転22 〈邪神〉だけど、首謀者に一杯食わせる。
そ、そんなーあゆらちゃんが幼女を引き渡してしまうなんてー。(棒)
ゆりちゃん´を、〈聖導庁〉の過激派に引き渡す決定をして、
約一時間後。
果たしてそいつらは、私たちが留まった、ホテルの
ペントハウスに、草薙さんと、その部下の男性刑事ふたりを伴い、
やってきた。
〈聖導庁〉の男が二名と、女性一名。
その一行を大広間にて立ったまま迎える、険しい表情のヒメカと、
真顔のエストさん。
ふたりに隠れるようにして、ゆりちゃん´を、立たせていた。
中肉中背の、黒縁眼鏡を光らせた、髪の毛七三分け脂ギッシュな
〈聖導庁〉のオッサンが、ニチャァ…っとした笑みを浮かべてくる。
「お初にお目に掛かります。〈聖導庁〉日本支部で〈司教〉を
務めております、宮内益士と申します」
と、件の首謀者、宮内司教は、ヒメカに向かって、
軽く頭を下げてみせた。
エストさんが提供してきた画像を見て、胡散臭そうな顔の
ヤツだと思っていたけど。
実物を目の当たりにして、いよいよ胡散臭い人間だと
断定してしまう。
表情は友好的に笑って見せてるけど、目が全然笑ってなかった。
っていうより、ヒメカを見下してる目にしか見えない。
今、頭を下げたのも、本当に形式上の挨拶、形だけのものに感じられた。
最初っから、ヒメカに対して、礼儀を尽くすつもりなど、
まるでないのだろう。
ゆりちゃんのこともあるけど、それとは別に、
この野郎は凹凹にしてやんよ……!
ヒメカを馬鹿にしてるような態度のこいつは、許さない、絶対にだ!
「……この街を守護する〈魔法少女〉、苑草日明香です」
ヒメカは、硬い声で、短い自己紹介を返す。
エストさんに塩対応をしていた時とはまた違う、
嫌悪感のにじんだ声だった。
「噂に名高い〈星の黄金〉の話は、自分も耳にしていますよ。
〈魔女〉の都、プラハから日本に戻られて、わずか一年。素晴らしい功績を
積み上げていらっしゃると、聞き及んでおります」
宮内司教は、表面上、にこやかに、ヒメカの評判を語ってくる。
ただ、その声音が、いやに気持ち悪い。
たぶん、褒めているようで決してそんなことはない、うわっつらの友好感を
装ってるからだろう。
それに、個人的なトコロ、眼前の不快な男から、ヒメカのことを話題に
出されるのが、生理的に無理。
てめえ、ひとの嫁のこと、その小汚ねぇ口でさえずってんじゃねえぞ!、
ってカンジ。
「それはどうもお耳汚しを。────こちらも宮内司教のお噂は
耳にしております。随分と、奔放に振る舞われておられるようですね」
私が内心イキリ立っていると、ヒメカが、冷徹な声で舌鋒の戦端を開く。
普段の、女神のように温厚なヒメカからは考えられない、戦り合う気満々、
喧嘩上等の響きがあった。
ヒメカの斬りつけるような言葉に、宮内司教の、張り付けたような笑顔が
一瞬、ピクリと歪む。
おやおやおや、JKにチクリとやられて、化けの皮剥げそうになるたあ、
まだまだだね。(謎の上から目線)
同室している草薙さんとその部下ふたりが、緊張で顔を
強ばらせるのがわかった。
そりゃそうだろう、ここは正式な手続きを経ての、交渉の場。
事件の真相はどうあれ、揉め事に発展するのは、警察としての立場上、
まずいのだから。
宮内司教が連れてきている男女は、感情を消したように、黙ったままである。
……このひとたち、大丈夫かな? 〈精神操作〉で宮内司教の
言いなりになってるとかしてない?
私だったら、子供を両親から引き離して、人体実験するようなヤツの
命令なんか、『絶対にノゥっ!』って断るぞ。
〈司教〉の命令を遵守するあたりは、〈聖導庁〉の過激派とやらの、
教義方針によるものだったり?
「おためごかしは不要ということだ、宮内司教。あなたが隠れて
やっていることなど、〈魔法少女連盟〉にまで伝わっているものと知りたまえ」
公僕である草薙さんたちの緊張をよそに、エストさんが、ヒメカを
援護するように、ピシャリと言い放った。
私にセクハラな言動してたときとは、うって変わって、凛としており、
別人に見えてしまう。
っていうか、『〈魔法少女連盟〉にまで伝わっている』っていうのは、
嘘じゃんか。
エストさんが伝えるまで、ヒメカは、宮内司教なんて知らなかったわけだし。
宮内司教に、ブラフかまして、揺さぶりをかけてるわけね。
頼りになるなあ、セクハラ魔のくせに!
エストさんの警告めいたブラフを受けたが、
宮内司教の嘘っぽい笑顔は、まだまだ剥がれ落ちなかった。
「………いやはや。〈司教〉という立場にもなれば、関わりたくない
権力争いに巻き込まれ、事実無根の悪評を騒ぎ立てられたりもします。
メレー司教も、覚えがあるのでは?」
「幸いなことに、そんな不快な記憶はないな。人徳の差というものだろう」
ハハハ、こやつめ、抜かしおる!
しれっ、と、即座に返してみせたエストさんに、心の中で大笑してしまう私。
一方、全否定されたうえに、軽く煽られた宮内司教は、
さすがに笑顔を引きつらせていた。
それでも作り物の笑みは消さずに、うわべだけは、話を友好的に続けようとする。
「はは、それは、見習いたいものです。私は、教義を厳としがちな
せいか、誤解されることが多いですからな────今回の件のように」
おっと、そうつなげてきやがったか。
ゆりちゃんを追ってきた連中と襲撃犯が、私とヒメカを襲った一連の
顛末を、誤解の産物、ということで有耶無耶にする気なのだろう。
「今回の件が、誤解によるものでしょうか? こちらの、緒芽百合子さんから、
わたしが聞いているお話では、あなたがたの監禁場所から、
百合子さんが助けを求めて逃げ出した、という、
誤解のしようがない状況ですけれど」
ヒメカが、一歩も譲歩する気のない、強い意志の感じられる声で、
宮内司教の言葉をあげつらった。
「百合子さんは、まだ幼い。百合子さんのご両親が、私どもに、
しばらく百合子さんの養育を委ねられたということを、
まだ理解できていないのですよ」
ゆりちゃんの両親から委任された、という正式な書類(偽造)があるからだろう。
宮内司教は、勝ち誇ったような笑みで、こちらを諭すような
言い方をしてきた。
殴りたい、この笑顔。
速攻で、ムカつくこの眼鏡親父を、〈邪神〉パワーにより
再起不能させたいけれど。
証拠不十分で、そんな真似をすれば、ヒメカの立場がない。
ここは、我慢の一手だ。
「では、百合子さんのご両親は、何故、宮内司教に百合子さんの養育を
委ねたのでしょうか? 百合子さんの話を聞くかぎり、なにか問題が
あったようにも思えませんが」
ヒメカは、淡々と、追求の言葉を口にしていく。
「百合子さんの持つ、異能の〈力〉が、自分たちの手には負えないと、
ご両親は判断されたのです。それで、紆余曲折を経て、最終的に、
我々〈聖導庁〉を頼られた。そういうことです。……百合子さんは、
ご両親と二度と会えなくなる、と勘違いしているのでしょう。
ご両親から、ちゃんと説明をされていたはずですが、やはりまだ、
幼い子供が一連の話を理解するのは、難しかったようですねえ」
ニチャァ…と笑い、宮内司教が、ぬけぬけとそう答えてきた。
嘘八百を、臆面もなく言えるそのツラの皮の厚さは、たいしたものだと思う。
うん、厚顔無恥、って、こういうヤツのことを言うんだろうな。
「うそ! うそだもん! パパとママ、そんなおはなし、してないもんっ!」
と、ゆりちゃん´に、糾弾の声を上げさせておく。
だが、ゆりちゃん、の声を受けても、宮内司教のニチャァ…っとした
笑みは、崩れなかった。
「百合子さん、君のご両親は、君の幸せを願って、しばらく君と
離れて暮らすという、辛い選択をしたのです。君に伝えたお話が、
難しくてわからなかったのかもしれないけれど、ご両親のお気持ちを、
君だけは、わかってあげてください」
君、君、君、って、気味が悪いね~……。
あいかわらず、諭すような言い方で、堂々と嘘をついてくる宮内司教。
マジ殴りたいわ、この野郎。
「では、わたしが百合子さんのご両親と直接会って、そのお話を
確認したいのですが。構いませんね?」
私が宮内司教に対して、怒りと殺意を高めていると、ヒメカがいよいよ、
核心的な所に斬りこんだ。
「……それは構いませんが、話自体は、草薙警部にお渡ししてある
書類に記載されているとおりの内容を、お聴きになるだけでしょう。
苑草さんと、緒芽夫妻、双方に余計な手間をかけてしまう
ことになるかと」
ヒメカの申し出に、宮内司教は薄笑いを浮かべたまま、
やんわりと拒否めいた返答をしてくる。
ふふ、効いてる、効いてる♪
「一向に構いません。宮内司教のおっしゃる誤解とやらは、明々白々に、
解いておいたほうがよろしいでしょう?」
まさか、この期に及んで否と言うまい?
────穏やかな声での確認だったけれど、ヒメカの言葉の裏には、
そんな強い“圧”があった。
この“威圧感”、我が婚約者ながら、
同じ十代女子とは思えない。
ヒメカ、かっこいい! 好き!
「……承知しました。後日、緒芽夫妻に、お引き合わせしましょう」
「いいえ。今すぐに、お願いします」
きっぱりと、ヒメカは言い放った。
「今すぐ、緒芽夫妻に連絡して、こちらが会って話をしたいという
旨を伝えてください。ああ、ご心配なく。わたしが夫妻の下へ、
文字通り飛んで行きますので、どなたの時間もお手間も取らせません」
言葉の体裁は〈お願い〉だけれど、ヒメカのこの発言は、
恫喝に近い。
意訳するなら、『ゴチャゴチャ言わずにサッサと橋ィ渡さんかい!』
ってなもの。
それがわかったのか、宮内司教も、いやらしげな笑みをようやく消して、
険悪な視線をヒメカに向けてきた。
「今すぐに、と言われても、緒芽夫妻にも、都合というものがあります。
それに、ご夫妻の、私ども〈聖導庁〉に、百合子さんを預けることにした
意向を、無視するような真似をするのは、いかがなものですかな?」
「無視するも何も、その意向自体を確認しに行く、と言っているのですが?
そこになんの問題があるのか、わかりませんね」
「……っ」
ヒメカから、端的に正論を返されて、宮内司教は、忌々しげに表情を歪める。
それから、草薙さんに、視線を送った。
宮内司教と目を合わせた草薙さんは、渋々といった様子で、口を開いてくる。
「────お嬢様。緒芽百合子さんの保護を目的とした申請は、
正式な手続きを経た、正統なものです。警察に所属する者としては、
百合子さんの身柄引き渡しに応じていただけなければ、
強制執行に移らざるをえません」
宮仕えの悲しいところか、草薙さんは、任務に忠実であるようだ。
まあ、それが仕事だからね、仕方ないね。
しかし、草薙さんの表情は、悔しさと苦しさを押し殺しているように見える。
ヒメカの味方をしたいのがわかったから、私情と職務との板挟みに
なってるその姿に、同情せざるをえない。
「引き渡しに応じない、とは言っていません。事実確認をしたのち、
“誤解”が解消されたならば、すみやかに百合子さんの身柄は、
お引き渡し致します。そのためにも、急いでご夫妻に、連絡を取ってください」
「お嬢様……」
「あなた方ができない、と言うのであれば、わたしが連絡させて
いただきます。連絡先を、教えていただけませんか?」
草薙さんが、ヒメカの、静かだが苛烈な物言いを諫めようと
したようだったが、それに被せるように、ヒメカの追求は続く。
しかもそれは、無茶な要望ではなく、幼児の安全を思えば、当然の要求だ。
ほんのちょっとの間を置いて、宮内司教は、憮然とした表情で返答してくる。
「………ご夫妻との守秘義務により、お教えすることは、できません」
で、出たー! 苦しまぎれでプライバシー言うヤツ~!
いや、そういう風なことで、拒否ってくるだろうな、
とは予想していましたとも!
「本気でおっしゃっているのでしょうか? あなた方に対する、
児童の拉致・監禁の疑いへの、潔白を証明する、簡単な方法なのですよ?
まさか、たかが紙切れ数枚で、こちらが引き渡しを納得するとでも?」
丁寧な言葉遣いで、ヒメカは煽り気味に、正論を叩きつけた。
「たかが紙切れ、とは、聞き捨てなりませんな。緒芽夫妻が、実子と
離ればなれに暮らす、苦渋の決断をした末に作成された書類です。
そのような、軽々しい言い方で扱われるものではありません」
おぉん? 宮内司教、論点をズラしてきてやがるな?
論戦で負けそうだから、別の話題を拾って難癖をつけ、
争点を変えようとしている気配だ。
だが、それはそれで、こっちとしても、狙いどおりである。
「そもそも、その書類ですが、本当に緒芽夫妻の意志で作成されたのか。
甚だ疑念がありますね」
私との打ち合わせどおり、ヒメカは、ズバッと、火の玉ストレートで
言葉を投げこんだ。
これには、宮内司教も、顔を強張らせる。
小娘が、正面切って喧嘩売るような抵抗はしてくるまい、と、
高をくくっていた? 残念! そうはイ甘寧!
草薙さんとその部下ふたりも、『え、ソレ言っちゃいます!?』と、
驚きに軽く目を見張ってしまっていた。
警察官のお三方には悪いけど、この修羅場、最後まで付き合ってもらう!
ごめんなさい!
「……その言葉もまた、聞き捨てなりません。私どもだけでなく、
〈聖導庁〉に対しての、侮辱となります。撤回していただきたい」
宮内司教は、憤然と抗議してくる。
けれどこっちは、書類を偽造・捏造しているだろうと確信してるから、
ただの逆ギレにしか見えない。
「彼女が疑念を抱いているのは、あなたに対してであって、
〈聖導庁〉に対してではない。私がこの場にいることが、その証左だ。
撤回の必要はないな」
今度は、エストさんが、キッパリと言って、冷笑してみせた。
警察官の三人は、『アンタまでそこまで言っちゃうのかよ!?』と、
一斉にエストさんに視線を向ける。
草薙さんには、胃の痛くなるような展開になってしまい、
非常に申し訳ない思いだ。
「メレー司教、それは、〈聖導庁〉の、同格の人間の言葉としても、
聞き逃せませんぞ……!」
「────草薙警部。その書類の申請者の名は、宮内司教の役職付きで
記されているのかね?」
エストさんは、宮内司教の声を無視して、草薙さんにそう確認する。
「え……あ、はい、そうですね、“〈聖導庁〉日本支部司教”の役職付きで、
記名されています」
「で、あれば、宮内司教個人として、保護申請をしているわけではないな」
エストさんがニヤリと笑うと、草薙さんもその意図を汲んで、
表情を明るくし、うなずいてみせた。
「はい、そうなりますね」
「ま、待ってください。役職名を添え書きしたのは、
あくまで形式的なことで───」
ふたりの話の流れに、まずいと思ったのか、宮内司教が、
慌てて口を挟もうとする。
「形式的に書いたとはいえ、〈聖導庁〉という組織が、
緒芽百合子さんの保護を請け負う、という責任表明を記したようなものだ。
違うかな?」
「いや、それは……!」
エストさんの言ってることは、拡大解釈もはなはだしい。
法律的にも、ガバガバのガバな主張であろう。
が、宮内司教は焦っているせいか、豪腕暴論に等しいエストさんの言葉に、
すぐさま反論できないようだった。
「ならば、〈聖導庁〉日本支部の〈司教〉のひとりである、この私が
百合子さんの身柄を預かっても、問題ない、というわけだ」
畳みかけるようにして、エストさんは、自信満々に言い切ってくれる。
ちなみに、こういう方向に、どうにかして話を持って行ってくれ、
とお願いしたのは、私。
お願いしておいてなんだけれど、見事なゴリ押し論法だよなあ~。
エストさんの美貌と、余裕の表情から醸し出される雰囲気が
あればこそ、成り立つ力技だ。
「い、いや、しかし、この件は、私が、緒芽夫妻から依頼された
案件です。担当を変わるわけには……」
「ああ、もちろん、担当責任者は、宮内司教、あなたのままで構わない。
私は、一時的に、百合子さんを預かるだけだ。こちらの、苑草日明香くんが、
緒芽夫妻と対面し、意思を確認したあと、なんの問題もなかったならば、
すぐに、百合子さんの身柄を、あなた方に委ねることにしよう。
────なにか、不都合なことでもあるのかね?」
ゴネだす宮内司教を制して、エストさんは、よどみなく、理路整然と、
道理を説くように、話し終える。
『これで文句を言うようなら、おまえらは後ろめたいことをやっている、
と自白しているようなものだ』
そんな風なことを、暗に示唆するような、声の響きで。
そうまで言われてしまっては、宮内司教も、簡単には、
二の句が継げない様子。
ピクピクと、こめかみを引きつらせたあとで、なんとか声を絞り出してきた。
「………いえ、ありません。承知しました。では、百合子さんは、
メレー司教に、いったん預かっていただくことにしましょう」
その宮内司教の返答を聞いて、エストさんは、艶然と微笑んでみせる。
「結構────日明香くん、そういうことだ。緒芽夫妻との対談は、
宮内司教が、すみやかに調整してくれることだろう。百合子さんは、
私が預かるということで、ここは、譲歩してくれたまえ」
「わかったわ。あなた個人は信用できないけど、〈聖導庁〉の
〈司教〉としてのあなたを信じます。───よしなに」
「……そこは、余計なことは言わずに、普通に信じてほしいものだが」
エストさんは軽く苦笑したあと、ゆりちゃん´の目を覗きこんできた。
「聴いていただろうが、“百合子さん”の身柄は、私が預かることに
なった。なに、心配することはない。すぐに、ご両親とも会えるだろう。
安心しなさい」
そう微笑むエストさんの言葉に、ゆりちゃん´の首を縦に振らせてみせる。
そのやりとりを、宮内司教が苦々しそうな表情で見ているのを、
私は、見逃さなかった。
───────────ざまあ!www
おや……?あゆらちゃんは……?(バレバレ)




