ガキは嫌い
くぐった白煉瓦の門の先は中庭。周りをぐるりと回廊に囲まれた長方形の庭園だった。
短く刈り込まれた芝の中央に花壇。黄や赤の花びらが元気に生えそろっている。
遠くから子供たちの笑い声が響いてきた。アプルが振り向いてきいてきた。
「あ、そうだ! ウルさん、お昼ご飯はまだですか?」
「ああ、まだだな」
「少しはやいのですが、うちの孤児院は今から昼食の時間なんです。よければ、子供たちと一緒にお昼食べませんか? セイロン大司教様も一緒にお食事をされるので」
「いんや、結構」
「え? あ……そうですか」
俺の返事が意外だったのか、アプルは少し視線を泳がせて戸惑ったような表情を見せた。
ガキは嫌いだ。なんて言えるわけはない。何か理由を添えた方がよさそうな空気だな。
俺は適当なセリフを用意した。
「いや、実はまだ腹が減ってなくてな。俺はしばらくこの中庭で待つよ。気にせず行ってきてくれ」
「わかりました。食事が終われば、セイロン大司教様のお部屋へご案内しますね」
「ありがとよ」
「いえ、じゃ、また後で」
アプルはそういうと少し頭を下げて、小走りに建物の中へ入っていった。
俺は見送った後、中庭にある一番近くの椅子に腰をかけた。
背中からでっかい荷袋をはがして隣におくと全身で大きく伸びをした。ようやく一息つける。
俺の胸ポケットで寝ていたキャンディが顔を出す。
「さっきから、お腹がぐーぐーなってるわよ」
「うるせーよ。ガキは嫌いだ。一緒に飯なんか食えるか」
「あら、アタシもガキよ」
「お前はガキじゃねぇ。呪具だろ」
「何よその言い方。じゃ、もしアタシがこのぬいぐるみから解放されてもとの体に戻ったら、アンタはアタシをあの小屋から追い出すの?」
「かもな。そもそもお前が元の体に戻ったんなら、俺と一緒にいる理由がないだろ」
俺の言葉のあと、妙に間があいた。あれ、なんか気に障る事いっちまったか。
俺はキャンディに目をやる。
キャンディはポケットから顔を出して、じっとしている。俺はたずねる。
「どうしたんだよ、黙っちまって」
「ねぇ……ウル、アタシ、元の体に戻れるのかなぁ……」
「えぇ? なんだよ、急に。柄にもなくしおらしくなっちまって」
「アタシが元の体に戻ったら、ウルとはお別れって事なのかなぁ……」
「い、いやぁ、べ、別にお前が俺んところにいたいってんなら考えてやってもいいぞ」
「……アタシ、ウルしか友達いないから」
キャンディはそういうとポケットの中に隠れた。
なんだよ。急にどうしたんだコイツは。なんだか変な汗かいちまった。
まぁ忘却術のせいでコイツは出会った人たちの事を忘れていっちまうからな。
いつもはぎゃあぎゃあ騒がしいからあまり気にしたことは無かったが、案外、孤独を感じているのかもしれん。
そりゃそうか。深い井戸の中で上を見上げて、一人取り残されているような気分かもな。そのふちからかすかに俺の顔だけが見えているのかもしれない。
でもなぁ、元の体っていったってコイツの正体は数百年前に絶滅したダークエルフだ。
元の体がどこかにあるとも思えん。
いや、そういえば死霊の紋章師トトに聞いた事があるが防腐術を使えば死体の腐敗を防ぐことができるそうだが。
コイツの死体をどっかの誰かが保管してる、なんてことがあるのならばあるいは。だがそんなことは考えにくい。
なんだかいつものキャンディらしくない。
何か思い出しそうなのか。もしかすると、コイツは本当に、ここに一時期いたのかもしれんな。
折を見てアプルに詳しく聞いてみるかな。
俺がぼんやり風を浴びていると、後ろからアプルの声が聞こえた。
「ウルさん、セイロン大司教様のところへご案内します」
ようやく、ボスのお出ましか。
俺は前にかがみ両手で膝をおして、腰を上げると、再び荷袋をかつぐ。そしてアプルに続いた。