見つかったから。多分黒騎士が結界術を突破するのは時間の問題だ。意図的な破損を目論む誰かがいる中で、235箇所の魔術陣を完璧に管理するのは僕一人じゃ無理だ」
「一体だれが……」
「多分、セイロン大司教の反対勢力の人達の仕業だと思う」
そういうと、クミルは小さくため息をついた。俺はふと疑問に感じる。
「でもよ、黒騎士が街中にきちまうと、自分の身も危なくなっちまうじゃねーか」
「黒騎士が狙っているのは聖職者だろ? だから、きっと、犯人は聖職者以外だ」
「ん? だが黒騎士は最近は街の住人も襲うんだろ?」
「それは、街から追い出された腹いせだよ。街の中に入れば奴は必ず聖職者に焦点をあてるよ」
俺は背中を壁にもたれかけさせた。セイロン大司教の反対勢力ってのは街の住人にもいるのか。俺が黙り込んでいると、クミルが聞いてきた。
「でも、ウルさん。どうしてあの墓地にいたの?」
「ああ、別に。ちょっと呼ばれてな。でも随分沢山の墓が並んでいたが、流行病でもあったのかな」
「あれね、僕も調べてみたんだけど、昔にも一度、黒騎士とは別の騒動があったらしくて、その時に亡くなった人達の墓らしいよ。ほとんどが大聖堂の建設に関係していた職人達らしい」
「そういうのは、どこに行けば調べられるんだ?」
「教会の書庫だよ。ウルさんもセイロン大司教から仕事の依頼をうけたなら入れるんじゃないかな」
なるほど。状況的に解決を急がねばならんな。今日はちょっと調べものの時間にあてるか。クミルはとりあえず大丈夫そうだ。俺はクミルに結界術の修復を頼んだ。クミルと別れると、遅い朝食をとる事にした。