祝福の紋章師アプル★
俺が大馬の後ろから地に降りると同時にアプルが満面の笑みを向けてくる。
そして俺の右手に両手を添えてぶんぶんと上下に振り回す。
「ウルさん! ようこそ! 聖都市フレイブルへ!」
「よう、久しぶりだな。それにしてもでっかい街だな」
「でしょ! 今度案内しますよ!」
「はは、ははは……そりゃありがたい」
俺は意味もなく笑って頭をかく。
社交辞令だとわかっているけども、わかっちゃいるけども、どうにもアプルの言葉はおっさんの身に染みる。
アプルはキーマンたちに頭を下げた。ここで交代ってか。
俺はキーマンたちに手を振り別れた。アプルの先導につられていく。
俺は右手のフレイブル大聖堂を見上げる。
白亜大理石でできているという外壁は内側から白く輝いて見えた。
いくつもの純白の天使像が、壁面にかたどられこちらを見下ろしている。
見守っているというより、まるで街中を監視してるみてぇに見えるのは俺の心がひねてるからか。
俺は天使から目をそらす。前を見ると、アプルは大聖堂の入り口を通り過ぎた。俺は聞いてみる。
「アプルはずっとここの街で働いているのか?」
「はい。わたしは紋章を授かってからフレイブル修道院に勤めています」
「え? お前さん紋章師なの?」
「ええ、わたし、祝福の紋章師です」
なんとまぁ。祝福の紋章師は数が少なくて貴重な存在だと言われているはずだ。間違いなく宮廷魔術騎士団からのスカウトがきてるはずだが、断ったのだろうか。
確か、祝福の紋章師は紋章師そのものの起源とも言われているのだ。
紋章師の扱う魔術の本質は祝福の為の”祈り”から発祥している。自然や人知を超えた何かに祝福の祈りをささげることによりその恩恵を受けとる。
俺が使う呪詞の語源は祝詞からきているんだ。
すなわち祝福の祈り詞。
祝福の紋章師は、治癒術にとても秀でているという話だが。会うのは初めてか。いや、そういえば俺の父が祝福の紋章師でもあったな。
父以外では初めて会う。しかし、女の身でありながらあの厳しい『天資の儀式』を乗り越えるとは。ガッツのある女だ。
しかしながら、俺は少し複雑な気分になった。
祝福の紋章は、呪いの紋章の『相反紋章』にあたるのだ。
相反紋章とは、その名の通り、属性があい反する紋章同士で、基本的に相性が悪い。
お互いの魔術が非常に効きすぎるか、全く効かないか、魔術の種類により極端な効果を示すのだ。
例えばだな、祝福の紋章師の扱う”治癒術”が呪いの紋章師には効果が薄かったり、逆に呪いの紋章師の”呪殺術”を祝福の紋章師は何もせずに反射したりするのだ。
ま、アプルと俺が魔術合戦などする機会は起こらないと信じたいが。
俺たちは、しばらく道なりに歩いていた。すると、アプルがふと俺の方に振り向いて少し先を指さした。
「あそこがわたしの勤める修道院です」
アプルの指の先には、白煉瓦の古びた門がある。その向こうに回廊のある大きな建物が見えた。
依頼主に会いに行くものと思っていたが、修道院に案内されるとは。
俺は聞いてみる。
「俺の仕事の依頼主に会いに行くんじゃないのか?」
「そうですよ。セイロン大司教様は、いつもこの時間は修道院内にある孤児院に慰問に来られているのです」
「お偉いさんが、ご苦労なこって……」
俺はアプルに続いて修道院の白い門をくぐった。