転17 〈邪神〉だけど、幼女を助ける。
ヨウジョナニモノ
“〈みず〉のおねえちゃん”
そう呼ばれて、驚くなというのは、無理な話だった。
見知らぬ幼女から、私の正体を、イキナリ言い当てられた
ようなものだったのだから。
〈邪神〉クトゥルフ、その〈水〉の根源属性を────。
私自身、昨日知ったばかりの真実を、どうしてこの幼女が
知っているのか……!?
「あゆちゃん? この子、誰?」
幼女の叫びに困惑している私に、ヒメカが、端的に尋ねてくる。
その声音が、これまで聞いたことのない冷たい響きだったので、
びっくりして、思わずヒメカの顔を見た。
……っ! 真顔……! さっきまで笑顔を見せていたのに、
真顔になっていらっしゃる……!
え? え? キレてる!? なんで!?
と、頭の中が疑問符でいっぱいになるも、はた、と
今の自分の格好に思い至った。
形だけ見れば、私は今、幼女と抱き合っている状態である。
ええ~っ!? もしかして、幼女に嫉妬ですか、ヒメカさ~んっっっ!?
なんて大人げない──────!
妬き餅を焼かれて、嬉しいような、困ったような……!
そんな複雑な心持ちになっていると、私に抱きかかえられた幼女が、
くりっ、とヒメカを見る。
「おねえちゃんの、かのじょさんも、たすけてくださいっ!!!」
「えっ、か、“彼女さん”……?」
幼女に言われたヒメカの頬が、ポッ、と紅く染まった。
表情のほうも、一瞬で、真顔から、恋する乙女の顔にチェンジ。
大人げない嫉妬による不機嫌さは、“彼女さん”の一言で、
あっさり霧散してしまったようである。
────うちの婚約者が、
ちょっとチョロすぎる件について……!
脳内で、そんなスレッド題名がちらついてしまう。
しかし、そんな他愛のないことを考えてばかりもいられなかった。
謎の幼女を追ってきていた、四人の男たち。
そいつらが、ヒメカの〈結界〉魔法内に、ドカドカと乱入してきたのだ。
ヒメカも表情を険しくして、そちらへ、警戒の目を向ける。
男たちは、それぞれ紺色系のスーツを着ており、ネクタイをしめた、
ビジネスマンスタイルで統一されていた。
およそ朝の公園には、似つかわしくない。
全員、がっちりとした体格だった。
荒事専門を売りにしてそうなのが、何も言わずとも伝わってくる。
……まあ、一般のサラリーマンではないのは、確か。
だって、どいつもこいつも、顔が厳ついもの。
言っちゃあなんだけど、みんな、悪役顔だ。
容姿差別とかじゃなくて、目に宿る光が、
どう見てもカタギのものじゃない。
以前までの私なら、男たちを前にしただけで、
ブルって漏らしてしまっていただろう。
けれど、現在の私は、“あゆら・〈邪神〉覚醒Ver”だ。
全っ然、怖くないね。
むしろ、
『まさかこの程度の手勢で、余に戦いを挑むつもりではあるまいな?』
って、ラスボス台詞を言いたいくらいの、
余裕アリのアリアリアリアリさよならだ。
抱きかかえていた幼女を、お姫様抱っこに抱え直しながら、
男たちの出方をうかがう。
すると、私たちをかばうようにして、スッ、とヒメカが前に出た。
「あなた方は、何者ですか」
魔法少女コスを恥じ入る様子もなく、ヒメカは、堂々と、
凛とした声で、男たちに質問する。
「………その子供を、保護している者だ」
リーダー格っぽい男が、ヒメカの格好を訝しむ様子もなく、
そう応えた。
─────応えるまでに、ちょっと、間があったな。
怪しい。
怪しすぎる。
保護、とかぬかしたけど、絶対に警察関係の人間じゃない。
身分を明確に表明していない時点で、実はこいつら自身が、
この子を誘拐してる連中であるセンが濃厚である。
「うそっっっ!!! うそだもんっっっ!!!」
男の応えを聞いた幼女が、私の胸元で、そう叫び声をあげた。
リーダー格の男が、苦々しげに顔を歪ませる。
「と、この女の子は言っていますが」
ヒメカは、冷淡な声で、短く、男に追求の言葉を投げかけた。
「……その子は、複雑な事情がわかっていないだけだ」
「では、わたしに、その事情とやらを説明していただきましょう」
そう言うヒメカには、男たちに対して、まったく
譲歩する気はないようだった。
ヒメカも、男たちが胡散臭すぎて、信用ならないと思っているに違いない。
「……………この〈結界〉に、その衣装。この地を守護する、
〈魔法少女〉とお見受けする」
リーダー格の男がさらっと言い出した単語に、えっ、
と驚愕の声をあげそうになった。
なになに、この業界(どの業界だ)じゃ、〈魔法少女〉って、
普通に知れ渡ってる職業なの!?
私の〈邪神〉知識ってば、現代業界事情の最新版には、
アップグレードされてないのかしら。
「いかにも、わたしは〈魔法少女〉。〈星の黄金〉と名乗れば、
おわかりでしょうか」
威風堂々としたヒメカの名乗りに、男たちが、
わずかに怯んだような気がした。
〈星の黄金〉。
ヒメカの、〈魔法少女〉としての異名であろう。
やだ……私の中二病マインドがウズいちゃう─────!
こんな緊迫した状況なのに、思わず口元を
緩めてしまいそうになっちゃうんだぜ……!
しかもなに? そのスジの人間が、名前を聞いただけでビビるって、
どんだけなの?
やっぱヒメカ、最強なんじゃない? 好き!
私が密かに胸キュンしてるのをよそに、たじろいだかに見えた
リーダー格の男が、口を開いてくる。
「我らは、〈聖導庁〉の使い。事は、極秘の使命にて、詳しく話すことは
できないが────その子供は、〈聖導庁〉にとって、大切な存在。
守護者とはいえ、いち地方都市の〈魔法少女〉。何故、この場所に
いたのかは知らないが、偶然と成り行きで、〈聖導庁〉を敵に回したくは
ないはず。おとなしく、その子供を引き渡してもらいたい」
〈聖導庁〉、これはわかるぞ。
古くより確立した、地球発祥の一神教、その大派閥の、大元締めだ。
現代の業界でも、ブイブイ言わせてるっぽいな。
リーダー格の男は、その後ろ盾でもって、ヒメカを
恫喝してきやがったわけだ。
……クズがっ! 殺されてえのか────!
にわかに殺気立ってしまう私。
目の前のクズどもは、まったく脅威になりえない。
魔力を感じ取ることができない私だが、直感だけで、
そう判断できてしまっていた。
虫を潰すように、男たち全員、この世から痕跡も残さず、
消し去ることができる。(断言)
どうしてくれようか。
念動力で四肢を捻じ切ったあと、簡単に死なないように傷口から
徐々に凍らせて、生まれてきたことを後悔させながら、
肉体を粉々にしていっちゃおうかな?
それとも、巨大水球を発生させたあと、全員その中へに放り込んで、
陸の上で、溺死させてくれようか?
────そこまで考えて、はっ、とする。
やべー……思考がマジ〈邪神〉になってたんですけど。
ナチュラルに皆殺しにしよう、って、
ためらいなく考えた自分に、鳥肌立つわ。
いくらヒメカが脅されたからって、即・ブッ殺の結論はアカンでしょ、
人として……。
〈邪神〉覚醒したせいか、人命に関する倫理観のネジが、
数本ぶっ飛んでしまってるのかも。
落ち着け落ち着け、素数を数えようか────────。
すーはー、と、私がこっそり深呼吸しだすうちに、ヒメカは、
男へ、冷ややかに返答していた。
「いち地方都市の〈魔法少女〉ですが、懇意にさせていただいている
〈聖導庁〉職員の方は、幾人かおります。その方々に確認が取れるまで、
この子の身柄は、こちらで預からせていただきます」
虎の威を借る小悪党の恫喝に、少しも動じる気配のないヒメカ。
マージーで、か~っこいィィィィィィィ~っっっ♡♡♡
〈禍威魔〉とかいうのと、命がけの実戦をやってるらしいから、
チンピラの脅しなんて、そよ風みたいなものなのかも。
「……人が下手に出ていれば、つけあがりやがって。
〈魔法少女〉とて容赦せんぞっ! 小娘がっ!」
断固として拒否するヒメカに、リーダー格の男が、そう怒鳴りつけてきた。
そのあまりの三下テンプレな台詞に、思わず噴き出してしまう。
そしたら、リーダー格の男から、睨みつけられた。
おおコワイ、コワイ。
一昨日まで私だったら、そのひと睨みで、この場に
ヘタりこんでちゃってただろうね。
「そっちのガキも、〈魔法少女〉かっ!」
私に笑われたのが気に障ったのか、男は、怒りの矛先をこちらにも向けてくる。
「ねえ、こいつら、殺さずに捕まえたほうがいいんだよね? たぶん」
私はわざと男の叫びをスルーして、ヒメカに確認を取った。
「────そうだね。〈聖導庁〉にも、しっかり問い合わせたいし」
「了解。じゃあ、そうするね」
ヒメカの答えに、こともなげに請け負ってみせる。
チートな〈邪神〉パワーに裏打ちされて、イキリのイキイキで、
イキっちゃってる私だ。
よしっ! ヒメカへのデモンストレーションがてら、
いっちょやったるかっ!
〈邪神〉パワー! 解放……っ!
「舐めるなよっ! 我ら〈聖導庁〉の使徒が、なんの〈力〉も───」
「あ、そういうのいいです」
リーダー格の男が、なにかしら魔法を使おうとしながら
吠えたところで、言葉をさえぎる。
「頭の上のやつに、気づけなかったでしょ? その時点で、
あんたら、雑魚だよね。ザァ~コ♪ ザァ~コ♪ きっも♪」
「なっ……」
私のメスガキ煽りに、男たちは頭上を見上げるが、もう遅い。
男たちの頭上には、それぞれ巨大な水塊を、発生させておいた。
それらをすべて、一気に、高速降下させる。
私の〈邪神〉パワーで発生した水塊は、RPGのモンスター、
スライムのように、男たちの全身を呑み込んだ。
そして、私は、男たちが自分たちに何が起こったか理解するより早く、
水塊を、氷に変える。
──────たちまちのうちに、氷の立像が四体、完成だ。
大丈夫、殺してない。
SF映画的に言うなれば、男たち全員を、魔法で
強制コールド・スリープさせたようなものである。
「………あゆちゃん、凄い────! 〈聖導庁〉の人間を、
こんなあっさり……!」
「あっさりなのは、こいつらが弱すぎるせいじゃない?
抵抗もなく、こんなにうまくいく、って思わなかったんだけど」
驚嘆するヒメカに、えへへ~、と、謙遜した風で、全然してない、
照れた笑みを見せちゃうのだった。
いやしかし、実際、うまくいって良かったよ。
イキリにイキって仕掛けた水塊を、破られたり、避けられたりしてたら、
ダサいなんてもんじゃない。
「ううん、〈聖導庁〉のエージェントって言ったら、対魔法戦闘は、
基本中の基本で対策してるはずだから。それを、反応も許さずに、
氷漬けにしちゃうなんて────。わたしじゃ、こう簡単にはいかないもの。
〈眠り〉の魔法は抵抗されちゃうだろうから、物理的に立ち上がれなく
するしかないと思うし」
……うん? 物理的に? なんか物騒なこと言ってない?
それはどういうことか、と、確認しようとしたけれど、ヒメカは
言葉を続けてきたので、口を挟めなかった。
「そんな屈強な〈聖導庁〉のエージェントたちから、どういう事情で
この子が追われてるのか……少し、大変かもしれない」
そう言うと、ヒメカは地面に立てていた宝玉付きの杖を手に取って、
祈るように目を閉じる。
するとまた、ヒメカの全身を、青白い光が包みこんだので、
私は、わずかに目を逸らした。。
一瞬で光は消え、眩しさから逸らしていた視線を戻すと、
ヒメカの着ている服は、元の白いワンピースに戻っている。
宝玉付きの杖も、消えていた。
〈収納〉の魔法とかなのかな?
私はそういう生活便利系の魔法は使えないので、正直、羨ましい。
そこで、あっ、と、お姫様抱っこしている幼女の顔を見る。
〈魔法少女〉とか、男たちが普通に話してきたから、
こっちもフツーに〈邪神〉パワーを使ってしまったけど。
小さな女の子に、超常的な〈力〉を見せるのは、
ショッキングだったかも……?
「やったね、おねえちゃん! こういうとき、
“ざまみやがれ!”っていうんでしょ?」
────────────そうでもないっぽい。
どこで覚えたの、そんな言葉!?
幼女は、嬉々とした笑顔を、私に向けてきていた。
私は、なんと応えていいものやら。
ヒメカと顔を見合わせて、とりあえず、苦笑するしかなかった。
私は、幼女を地面に下ろして、目線を合わせる。
「まあ、悪いヤツラみたいだから、“ざまみやがれ!”って
言ってもいいけどね。できるだけ、言わないほうがいいかな、女の子は」
「どうして?」
「う~ん、あんまり良い言葉じゃないからね。相手が悪い人間だから、
悪口を言ってもいい、ってことにはならないでしょ?」
「でも、このおとなたち、むかつく! きらい!」
子供はどストレートだな! 感情100%!
でもその真っ正直な意見表明、嫌いじゃないぜ。
「……そっか~、嫌いなら、しょーがないよね。でも、やっぱり、
人のいる前じゃ、言わないほうがいいよ。女の子は、
綺麗な言葉遣いをしなきゃ」
「でも、おねえちゃん、さっき、“ざぁ~こ”とか、“きっも”とか
いってなかった? そういうの、わるくちでしょ?」
……………………言ってましたねえ。
くっ、耳聡い子は、扱いづらいな!
世のお母様方が避けて通れぬ、育児の難しさを、
いきなり味わっちゃってる気がしてきたぞう!
「──────私は、うらぶれた陰キャオタクだから、
そういうこと言ってもいいの。お嬢ちゃんは、まだお日様の下を歩ける
人間なんだから。汚い悪口なんか、言っちゃあいけないよ?
今、私が言えるのは、それだけが、精一杯………わかった?」
「……よくわかんない」
某三代目怪盗っぽいことを言って、煙に巻こうとしたが、
幼女はコテン、と首をかしげただけであった。
やっぱ、育児は、難しいね!
ヒメカは、そんな私たちのやりとりを見て、くすくすと笑う。
「あゆちゃん、言葉遣いの躾もいいけど、肝心なことを
訊かないと。わたしたち、その子の名前も、まだ知らないよ?」
「あっ、そうだった」
失念、失念。
コホン、と軽く咳払いをして、こちらから名乗ることにする。
「お姉ちゃんの名前は、潮あゆら、っていうの。お嬢ちゃんのお名前は?」
「はい! おのめ、ゆりこです! よんさいです!」
あら~、元気のいいこと!
ニッコニコの幼女の笑顔に、思わず、
こっちの顔もほころばせてしまうのだわ。
「ゆりこちゃんか。ゆりちゃん、って呼んでもいい?」
「うん、いいよ。パパとママも、ゆり、ってよぶの!」
私の提案に、頬を紅く染めてはにかみ、許可をくれる幼女こと、ゆりちゃん。
かわいいねえ! かわいいねえ!
子供を持つなら、やっぱり女の子がいいかな。
………ヒメカ、私の子供、産んでくれるかしら。
ヒメカ似の美少女を育てるとか、最高やん?
─────っと、いけない、いけない。
妄想の翼を広げて、夢の世界へ行ってしまうところだった。
訊くべきことを、ちゃんと訊かないと。
「よし、ゆりちゃん。────ゆりちゃんは、この男たちから、
なんで追われていたか、わかる?」
「うん、わかる」
コクリ、と、ゆりちゃんは、うなずいてみせる。
「ゆり、このひとたちの、〈けんきゅうしせつ〉にいたの。
でも、そこにいるの、もういやだから、にげてきたの」
「〈研究施設〉?」
「そう。そこで、おとなのひとたちが、ゆりのみる〈ゆめ〉のこと、
いろいろきいてきて、しらべてたの」
〈夢〉。
〈夢〉を調べる、〈研究施設〉………。
胡散臭い連中だとは思ったけど、やはり怪しさ満点の人間たちのようであった。
「ゆりちゃんの見る〈夢〉って、たとえば、どんなの?」
「……えっとね、ひこうきがとんでる〈ゆめ〉なんだけどね、
ゆりのしらない、がいこくで、うみにおちちゃうの。そうしたら、
なんにちかしたあと、そのひこうきがおちちゃうじこが、
ほんとうのことになっちゃうの。きょうのあさの、テレビのニュースで
いってたから、ほんとうのことだよ」
それって………!?
─────あれか、朝のニュースで、騒がれてたヤツか!?
私は、顔を上げて、ヒメカを見た。
ヒメカは、納得したような表情で、私にうなずいてみせる。
「〈予知夢〉……この子は、予知能力者なのね」
ヒメカの言葉に、改めて、ゆりちゃんの顔をまじまじと見つめた。
ゆりちゃんは、そんな私を、きょとんとして、見つめ返してくる。
その姿は、特別な所など何もない、年相応の、
かわいい幼女にしか見えなかった………………。
風雲急を告げる幼女・・・!




