転4 〈邪神〉だけど、過去をプレイバック。
“幼馴染”って、わずかな期間でもオッケーですかしら……?
………………私が五歳の頃、家庭の事情で、母方の祖父母の家に住んでいた時期があった。
実家とは、電車で三駅の距離だけれど、幼児にとっては、元の家から隔絶された
ような思いだったのを覚えている。
お母さんは、当時二歳の妹にかかりきり。
それで、おばあちゃんが、私の世話をしてくれたのだった。
退屈しのぎで、近くの公園に、よく連れていってくれた。
その頃からすでに、ぼっちで陰キャ気質だった私だけれど、そこは幼児。
知らぬ遊具があり、緑が多くて池もある、広々とした公園に、テンション
上がりまくり。
季節は春で、うららかな陽気。
ひゃっほう!とばかりに、飛び出す勢いで、走り出したものだ。
今とは違うボサのばしの髪ではなく、ポニテを揺らして、意味もなく駆け回ったりなんたりした記憶がある。
その公園で遊ぶ、何日目のことだっただろう。
私は、木々の茂みの奥、大きな木の下に座りこんだ、小さな人影を見つけた。
(あれっ? おにんぎょうさん?)
と、思ったのが、第一印象。
だって小さくて(自分も小さかったのだが)、髪の毛は金色で、なによりかにより、かわいらしい女の子のようだったから。
向こうも、私に気づいたのだろう。
視線を向ける私に、なにやら、驚いたような顔をしていた。
陰キャ幼児の私だったが、初めて見る金髪幼女に、興味津々。
素早い動きで、彼女のほうへ駆け寄った。
そして、間近で彼女の顔を見て、全身に電撃が走った。
(────てんしさまだ……!)
はっきりと目にして、私は、そう結論づけた。
絵本で見た、間違いない、と、謎の確信すら覚えたほどだ。
なにせ、初めて目の当たりにする、白金髪に翡翠色の瞳を持つ、
西洋人の幼女。
テレビでも見かけたことのないほどの、かわいらしい顔立ち。
胸元に青いリボンをあしらった、白いワンピースを着ているその姿は、あまりにも非現実的な存在に見えた。
ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!
私の胸で、心臓が、そんな銃声のごとき衝撃音を発したような気がした。
可憐という概念を具現化したような、その女の子に、私は、一目惚れしてしまったのだ……!
『あの、てんしさまですか……?』
彼女に向かって掛けた第一声が、これであった。
初対面の相手に、挨拶もなにもあったもんじゃない。
女の子は、一瞬キョトンとしたあと、にっこりと微笑んだ。
『ちがうよ』
『えっ。じゃあ、おひめさまですか?』
どこまでも絵本基準で、執拗に問い続けた私。
これにはさすがの女の子も、苦笑いだった。
『おひめさまでもないよ』
『ええっ。でも、すっごくかわいいよ? きれいだよ? びじんだよ?』
なにを根拠に食いさがったのか、私は思ったことを、ストレートに伝えまくった。
現在の陰キャ性からは、考えられぬ行動である。
『ありがとう。けど、わたしはふつうのこどもだよ?』
ウザがらずに、女の子は、微笑んでそう対応してくれた。
今思えば、初対面のめんどくさそうな子供に対して、大人のように落ち着いた態度であった。
『じゃあ、いっしょにあそうぼうよ!』
なにが“じゃあ”なのだか、すぐさま私は、そう誘っていた。
普通なんだそうなんだ~→それなら一緒に遊ぶよう誘ってもかまわんだろう。
幼くておバカな当時の私は、ひとりで勝手にそう納得し、脊髄反射のごとく、遊ぶことを提案したのだった。
本当、今の私にはない、積極性であった。
『うん、いいよ。あそぼう! あゆちゃん!』
女の子は、嬉しそうに笑って、立ち上がった。
女の子の言葉に、私は少し驚いた。
『なんで、わたしのなまえしってるの……?』
『あちらのおばあさまが、あなたのこと、そうよんでたもの』
女の子の視線の先には、ベンチに座って、私を見守っているおばあちゃんの姿があった。
あ、そっか~、と私はしごく簡単に納得した。
『わたしのなまえは、ヒメカ』
『ヒメカちゃん……やっぱり、なまえも、おひめさまみたい』
私がそう言うと、女の子───ヒメカはちょっと不満そうに、むーっと唇を引き結んだ。
『ヒメカ、って、よびすてでいいよ。わたしは“ふつう”なんだから』
妙に“普通”というところを、強調したように思う。
でも私はまた、ヒメカの言葉に納得して、大いにうなずいたのだった。
『うん、わかった。じゃあ、ヒメカ、なにしてあそぼうか?』
自分から誘っておいて、ノー・プラン。
でも、考えなしは昔っからだけども、この時は確か、ヒメカの意志を尊重したいと思ったのだ。
『……ジャンケンきょうそう、やってみたいな。あっちの、いしだたみのみちで』
『うん! じゃあそれやろう!』
────水を得た魚のごとく、というか。
公園を駆け回るだけでも楽しんでいた私は、ヒメカという遊び友達を得て、さらに気分が上々状態になった。
その日は、日が暮れるまでヒメカと遊び続けた。
初日の最後のほうは、影踏みをして遊び〆だったのを、妙に覚えている。
『あゆちゃん、そろそろ帰るよー』
おばあちゃんにそう声を掛けられ、渋々それに応じ、ヒメカのほうに振り返った。
『あしたも、またあそべる?』
『……………うん、あそべるよ』
『じゃあ、またあした、おなじじかんにくるね! あしたもあそぼう!』
『うん! またあしたね、あゆちゃん……!』
ヒメカが嬉しそうにうなずいてくれたので、こちらも歓喜MAXでうなずき返した。
『またあした……!』
そう互いに笑いあって、手を振ったあと、私はおばあちゃんのもとへ戻った。
『今日は、よく遊んだねえ……』
家に帰りすがら、おばあちゃんが呆れたような、感心したような声で、私にそう言ってきた。
『あたらしいおともだちができたんだ! ヒメカっていうこ! おばあちゃんもみてたでしょ!? すごくかわいいの!』
『……? そう、良かったわね……』
興奮気味に私が言うと、おばあちゃんは、なんだか戸惑ったような顔をした。
そのおばあちゃんの反応に、私は、あれ、おかしなこと言ったかな?、と思ってしまった。
けれど、おばあちゃんはそれ以上何も言わなかったので、私も気にせず帰路をルンルンで歩いた。
ヒメカと遊べたことで、超☆ご機嫌だったのだ。
………だけど、やっぱり当時の私はバカだった。
あんなに可愛い、ヒメカという、私と同じくらいの年齢の女の子のそばに、保護者のいる気配がなかった。
そのことを、まったく不思議ともなんとも思わなかったのだから。
そして次の日。
おばあちゃんにねだりせがんで、意気揚々と公園に出向いた。
昨日と同じ、大きな木の下に、ヒメカは佇んでいた。
その日の服は、襟の色が白の、紺色のワンピース。
やはり、空前絶後に、かわいかった。
私のテンションは、ひと目見ただけでクライマックスだった。
『ヒメカ~っ!』
『あゆちゃん!』
私はヒメカに駆け寄って、両手を、手の平合わせで握った。
思い返すに、昨日の今日で、馴れ馴れしすぎ。
タイムマシンがあったら、自分で自分をしばきに行きたいくらいである。
だけど、ヒメカは嬉しそうに笑って、握り返してきてくれた。
いい子だ。
『きょうは、なにしようか?』
『……よつばのクローバーの、さがしっこしようよ』
『あっ、しってるよ! みつけたら、“らっきー”になるやつだね!』
『そうそう……!』
かくて始まった、四葉のクローバー探し合戦。
でも、幸運のシンボルのくせに、これが案外、チョロチョロと生えていやがった。
『わたしは、ごほん!……ヒメカは?』
『わたしは、じゅっぽん……!』
『ええっ!? そんなに!? ずるい!』
なにがずるいのか。
タイムマシンがあったら、自分で自(以下略)。
ヒメカは、くすくすと、おかしそうに笑って、私が四葉のクローバーを握る手を取った。
『じゃあ、はい』
そうして、自分のぶんのクローバーを私に握りしめさせ、両手で包みこんできた。
『ふたりで、じゅうごほんね?』
『……! うん! ふたりでじゅうごほん……!』
勝敗がうやむやになったことよりも、ヒメカが自分のぶんを、合わせてくれたのが、すごく、嬉しかった。
その十五本のクローバーは、ヒメカと初めて会った、大きな木の根元に、ふたりで埋め直した。
それでどうなるはずもないのに、幼かった私は、そうすることが、自然な気がしたのだった。
『これで、“らっきー”のきねんになるね!』
なんの記念なのだか。
私は自分の提案で埋め直した、四葉のクローバー群を見て、満足げにそう宣った。
『ふふ、そうだね』
かしこそうなヒメカは、おバカな私の提案に、あえて乗ってくれたような気がする。
それからヒメカは、ふと思い出したように、口を開いた。
『……あゆちゃん、しってる? クローバーの、はなことば』
『“はなことば”……? なあに? それ?』
『えっとね、くさとか、おはなをみてからイメージ……おもいつくことばのことだよ』
『わかった! “らっきー”ってことだね!』
教えられてすぐさま、短絡に答えた私。
まったく、昔から、考えなしだ。
ヒメカは、そんな私に優しくうなずいて、笑った。
『うん、それもあるけど、もうひとつ、クローバーには、はなことばがあってね───“しんじつのあい”っていうの』
『“しんじつのあい”………って?』
ヒメカの言葉に、私は首をかしげた。
幼児には、まあ、ピンとこない単語である。
『そうだね、うん……“ほんとうのほんとうに、すきなきもち”、っていみかな』
『へえ~……─────じゃあ、わたしがヒメカのことおもうきもち、“しんじつのあい”なんだね!』
出会って二日目で、ぬけぬけと言ったものである。
でも、この時は、本当に純粋に、思ったままのことを口にしていた。
ド直球の私の言葉に、ヒメカは頬を染めて、笑ってくれた。
『ありがとう。……わたしもあゆちゃんのこと、ほんとうのほんとうに、すき、だよ』
『ほんとう!? じゃあ、わたしたち、“りょうおもい”だね!』
だから、会って二日目で、おまえはなにを言っているんだ。
このませガキを問い詰めたい、小一時間問い詰めたい────まあ、私なんだけど。
それはともかく。
動物か!と、呆れてしまうほど本能でモノを喋る私の手を取って、ヒメカは、
また、微笑んでくれた。
『うん、わたしたち、“りょうおもい”……!』
そうして、わたしたちは笑い合った。
そのあと、私は、手を握ったまま、ヒメカを連れて、公園を駆け回ったのだったか。
────よく覚えていないけれど、わたしの胸の中は、言語化不能な、幸せな感情でいっぱいだったのは、確かだった。
その日もまた、夕暮れまで、ふたりで遊び続けた。
……それ以降、ほぼほぼ毎日、公園で、ヒメカと遊ぶようになった。
今振り返ると、新婚生活もかくや、と思える幸福感に満たされた日々であった。
けれど、それとは反比例するように、私を公園に連れていくおばあちゃんの表情は、どんどん曇っていった。
ある日、遊び疲れて、帰宅して横になり、ウトウトしていたところ。
お母さんと、おばあちゃんが、心配そうに話をしているのを、聞いてしまった。
『……“イマジナリー・フレンド”って言うそうよ。空想の友達を、心の中から生み出して────』
『そんなこと────。ひょっとして、実家と幼稚園から離れて暮らしてるのが、ストレスに………』
『あゆちゃんが、いもしない友達と喋ってるのが、本当に不憫で……。あんなに、楽しそうに───』
ふたりの会話は、途切れ途切れで耳に入ってきたのだけれど。
私は、幼くて頭が悪いながらも、察しがついた。
ふたりは、ヒメカのことを話しているのだ。
(おばあちゃんには、ヒメカのことが、みえてない─────?)
一気に目が覚めて、心臓がバクバクと鼓動を早く打ち出した。
これは、なにか、まずい………!
そう直感した時、子供でおバカな私の頭が、珍しくフル回転しはじめた。
そういえば、と、寝たふりをしたままの私は、思い出した。
ヒメカは、私と会った日からずっと、おばあちゃんとは、まったく会話していなかったことを。
加えて、ヒメカと遊んでいる時の、周囲のことにも、ようやっと意識が向いた。
何故だか公園の中が、私たちふたりだけの遊び場のようになっていたことに。
遊んでいる最中は、なんか人がいなくて走り回りやすいなあ、くらいにしか思っていなかった。
それで、私が公園から帰る時間帯になると、人の賑わいの声が、大きくなるのだ。
改めて考えると、子供の頭でも、日中の公園の人通りが私たちふたりと、おばあちゃんだけ、なんてことはおかしいことがわかった。
幼い私の心の中で、次々に、謎のピースがはまっていくような気がした。
“あの、てんしさまですか……?”
“ちがうよ”
“えっ。じゃあ、おひめさまですか?”
“おひめさまでもないよ”
初めてヒメカと会った時の言葉のやりとりが、不意に思い出された。
おばあちゃんには、見えない女の子。
公園での、不思議な人通り。
ヒメカは、天使様ではない。
そして、お姫様でもない。
寝たふりの私は、目をつぶった真っ黒な視界の中、グルグルと思考の迷路をさまよい続けた。
そして、唐突に、闇の中、光明を見いだすのだった。
(……あっ!? そうかっ……!)
私は、天啓にも似た、ある結論に至ったのだった。
心の中で、その結論に、揺るぎない確信を抱く。
(────────ヒメカはきっと、“ざしきわらし”なんだ……!)
なにが、“きっと”なのか。
うん、今思い出すと、的確なほど見事に、明後日な方向に飛んだ結論であった…………………………。
幼女時代からイチャ♡イチャ♡させたかったんだ……///




