腐敗の進行
聖都市フレイブルでのはじめての夕食は教会付属の宿泊所で摂ることとなった。
俺とクミルは宿泊所の食堂席に向かい合っていた。
テーブルの上に並ぶのは、大皿に盛られた新鮮な野菜や蒸した鶏肉、ふかし芋。根菜類のスープもおかわり自由だ。
教会の食事というからもっと質素な物かとおもっていたが、意外とそうでもない。むしろ豪華な部類に入る。
俺の目の前、フォークで野菜を口の中に放り込みながらクミルがもごもごとしゃべっている。
クミルは、ここに来てから、今日でちょうど30日目にあたるらしい。
「でも……ウルさんが来てくれて本当によかった。もうずっとこのシ~ンとした石造りの建物で一人きりだったんだから、たまんないよ。掃除のおばさんも、厨房の人たちもぶすっとしてて、まるで僕を邪魔者あつかいなんだもの。たまにアプルさんが来てくれるけど修道院の仕事が忙しいみたいで、すぐ帰っちゃうしさ」
俺は食堂内をちらりと見回す。長方形の長テーブルには俺たち2人だけ。
後は椅子が無言でずらりと並んでいる。
俺はクミルに目を向けなおす。
「お前さん、一日中この街の周りにはってある魔術陣の見回りをしているのか?」
「そうだよ。それが仕事だもん。他にすることも無いし」
「魔術陣ってのはそんなに毎日確認しなきゃならないもんなのか?」
「魔術陣を描いた場所と道具によるかな。例えばさ、砂に手で描いた魔術陣なんてすぐに崩れるけど、不消顔料に硬貨油を塗りこめたような、なかなか消えないような顔料で描いた魔術陣ならばそれなりにはもつよ、それでもずっとは無理だね、かならず劣化するし」
クミルはフォークを置くと、今度は椀のスープをごくごくと飲み干す。
痩せの大食いとはこのことか。ほっとくと俺の分まで全部食っちまいそうだなこいつは。
俺は野菜を奥歯でかみ砕きながらたずねる。
「……で? この街の魔術陣はどこに描かれているんだよ」
「それはいえない。それを守るのが結界の紋章師の仕事なのに」
「おいおい、俺が魔術陣の場所を知ったら消しに行くとでもいうのか?」
「違うよ。僕がウルさんを疑いたくないからだよ。僕が教えて、もしも魔術陣が消されていたらウルさんを疑わなきゃならなくなるから。だから基本は誰にも教えない。尾行にも気をつけなきゃならないから神経すり減ってしょうがない」
「まぁ……いわれてみれば、そうだな」
「でもね、大体屋外にある魔術陣の破損なんて、鼠が顔料をかじったとか、何かの動物のフンがのっかって腐食したとか、そんなんだよ」
「でも、屋外の魔術陣なんて雨が降ったら一発で消えるんじゃねーか?」
「そうだよ、風雨が一番の天敵。だから消えない顔料の研究を宮廷紋章調査局ではず~っとやってるらしいよ」
俺は蒸した鶏肉をひとかじりし、スープで腹に流し込みながら考える。
まぁ、クミルが結界を保持している限り黒騎士は街の中には入れない。
外で獲物を待っているという事か。しかし聖職者を狙うのはどういう事だろう。
クミルはいくつかこの街で見聞きしたことがあると言っていたな。
俺は聞いてみる。
「今日の昼間、大聖堂前の広場で市民たちがセイロン大司教を非難していたが、あれは何なんだ?」
「ああ……あれね。教会の腐敗が進行しているって言われて久しいから」
「腐敗?」
「ウルさん。ほんとに知らないの?」
「俺はやまごもりして世間にうといんだよ」
「いまや聖職者は裏で隠れてやりほうだい。結婚も子作りも当たり前、愛人もかこってる。お金で聖職の売買すらしているなんて噂もあるくらいだし。なんでもありさ」
「それを、あのセイロン大司教が推し進めているってことか?」
「そういわれているみたいだね。ほんとかどうかは知らないけどね。で、そのセイロン大司教派に反対する勢力があるみたい。その勢力が”あの黒騎士はセイロン大司教にたいする天罰である。セイロン大司教をなんとかしなければ黒騎士はずっと街の人々を襲い続ける”って、街のみんなの不安をあおってるんだ」
「なるほどなぁ……どうもただの苦情にしてはおかしな雰囲気だった」
キーマンやアプルには悪いが、彼らが信頼しているセイロン大司教とやらは、慈悲深き善人とはまた別の顔があるようだ。
ただ、それは教会内部での問題だし、黒騎士と関係があるかはわからないな。
その時クミルがつぶやいた。
「あ、ウルさん。もうお肉最後の一切れだけど、僕が食べていいの?」
俺が大皿を見ると、肉どころか野菜も芋ももう空っぽだ。
「はぁ……すきにしろ」
「やったぁ!」
クミルはそういうと最後の肉の一切れを、嬉しそうに口に運んだ。
夕食後、それぞれの部屋に戻り俺たちは夜を明かした。そして次の日の朝、俺の耳に飛び込んできたのは、修道戦士のキーマンが死んだという知らせだった。
カラダを脳天から真っ二つに切り裂かれた奴の死体が街の近くにある、森の入り口に転がっていたらしい。




