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アプルの過去


ちょうどさっきセイロンと会った修道院のはす向かいに教会の簡易宿泊所はあった。


白煉瓦造りの三角屋根の小奇麗な宿舎が並んでいる。


俺はアプルについてその中の一番手前の棟の入り口から中に入った。


玄関からすぐの広間、両脇にそれぞれの部屋に続く扉がならんでいる。




アプルはその中から一番手前右の部屋に案内してくれた。


扉をあけて中に入ると質素な空間。窓際に寝台、そして木製のテーブルに小さな丸椅子がおかれている。


部屋のかどには小さな鉢植えがあり、緑を添えている。


俺は一目でこの部屋が気に入った。




「いいね、こういうシンプルな部屋が一番落ち着くよ」


「わたし、ウルさんのおうち見たことないですけど、きっとこんな感じでしょ?」


「まあね。うちにある書庫はきたねぇけど」


「へぇ、書庫があるんですか?」


「あぁ、呪いの本がぎっしりつまってる。片付けても片付けてもきりがなくてさ」



俺は荷袋をテーブルわきにどさりとおろした。丸椅子に腰かける。


アプルはいそいそと窓をあけながら、こちらに振り返る。




「わたし呪いの紋章師さんって会うの初めてです」


「俺も祝福の紋章師はお初だぜ。(あ、父以外はな)でも、お前さん宮廷魔術騎士団から声かけられなかったのか?」


「かけられましたけど断りました」


「そんなに修道女になりたかったのか?」




アプルは窓を開けた後、今度は寝台のまえにしゃがみ、シーツを伸ばしながら話す。




「わたしは両親を早くに失くしてしまって……実は、ここの孤児院出身なんです。だから恩返しの意味でここで奉仕させていただいています」


「そうか……わりいな。変な事聞いちまって。ご両親はお気の毒だな」


「いえ、大丈夫です。でね。聞いた話だと、わたしのお父さんはフレイブル大聖堂の設計士だったらしいんですよ」


「へぇ! そいつはすげぇな。あのでっかい大聖堂の設計を任されていたのか」


「だから父の残したあの大聖堂のそばで働きたかったっていうのも、ここで働く理由の一つですね」




アプルはそういうと、少し恥ずかしそうに笑った。そして立ち上がる。


俺のそばに回り込み、俺の耳に口を寄せる。


アプルの吐息が耳にかかる。



「な、なんだよ」


「実はね、このお部屋のお隣さん。宮廷紋章調査局から遣わされた結界の紋章師さんです」


「え? そうなのか」


「はい。黒騎士騒動が終わるまで、この都市の周囲にある結界の管理を任されているそうです。だから、早めに解決してあげてください。彼、すでに相当参ってます」


「彼? 男か……つまんねーの」


「かなり若いみたいですよ、多分お食事の時なんかは食堂でご一緒することになるかと思います」


「わかった。教えてくれてありがとよ。みかけたら挨拶しとくよ」


「ええ、じゃ。わたしいきますね」




アプルはそういうと姿勢を正して扉に向かったが、ふとこちらを振り返る。




「あ、そうだ。わたし、しばらくウルさんと、結界の紋章師さんのお世話を任されているので、なにかわからないことがあったらなんでも聞いてください。普段は向かいの修道院のどこかにいますので、じゃ、しつれいしますね」




アプルは言い残して部屋を去っていった。


俺は椅子から立ち上がると、まっさらなシーツの寝台に背中から飛び込んだ。


胸ポケットのキャンディがきゃっと悲鳴を上げて顔を出した。




「ちょっと! びっくりするじゃないの、あれ、ココが泊まるところ?」


「そ。教会の宿泊所を使っていいんだとさ。もちろん無料(ただ)! いい響き! ただ! さあ、キャンディさんもご一緒に! せーの!」


「ふ~ん。アタシもっと高級な宿屋がよかったな」


「……おめー浪費家かよ、将来ろくな大人にならねーぞ。ま、高級なお宿に泊まるのは、今回の報酬を頂いてからのお楽しみだっ♪」





その時扉をノックする音が聞こえた。アプルが戻ってきたのか。


何か忘れ物だろうか。


俺は返事をして寝台から体を起こす。


しかし聞こえてきたのはアプルの声ではなかった。男の声だ。




「し、しつれいします。は、はいりますよ」



俺が入口の方に目をやると、華奢な体の男が白いローブをなびかせて入ってきた。


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