転15 〈邪神〉だけど、正体を告白する。
~前回までのあらすじ~日明香ちゃんに別れ話を切り出されると思って、あゆらちゃんのSAN値がピンチ。
電車移動時は、いつもなら携帯端末をいじったりしてるところだけど、
とてもそんな気分じゃなかった。
なんだろう、なにがヒメカの気を変えさせたんだろう。
まだ、別れ話を切り出されると決まったわけではないのに、
考えてしまうのは、そんなネガティヴなことばかりだった。
………ヒメカの電話に出た時の声からして、明るい話題は、
期待できない。
ガッツリ、真面目な、できるなら話をしたくなさげな
雰囲気だったから。
たとえるなら、漫画の連載の打ち切りを告げる編集者みたいな声。
いや、そんな声、実際に聞いたことないから、
本当はわからないけど、たぶんそんな感じ。
想いを遂げて、キスして、一日も経ってない、
っていうのに─────!
いきなり破局とか、悲しいなんてもんじゃない!
でも、ヒメカがそう望むなら、仕方ないか………。
あっ、ダメっ、そんなこと考えただけで、もう泣いちゃいそうっ!
しかし、本当に、別れ話だったら、なにが原因なんだろう。
ヒメカの心を、急激に醒めさせる、なにかがあったのだろうか。
─────あっ。
ヒメカは、魔法が使える〈魔女〉だ。
ひょっとしてだけど、〈遠見〉の魔法とかで、本日早朝、
私のハッスル(意味深)を見ちゃってたとか……!?
『あゆちゃん!? なんであゆちゃんの股間に、男のアレが生えてるの!?
わたしを騙したの!?』
いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ──────────っっっっっっっ!?
違う! 違うのヒメカ! 騙したわけじゃないの!
生やせるようになっただけで!
電車に揺られながら、ひとり脳内でそんな言い訳を叫んでしまう。
いやいや待て待て落ち着け私。
クールに行こう。
そもそも、ヒメカが〈遠見〉の魔法を使えるとして、
私のプライベートを覗いたりするだろうか?
しないね。
絶対しない。
何故ならヒメカは、天使だから。(断言)
もとい、ヒメカの優しい性格上、そんな真似できっこないだろう。
では、他になんの理由があるかしらん。
昨日の放課後、一緒に下校するところから、思い出の告白、
公園でのキス、夜の電話のことなど思い返す。
が、ヒメカが心変わりするような出来事は、無かったようにしか思えない。
………………いや、キスしてる時、ヒメカの体を、
あちこちまさぐったんだっけ。
やっぱりそれが、嫌だったとか───────?
うう~ん、わからんっ!
ますますもって、わからなくなってしまったぞっ……!
あれこれ悩んでいるうちに、目当ての駅に着いて、電車を降りる。
そのまま公園に向かって、全速で走り出した。
全速と言っても、〈邪神〉覚醒前の、
普通女子基準での速度で、である。
もし今の私が、本当の本気で走ったら、音速に達するかもだ。
そんなスピードで人にぶつかったり、物や車、壁に激突したら、
大惨事間違いなし。
主に、私にぶつかった相手が。
だから、速力はイイ感じにセーブして、一路、走る。
“急ぐ時こそ、安全第一”、というヤツだ。
以前の私なら、この速度で走り続けるだけで、汗だくの
疲労困憊状態になっただろう。
けれど、〈邪神〉覚醒した今は、余裕のよっちゃんだ。
体温調節も自由自在。
初夏も間近の、朝の日差しの中、汗の一滴もかかずに、
走っている。
─────こうして、走ってあの公園に向かってると、
ヒメカと〈約束〉した、あの日を思い出しちゃうな。
……小さな頃、ほんの短い間だけ会って、結婚の〈約束〉をした女の子。
そして、十年ぶりに再会しても、私のことを好きでいてくれて、
ずっと一緒にいる、と言ってくれた女の子。
私にとって、ヒメカは、もう、奇跡みたいな存在なのだ。
おかげさまで当方の性癖、十年前に歪められちゃってますし?
昨日、情熱的なキスまでしちゃってるから、ヒメカのいない
今後の人生とか、考えられなくなっちゃってるんですけど?
ああでも、そういう方面でがっつきすぎると、恋人は引いちゃうのが
普通なのか……!?
心の中で、グルグルわちゃわちゃと、ヒメカのことを
検証・考察・議論しているうちに、公園にたどりつく。
公園内では、運動をしているスポーツウェアを着た人たちや、
犬の散歩をしている人たちがちらほらと目についた。
そんな、朝の平穏な風景の中を、結構な速度で走り抜けていく私。
ヒメカと〈約束〉をした木に向かって、一直線だ。
私のほうが、早く着いちゃったかと思ったけど──────────。
ヒメカの姿が、先に、そこに在った。
ドクンと、私の胸が、音を立てる。
胸元に、青いリボンをあしらった、白のワンピース。
白金髪の長い髪は、首筋あたりで
ひとつに束ねられて、肩から胸へと垂らされている。
ああ───────〈てんしさま〉だ………。
初めて会った時と、髪型と背は違えど、やはり、私はそう思ってしまう。
おとぎ話から飛び出てきたような、不思議なくらい、可憐な女の子。
その、ヒメカの翡翠色の瞳が、私の視線を捉えた。
「あゆちゃん……!」
笑顔で、私の名を呼ぶヒメカ。
「ヒメカ……!」
私も彼女の名を呼んで、一気に駆け寄っていく。
「ごめん、待たせちゃった」
「ううん、わたしも、今、来たばっかりだから」
おお──────恋人同士っぽい、出だし……!
なんでもないようなことが、幸せなのだなあ。
などと、懐メロの歌詞っぽく感動しちゃうんだぜ。
「────ヒメカ、今日の服、ひょっとして、私たちが、
初めて会った時に着てた服に、合わせてきた……?」
言うのは野暮っぽいかな、と思いつつも、尋ねずにはおれなかった。
私の問いに、ヒメカは、頬を紅く染めて、うなずいてくる。
「うん……わたしたちの、ちゃんとした初デートにも
なるかもしれないから、意識して、着てきちゃった」
っは────────────!!!!!
か~わ~いーい─────────────……………!!!!!
“私の婚約者が、めちゃくちゃカワイイ件について”
脳内で、そんな掲示板のスレッド数が、一瞬で百を超えちゃったね。
「……あゆちゃんも、その髪型──────」
「うん、その、ヒメカと会った頃、私、ポニテに
してたなあ、って思って………」
もじもじとそう答えると、ヒメカは、花咲くように、
顔をほころばせた。
「わたしたち、やっぱり、相思相愛だね……!」
「う、うん……!」
にこやかに笑うヒメカを見て、私は、安堵感を胸に、
コクコクとうなずいてみせる。
電話で聞いた声に感じた、別れ話の雰囲気は、杞憂だったかな?
そう思いかけたところ、ヒメカの表情が、にわかに曇った。
「────あゆちゃん、わたしたち、結婚するんだよね………?」
「! するっ! するよっ!?」
不安げなヒメカの問いかけに、秒で返答する。
え、なんでそんなこと言うの……?
マジで別れ話なの!? 相思相愛、って今、
ヒメカが言ったばっかりじゃん……っ!
泣きながらそう喚いてしまいそうなのを、グッとこらえて、
ヒメカの言葉を待つ。
「じゃあ、お互い、隠しごととかは、しないようにしよう?」
「え……それは、どういう意味────?」
「………あゆちゃん、わたしに、内緒にしてること、あるよね?」
ううぅっ!?
直近で秘密が一気に増えた私は、ヒメカのその言葉で、
クリティカルに動揺しまくった。
なにせ、私は〈邪神〉の転生体。
そしてヒメカと本当の意味で再会したその日に、本体と
イケナイ情事を交わし、本日早朝には、男のアレを生やし、
ヒメカを想ってハッスルハッスルしちゃったり。
OUT・OUT・OUTのスリーOUT・チェンジ。
サッカーなら、どれひとつ取っても、一発レッドカード・即退場ものだ。
どれ……!? どれのことを言ってるの……!?
背中にめっちゃ汗をかくほどうろたえてしまい、言葉に詰まってしまう。
だって、どれもこれも、口にして説明しがたく、謝りようがないもの。
私が何も言えずにいると、ヒメカは悲しそうな顔をして、
前髪をかき上げた。
いや、髪をかき上げる動作で、魔法を使ったのがわかる。
昨日と同じく、〈人避け〉の結界魔法だ。
そこまでして、私と話すことって……?
私が疑問を抱くうちに、ヒメカは携帯端末を操作しだした。
それから、私に近づいて、携帯の画面を見せてくる。
「────これ、あゆちゃんだよね」
断定の言葉と共に、ヒメカが見せてきた画面。
そこに映っていたのは、スク水を着て夜空を飛んでいる、
私の姿だったのだ……!
……………そっちかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───────っっっ!!!
別れ話じゃなくて、本当に良かったぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ……!!!
え、いやでもなんで!?
光学迷彩的な〈邪神〉パワーで、他人には見えなかったはずなのに……!
もちろん、機械にも、私の姿は捉えることができないと
思っていたのだけれど─────。
驚きのあまり、心臓がバクバクと脈打ってしまう。
だがそこは〈邪神〉ボディ、精神集中ひとつで、無理くり鎮めさせた。
ヒメカは黙って、私の返答を待っている。
悲しげで、辛そうな目をして。
………………………………………そんな目をしないで、ヒメカ。
「うん………それ、私、だね───────」
私は、力なく、うなずいた。
決定的な写真を撮られているから、という理由ではなく、ヒメカに、
嘘をついたり、ごまかしたくなかったから。
「────どうやって、空を飛んでるの?」
携帯を下ろしたヒメカは、シンプルに問い質してくる。
「………そういう〈力〉が、使えるようになったから」
「“使えるようになった”、っていうことは、元々は、
使えなかった、ていうことだよね」
「うん……」
ヒメカは、私の目を見つめてくる。
私も、静かにその目を見つめ返した。
いよいよ、核心の話を、ヒメカに告げなくちゃいけない。
結婚するのだから、いずれは話すべきことだけれど。
できれば、先延ばしにしたかった。
まさか、〈邪神〉覚醒した次の日に、私の正体を
バラさなきゃならないなんて──────!
……しかし、どう伝える?
『なんか突然、不思議な〈力〉が身に付いたんだ~』とかでも、
通りそうな気もするけど……。
いやいやいや、ごまかすのは、ナシだった。
〈魔女〉であるヒメカなら、〈邪神〉クトゥルフのことも、
知っているだろう。
端的に、正直に、本当のことを、話せばいいか。
「───────昨日ね、放課後、ヒメカと一緒に帰る前。
学校で、頭……頭部に、衝撃を受ける出来事があったの」
いじめのことは、ややこしくなるので省く。
「それで、思い出した………わかっちゃったんだ。……体が凄く
強くなったり、空を飛べたり、超能力が使えたり─────」
右掌を、ヒメカに向かって差し出して、その上に、
水の球を生み出してみせる。
ヒメカがそれを見て、息を飲んだ。
「……こうやって、水を、自由に出すことができたりする、
って────自分は、普通の人間じゃないんだ、って」
ああ、さっき、精神集中で、無理矢理、心臓の鼓動を
落ち着かせたのに。
いざ、ヒメカに、自分の正体を告白するとなったら、
また、ドキドキしてきた………!
怖い。
怖いなあ────ヒメカに嫌われて、
拒絶されるかもしれないのが、怖い。
それでも、言わなくては。
ヒメカのことが、好きだから。
ひとつ、静かに息を吸って、ヒメカの目を見つめて。
私は、真実を口にした。
「わ、私……私はね、ヒメカ─────〈水〉の神、
〈邪神〉クトゥルフの分霊……その転生体なんだ────」
〈旧支配者〉、〈水〉の〈邪神〉、
クトゥルフの名を耳にして、ヒメカは、その目を大きく瞠る。
……………やっぱり、知ってたかあ─────────。
ヒメカの反応に、いっそう、私の胸の内が、暗くなった。
「そう─────それで、あゆちゃん、どうして昨晩、
水着で空を飛んでたの? どこへ行ったの? わたしと
電話し終わったあとだよね、これ?」
んん? あれ? なんか、冷静に詰められてる?
怯えや、警戒して身構えられるかも、と思っていたのに、
そんな気配はない。
どっちかというと、まるで、内緒で出かけて
置いてけぼりされたのを、怒っているような雰囲気だ。
「え、えっとね、私の本体と交信するために、
海に行ったんだ。だから、水着なの」
「ああ、そういう………それで? 〈邪神〉クトゥルフとは、
どういう話をしたの?」
淡々と詰めてくる!?
やだ……このヒメカ、別の意味で、ちょっと怖い────!
「その、『今の地球人類には、手出ししないで』って、
お願いをした。なんやかやあったけど、クトゥルフ本体は、
まだしばらくは地球に手を出さない、干渉しない、って言ってくれたよ」
いざ口に出してみると、軽い会話だよな~。
─────無論、あの一連の会話のあとの、本体との
秘め事は、絶対に言えない。
“隠しごとはしない”って言われて、
“嘘をついたり、ごまかしたくない”って思ったばっかりだけども。
この流れでは、さすがに、言えないわ……!
いや、どの流れでも、言えないカンジだけど!
「……それは、本当に信用できる話なの?」
私がひとり罪悪感に苛まれていると、ヒメカが、
疑わしげに確認してくる。
まあ、当然だ。
〈邪神〉が、ちょっと話をした程度で、そんな簡単に
引き下がるとは思えないだろう。
でも実際、ビックリするくらい、あっさりと
引き下がったんだけどね、〈邪神〉。
その理由が、『もーちょっと眠っときたい』、っていうんだから、さらにビックリ話だ。
これも、ヒメカには、話せないなあ………。
なので、具体的なことは説明せず、ヒメカにうなずいてみせる。
「信用できるよ。だって、向こうは、私自身でもあるから」
「──────────そっか。それじゃあ、
あゆちゃんを、信じるね」
「……! ヒメカ、信じてくれるの? 〈邪神〉とか、
転生の話だとか……わ、私の、オタクな妄想かもしれないよ?」
自分で言ってても、突飛な内容の連続なので、つい、
そんな試すようなことを口にしてしまった。
「信じるよ。わたしの、大好きなひとの言葉だもの」
「ヒメカ────」
ためらいのないヒメカの答えに、思わず、胸が熱くなってしまう。
これ以上深く追求せず、私を信じてくれる、というのだ……!
はぁ~好き! 大好き! このままここで、ヒメカを
抱きしめて、アレコレしてしまいたい!
「それにね、そう言われれば、納得できるの。あゆちゃんからは、
魔力をまったく感じないのに、〈空中飛行〉の魔法とか、
〈不可視〉の魔法を操ってるから……」
あっ、そうか、私には、常時発動の〈魔力隠蔽〉の
魔法が掛かってるんだっけか。
私は念じただけでフツーに空を飛んだりしちゃってるけど、
魔力ありきの〈力〉なんだよなあ、通常は。
〈魔女〉であるヒメカからすれば、魔力を感じられない人間が、
〈空中飛行〉と〈不可視〉の魔法を使ってるのは、ありえないことだったのだろう。
ン……と、そこで、思いついた。
ヒメカ自身のことを、改めて、問い質しておくべきであろうと。
ヒメカが海外に十年間行ってた先が〈魔女〉の都・プラハであることと、
簡単な動作で〈人避け〉の結界魔法を行使できることから、
私の中ではもうほとんど確定してしまっていたけれど。
『〈空中飛行〉と〈不可視〉の魔法』という単語を、
スルッと話してきたことや、〈邪神〉クトゥルフとはなんなのか、
疑問に思わないことなどには、尋ねておくのが自然だろう。
何も知らない体で、ヒメカが魔法のことに
言及している件について、私が疑問を口にするのは、茶番そのものだ。
だけどまあ、仕方ない。
棒読みにならない程度に、訊いてみる演技をば。
「ヒ、ヒメカは、どうやって、その写真を撮ったの?
それに、魔法のこととか、どうして知ってるの────?」
私に問われたヒメカは、一瞬、虚を突かれたような顔を
したあと、唇を、強く引き結んだ。
それから、口を開く。
「………あゆちゃん、ごめんなさい。わたしね────
わたしも、あゆちゃんに、内緒にしてたことがあるの」
そう言うと、ヒメカは、胸の前で、祈るような格好で
両手を組み、目を閉じた。
次の瞬間、ヒメカの全身が、青白い光で包まれる。
その眩しさに、一瞬、目をそらすが、光は、すぐに止んでいた。
視線を戻したそこには──────天使が。
いや、天使度の増した、ヒメカの姿があった。
両肩と脇の肌を晒した、胸からお尻までの
ボディラインがくっきり浮き出る、銀色のワンピース。
二の腕から手首までは、同じく銀色のアームカバーで
覆われていて、スカート膝下から覗く両足も、
銀地のストッキングに包まれている。
正面からは、はっきり見えないけれど、どうやら背中の
肌も露出しているらしく、その背から、
二枚の小さな白い翼が生えていた。
そして、ヒメカの右手には、ヒメカの身長ほどある、
先端に宝玉の施された、金属製の杖が携えられている。
『ヒメカは天使、天使、マジ天使!』
……などと常に心の中で連呼していたけれど、
その姿は、まさしく天使そのもの。
天使が、いや、ヒメカが、顔を真っ赤にして、
意を決したような表情で、言った。
「あゆちゃん、わ、わたし─────わたし、
実は、この街を守る、〈魔法少女〉なの………!」
な、なんですってー!?日明香ちゃんが〈魔法少女〉~!?(わざとらしくに)




