惨殺
俺は右手に握った刀をピンと大地に伸ばす。軽く体を前傾に、すっと上にとんだ。
体は驚くほどに軽く浮き上がり、気が付けば男の頭が俺の足の下にある。
俺は体をひねって男の真後ろに着地、同時に錆びついた刀で男の右あごをめがけ後ろから軽く打ちこんだ。
コッ、という小さな音と共に男は膝から一瞬で崩れ落ちた。
俺の足元に大きな男の背中が横たわる。
あっけない一撃。これが妖刀”戦神”の強さの本質か。
しかし、かなり力をおさえてこの程度という事は、もう少し力をこめれば簡単に首の骨ぐらいはへし折りそうだ。
俺はふうっと一息ついてくるりと身構えると、奴らに向けて視線を上げた。
修道戦士の格好をした聖職者もどきはあと3人。
そいつらは目を丸くして、大地に寝そべる男を見つめている。じっとして動かない。
俺は見渡しながら言う。
「俺は別にお前さん達の命をとろうってんじゃない、ただ話を聞きたいだけだ。それさえ済めばどこへなと行きな」
やつらのひとりが警戒したような声で小さくつぶやく。
「話? 一体何を聞きたいんだ?」
「あの黒騎士について、何か知っていることは無いか?」
俺が質問したその時。ぽつりと俺の頬に冷たい雨が一粒落ちた。俺は思わずぴくりと頬をふるわせる。
右手ですっと雨をぬぐった。俺がぬぐった手を下におろすかおろさないか、まさにその瞬間。
奴らの後ろに黒い煙が立ち込めたか思うと形をつくる。そこに見上げるほどの大きさの黒騎士が、巨大な馬に乗り悠然とその姿を現した。
まるで空気から浮き上がるように真っ黒な輪郭をくゆらせて。
俺の視線にきがついたのか。奴らも一斉に後ろを振り向いて見上げる。
次の瞬間、黒騎士の顔の前に現れた大きな鎌。黒騎士の舌がのび鎌の柄を掴んだかと思うと、一瞬で真横に振りぬかれた。
断末魔の悲鳴もない。
やつらはただ黒騎士を見上げて、呆気に取られていた。
奴らの腰から上だけがズルリとズレる。そして奴らの下半身は立ったまま、上半身だけがどさりと地におちた。
噴水のように真っ赤な血が腰の断面からぴしゃっと飛び散ったのは一瞬だけだった。すぐに切れ目は凍りつき血をせき止めた。
地に落ちたやつらの上半身はまだ意識があるようだ。やつらは目をひん剥いて恐怖に引きつったままの表情で、何が起きたかもわかっていないようだった。
口をパクパクさせて、芋虫のようにうごめきながら這って俺の足元に近づいてこようとする。
俺は思わずふわりと後方に飛びのいて距離をとった。
俺は、もう一度見上げる。
黒騎士はニタリと笑っていた。足元でうごめく死ぬに死ねない連中を見下ろして笑っていたのだ。心底嬉しそうに。
そしてゆっくりと大鎌を振り上げる。先に横たわっていた気絶した男の頭の上に。
俺は思わず叫んだ。
「まちやがれ!」
黒騎士はその動きをピタリととめた。言葉が通じるのか。
俺は刀を振り向けて黒騎士に告げた。
「そいつの命はわたさねぇ、聞きたい事が山ほどあるんだ」
しかし、黒騎士は容赦なくそいつの頭に大鎌を振り下ろした。
男の頭は真っ赤な血しぶきをあげて破裂した。黒騎士は満足そうに鎌を抜きとると向きを変えて森の影に溶けていった。
あとに残されたのは、上半身と下半身が真っ二つになった3つの死体と、頭の割れた死体。そして赤黒い血だまりだけだった。
黒騎士の緊張から解かれた俺は腰が抜けて、その場に尻からへたりこんだ。
全身に悪寒が走る。まるでいままで、凍える吹雪の中にいたかのように歯がガチガチとぶつかり合う。
「……た、たすかった、のか……あいつ、なぜか俺を攻撃してこなかった」
その時、足元からキャンディの声がした。
「こわかったぁ……逃げてて正解ね」
「え? お前いつの間に」
「黒騎士さんが現れたとき、ついついポケットから抜け出しちゃった、てへ……ごめんね」
「おめぇ! この薄情者! おに! うさぎ!」
「ごめんって言ってんじゃん!」
「今度からもう二度と助けてやんねーからな!」
「はあぁあ? 今まで一度だって助けてもらったことあった?」
「なんだと!」
俺がキャンディといつもの言い合いをしていると、後ろからどこかで聞いた事のある声がした。
「ひええええええ! なに、なにこれ!」
あ、これはおこちゃまは見ちゃいけねえ光景だ。
俺が腰を抜かしたまま振り返ると、案の定声の主、クミルは泡を吐いてその場にぶっ倒れた。
はぁ、俺がクミルの介抱すんのかよ。
俺は重い腰を何とか持ち上げてゆっくりと立ち上がり、クミルの元に歩み寄った。