黒騎士★
俺たちは小さな雨を背中で受けながし、街道を進んでいく。
街道は小さな森の中につづいていく。森に入った途端、体に当たる雨がふと止んだ。枝葉の天井が雨から俺たちを守ってくれているようだ。皆が一旦顔を上げて、大馬の歩をゆるめた。
周囲は、どんよりとしたうす暗い森。どこか張りつめた空気。
感じる。俺の周囲をとりかこむ修道戦士たちの緊張を。こいつらやけに警戒していやがる。
どいつも鋭い視線をあちこちに散らす。
先頭のキーマンがふと右手を上にかざし、隊列を止めた。
キーマンはそのまま背中の槍に右手をかけ、すっと槍を真上に引き抜いた。
小さくつぶやく。
「ウル殿、やつです」
「え?」
「地の底の国よりまいもどった、忌まわしき黒騎士め!」
キーマンは士気をあげるためか威勢のいい声で叫んだ。
俺はふいっと前を見渡す。キーマンが向けた顔の先に視線をとばした。
なるほど、あいつか。
少し右手の木立の中。直立する木々の幹、ある周囲だけ闇が濃い。その隙間に浮かぶ黒い影。
黒騎士はゆらりゆらりと、まるで黒い炎のように、その鎧と兜の輪郭を揺らめかせている。
奴はゆっくりと木々の間からぬけだし、俺たちの邪魔をするように道の真ん中で馬を止めた。
巨大な漆黒の馬にまたがるその体には、本当に手足が無かった。
俺の周囲の修道戦士たちも一斉に背中から銀の槍を引き抜き体の前に構えた。
キーマンが左手で何かの合図を送ると、修道戦士たちは陣形を展開させる。
全員が前列に真横に並び、俺を支点に逆三角のかたちになる。
キーマンが俺の方をちらりと見て言った。
「ウル殿、我々が奴を何とかしますので、その間にお逃げください。目的の都市はこの森の道をぬけたすぐ先です」
「にげろっつても、俺の仕事はあいつの始末だ。俺もこのお祭りに参加するよ」
「しかし……あなたの身に何かあっては叱られます」
「お前さんはガキかよ。俺が死んだって、お前さんが叱られるいわれはない」
「しかし……」
「そんな話はいいから、奴の事を教えてくれ」
「……わかりました、奴の振り回す大鎌にはくれぐれも触れぬよう。触れると瞬時に凍りつきます、そして奴は……首が自在に伸びます」
「は? くび?」
俺は、黒騎士をじっと見つめる
黒騎士は悠然とこちらを向いて、兜の下から蛇のように真っ赤な舌をだらりと垂らした。
ぼうっと大きな鎌が奴の顔の前に浮かび上がり、舌が鎌の柄をぐるりと包み握った。
次の瞬間、黒騎士の顔だけが伸びあがり、キーマンの真上に来たかと思うと、舌に巻きつけた大鎌をブンと振りまわした。
キーマンは大馬に乗ったまま、銀の槍でその大鎌を受け止めた。
グギンッ、と鈍い金属音。
俺は黒騎士の顔を見上げる。目元と口元以外は刺々しい真っ黒の兜に覆われている。兜の両脇からぐるりと曲がった角が後ろに伸びている。
目は見えない。しかし血のように赤い舌と、笑う口もとがかすかに見えた。
おわえええええ、おっかねぇ。こいつ笑ってるぞ。
修道騎士たちは大声をあげて大馬を操り、黒騎士との戦闘を開始した。