ゲーセンと兄妹(後編)
ホントにお久しぶりです
最寄り駅から電車を乗り継ぎ徒歩5分、我らの遊び場ゲームセンター吉野。ここらのゲーセンだと一番でかくて中身も揃ってる、特に格ゲーと音ゲーに関しては県内最大級と言っても過言ではないだろう。ちなみに俺と鶫は中2の頃から通っている。
「で、来たは良いけど何すんのさ」
「……それ聞く必要あるか?」
聞くと鶫はニヤッと笑い、答えた。
「まあ、それもそうだよな」
そう俺らがここに来てすることは中学の頃からただ一つ。
「「ランダム3本先取で勝負な」だ!」
そう、さっきも言ったがここ吉野は大抵の筐体が揃っているゆえなんでもできる。と言ってもたいてい格ゲー音ゲーたまにメダルゲームくらいだが。ちなみに今のところは324勝298敗15引き分け、勝ち越している。ちなみに買った方は負けた方に命令、と言ってもジュースおごるレベルのだが。
「それにしてもここに来るのも久しぶりだね〜、1ヶ月ぶりくらい?」
「少なくとも2年に上がってからなら初めてだからそんくらいじゃねえの?」
「昔はほぼ毎日来てたのにね〜。そういやあの頃のハンドルネームは……」
「言うなあれは黒歴史だ。もう変えてんだから良いだろ」
そうあれは高1のとき、俺は花に無視されたショックで軽め?の中二病を患い、全体的に痛くなっていたのだ。具体的にはよくわからんヘアバンドをつけたり意味もわからんまま洋楽を聞いてたり、太宰読んだりeto……とにかく思い出したくもない、というか妹に無視されて中二病勃発って我ながらメンタル弱すぎるだろ。
「僕はあれ割と好きだったんだけどな〜、確か✞漆黒の――」
「帰る」
「悪かったって、もう言わないから!ほら3本勝負するぞ、最初は千春が決めていいから!」
「そうか?じゃあまずは……」
そう言って店内を軽く見渡す。自分の得意ゲームでも良いんだが流石に初手で持ってくのはどうかと思い、実力がほぼトントンなのから選ぶことにした。
「じゃあ太鼓で、文句ある?」
太鼓というのは【和太鼓の鉄人】のこと、いわゆる音ゲーの一種だ。
「無いよ〜ん。にしても意外だね、てっきりハナから差つけに来ると思ったのに、もしかして得意ジャンルで負けるのが怖いとか?」
「ほざけ、お前なんかこれで十分なんだよ」
「負け越してるくせによく言うよ」
「は?なに言ってんだお前俺が勝ち越してるぞ」
「全体ではね、太鼓では僕が勝ち越してるよ」
「そうだったか?まあ安心しろ、すぐに抜き返してやるよ」
「燃えてるね〜じゃあ早速始めよっか」
選曲順は公正なるじゃんけんの結果鶫→俺→鶫になった。この勝負、見た目以上に選曲が大事だ。まず俺にも鶫にも得手不得手があるわけで、そもそもそれ以前に知らない曲とかを出されると勝ち目はない。というわけで俺らは予め選んである曲から選ぶ感じになっている。だからといってその中にも当然得意曲、苦手曲とあるわけでここで負けたのはそこそこ痛い。
「何にしようかな〜、千春連打得意だっけ」
「さあな」
「まあ知ってるんだけどね」
「だろうな」
ちなみに俺は連打苦手である、どのくらい苦手かというとマイバチでハウスバチの鶫に負ける程度には苦手だ。逆に鶫は細かい曲や遅い曲が苦手、ついでに精度も微妙。
「まあいつものにするか、覚悟しろよな」
鶫が選んだのは曲の半分近くが連打と風船で埋められている曲、通称【腕殺し】。まあ普通1曲目に選ぶ物ではない。
「やっぱりいきなりかよ、できれば最後に持って来てほしいんだが」
「だって次千春が選ぶの絶対精度重視のじゃん、となったらいっそ腕ぶっ壊しちゃおっかなって」
「何笑顔でおっかないこと言ってんだよ」
「ふっふ〜ん、これも作戦のうちと言ったやつですよ、ていうかもっと筋力つければいいのに」
「ゲームのために筋トレするってのもなあ、つーかあれを何回も連続でできるお前が異常なだけだ」
「そう?まあ仮にも運動部ですから、これくらいできないと話にならんよ」
「これまじで疲れるんだよな〜」
はぁ、とため息を付きつつも準備を終える。
「そんなにきついんだったら難易度下げても良いんだぜ?」
「ぬかせ、こんくらい余裕だボケ」
「にゃは、そのセリフあとで後悔すんなよな」
そう言って鶫は太鼓を叩いてゲームを始めた。
最初こそ精度で勝っている俺のほうが勝っていたもののジリジリと腕が疲れていくき、次第に追いつかれそうになる。この曲の恐ろしいのは連打数やスピードではない、最も恐ろしいのは休憩地点がないことである。つまりどういうことかというと、体力で負けている千春は圧倒的不利ということである。
「……よし、これは勝ったろ!」
鶫が勝ち誇っている真横で千春は息を切らしている。これこそが千春が鶫に太鼓で負け越している理由、圧倒的体力不足である。
「やっぱり勝ってる、って相変わらずの疲れようだね、大丈夫かい?水いる?」
「……もらっとく、サンキュ」
そう言って鶫から受け取った水を飲む正直癪に障るが背に腹は代えられない。
「にしてもまだ1曲めなのに疲れすぎでしょ、次は千春が選ぶ晩だぞ」
「わぁってるよ、ちょっと待て」
そう答えてすぐに選曲画面に移る。そこそこ疲れてるしあんまり激しくないやつにするか。
「じゃあ適当に――これでいいか」
結局千春が選んだのはスローテンポの曲。ぶっちゃけ今連打とかムリゲーだし。
「さっさと始めんぞ、正直限界が近いんでな」
「……これここ適当にやっても次連打系やっちゃえば勝ち確なのでは?」
「おい、それはゲーマーとしてどうなのか?」
「まあ冗談だよ、ていうか君3曲目行く体力なさそうだし」
「それはお前の選曲のせいだろ」
「それを含めて作戦だよん」
「うっっっざ」
「まあまあ、始まるぞ」
何とか2曲目は勝ったがその後無事体力が尽き、1勝2敗で鶫の勝ちとなった。
「やりぃ!とりあえずこれで1勝もぎ取ったぜ」
鶫は思わず『どやぁぁ』とでも聞こえてきそうな表情で見てくる。
「そのどや顔腹立つからやめてくんない?ぶん殴りたくなる」
「ひどいな!僕のこのキュートでプリティーな顔を殴るだなんて!」
「俺にとって花以外全員おんなじだよ」
「そうだったよこのシスコンめ!」
「だから俺はシスコンじゃねえ!」
「何回目だよこのやり取り!てか何気ひっどいな!」
「さすがに半分冗談だよ。ブスと美人の区別くらいつくっつーの」
「じゃあ僕はどっちだい?」
「ブス」
「即答かよ!」
「噓」
「ウソかよ!」
「つーかわかって言ってんだろ、お前は美人だろ客観的に見て」
「君は人を素直にほめると死ぬ病にでも罹っているのか?」
「酷い言いようだな」
「別に事実だろ、お前が人の――いや、花ちゃん以外を1回でほめてるのを見たことがない、ひねくれすぎだろ」
「うっさいうっさい、俺はいいんだよこれで」
「そんなんだから友達がいないんだよ」
「だから俺は友達がいないんじゃなくてつくらないんだよ。はいこの話は終わり!次行くぞ」
「話の終わらせ方が唐突すぎる!」
その後は格ゲー、マ〇カーと続き、最終的には1勝2敗、敗北である。
「勝った!やったぜ、これで勝ち越したんじゃないの?」
ケータイのメモを見ながら答える。
「いやまだだな、今回でお前は299勝324敗15引き分け、つまりまだ俺が勝っている」
「いやなにメモってんだよキモ!」
「こうでもしないとお前すぐ踏み倒すだろ」
「そうですね!だが今回は僕の勝ちだから!さて何をしてもらおっかな~」
「してもらうって、大したことできねーぞ、今絶賛金欠中だし」
「別にいつもどおりジュース奢りでもいいんだけど、どうしよっかな~」
「早くしろ、こちとら疲れてんだよ」
「じゃあ花ちゃんに……」
「却下」
「早くない!?まだ言い終わってないし!」
「花を巻き込んでる時点で却下だ。それ以外」
「ブーブー、じゃあいつもどおりジュースでいいよ」
そう言いながら自動販売機まで歩みを進めた。
「はいはい……ってちょい待って」
「なんだよ、小銭きれたか?」
「そうじゃねえよ、お前ってクレーンゲーム得意だっけ」
「苦手ではないが専門外だね、それがどうかした?」
「ならいいわ、悪いけどこれで飲み物買っといてくれ。事情が変わった」
そう言って俺は鶫に200円を投げ渡す。
「了解、じゃあついでに5.6分ぶらぶらしてくるからその間に決めとけよ」
「ホント助かる、俺の分はいらないからな」
そう言って鶫は自動販売機の方へ歩いて行った。
さて俺が見つけたのは“もちねこ”のクッションだ。なぜかというと“もちねこ”は花が好きなシリーズだからだ。ちなみに数年前に俺が花にプレゼントした猫のぬいぐるみもこのシリーズである。
「これプライズ品あったのか」
俺は迷わず500円玉を突っ込む。これはただ花が好きだからというだけでなく、電話で花のことを怒らせてしまったぽいためお土産に持っていこうという作戦である。
名づけて『もちねこ大作戦』、決行である。まずは小手調べに1回まともにとってみる、がやはり滑り落ちてしまい取れなかった。だがこれは想定内、実際の勝負はここからである。
そう意気込んでみたものの、やはりクレーンゲームは専門外、そううまくとれるはずもなく、気づけば500円玉も3枚目となっていた。
「やっぱそう簡単には取れないわな、がそろそろ来るはずだ」
そう言いながらプレイした3回目、ついに望んでいたものがやってきた。
そう、俺が待っていたのは確立である。素人の俺にタグ引っかけなどのテクニックを使うスキルはないので地味で非効率的だがこれが一番確実なのである。さらに今まで地道に落とし口に寄せていったのでしっかり持ち上がればたとえすぐに落ちたとしても
「取れるってわけさ」
こうして俺の『もちねこ大作戦』は半分以上成功した。あとは家に帰って花に渡すだけだ。
時間は少し巻き戻り、千春と鶫がゲーセンについたところから始まる。その時花と日葵は…………道に迷っていた。
「どうしよう日葵、ここどこ?」
「知らないよ!だって花が「ばれないように電車を1本遅らせて行こう」って言うから」
「それは本当にごめん、とりあえず兄貴はいつも“吉野”っていうゲームセンターに行ってるから、検索して道を調べよう」
「むしろ今まで調べてなかったことことに驚きだよ、知ってるもんだと……」
「前に1回言ったからわかると思ってたよ。あ、出た、とりあえず駅まで戻ってからだね」
「まさかの逆走かよ、しょうがないな~」
そうして2人が吉野につくのはこの10分後となる。
「やっと着いた……とりあえず兄貴探そっか」
「そうだね……ってあそこにいるのそうじゃない
?」
そこにいたのは千春と鶫だった、ちなみに状況はちょうど3連戦の最終勝負、格ゲーの真っ最中である。
「結構集中してるね~。って花、それどういう感情よ」
「え?いや~楽しそうだなって思って、あんなに真剣な兄貴久々に見る」
「そういうセリフってもっとスポーツとかで言うんじゃないの?」
「いや兄貴運動嫌いだし、それにたとえゲームだろうとなんだろうと、兄貴の真剣な姿はかっこいいよ」
「え?花今なんて言った?」
「だからどんな形であれ真剣な姿は……」
「やっぱり彼女みたい」
「違う!今のはそういう意味を込めたんじゃないの!いつも家では雑だからその差があって!」
「つまりそのギャップがかっこいいと」
「だからそれは言葉のあやっていうか、つい出ちゃっただけっていうか……」
「花ストップ、これ以上言ってもぼろが出るだけだぞ」
「そんなことないもん!本気に思ってるわけじゃないから!」
「じゃあこの録音千春に聞かせてもいい?」
「「え?」」
そこにいたのはケータイのカメラを構えて立っている鶫だった。
「やっほ~、みんなのアイドル鶫ちゃんだよん」
「なんで……ていうかいつからばれてたんですか?」
「気になったのは格ゲーの時かな、って言うかあんなに大きな声で話してたらいくら回りがうるさいとはいえ気づくっての」
「っていうことは兄貴にももうばれて……」
「それに関しては大丈夫だよ。あいつ感鈍いし、何よりゲームに集中しちゃって回り見えてないからね」
「ならよかった……あの鶫さん、このこと兄貴に黙っててくれますか?」
「それはいいんだけどさ、君やっぱり千春のこと好きなの?」
「は?ちちちち違いマス‼‼好きだなんてそんな、実の兄貴ですよ!なんでいきなりそんなことを」
鶫はその言葉を聞くとケータイをいじり、音声を流す
『兄貴の真剣な姿はかっこいいよ。兄貴の真剣な姿はかっこいいよ。兄貴の……』
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
花は恥ずかしさからか顔を完全に赤らめてしゃがみ込む。
「だって好きでもない人にこんなこと言う?」
「好きとかそんなそんな恋愛感情だなんて……起きるわけ……ないじゃないですか」
「それにしちゃやけにはっきりしないね、まあこれ以上部外者が首突っ込む話題でもないか、さすがの僕でもそこらへんはわかるよ。ただそれ以前にストーキングはどうかと思うよ」
「それはすみません……」
「まったく、もうしないでね……って隣の君はどうしたの?さっきからじっとこっちを見ちゃって」
「え?」
隣の日葵を見ると確かに黙って鶫さんのことを見ている。
「日葵どうしたの?まさかだけど……」
「可愛い」
「ん?君今なんて?」
「鶫さん、今彼氏いますか?」
「い、今はいないけど……」
「では彼女は?」
「いるわけないでしょうが!さっきからなんなのさ!」
「ウチと付き合ってください‼‼」
え?急に何言っちゃってんのさ⁉」
動揺する鶫を前に、日葵は話し続ける。
「一目ぼれです、遠目ではわかりませんでしたが顔もドストライクでボーイッシュの八重歯、それでさらにボクっ子!最高です付き合ってくだ痛ア!」
花は熱弁を続けようとする日葵の脳天にチョップを食らわせた。
「すいません鶫さん!こいつ可愛い人を見つけるとすぐこうなるんです」
「失敬な!確かに嘘ではないが鶫さん、いや鶫様は最高だ!ウチの性癖丸ごとセットみたいな方やで!」
「日葵ストップ方言出てる!」
「え~と、僕はどうすればいいの?」
「ウチと付き合ってください!なんなら下僕でもいいです!」
「無視してください!」
鶫は少し考えると日葵に近づいた。
「さすがにいきなり付き合うのはちょっと無理かな~」
「撃沈!」
「けどまあ花ちゃんの友達ならいい子だろうし友達からならいいよ~」
「本当ですか?」
「ホントホント、今ケータイ持ってる?連絡先交換しよ~」
「ありがとうございます鶫様!」
「その鶫様ってのやめてよ、なんかこっぱずかしいからさ」
「では何と呼べば……」
「う~ん、好きなように呼んでくれてかまわないんだけど、じゃあ『鶫さん』で」
「わかりました、鶫さん!」
「これからよろしくね、日葵ちゃん」
「ゴフッ!」
「今のは何⁉」
「たぶん『日葵ちゃん』呼びだと思いますよ」
「面白い子だね、じゃあ僕は千春のところに戻るわ、じゃね~」
鶫が去った後、日葵が花に語り掛けた。
「花?」
「どしたの」
「ウチ、鶫さんに命捧げることに決めたわ」
「そうか」
「ところで花、お兄さんのことどう思ってんの?」
「ひ、日葵までそれ言うの?」
「ごめん、でも気になっちゃって」
「そんなの……」
「え?」
「そんなの、私だってわからないよ」
そして現在に戻る。
「お、どうやらとれたみたいだね、よかったよかった」
「まあな、ていうかお前なんでそんなにうれしそうなんだよ、100円でも拾ったか?」
「見方によっちゃそんなものよりいいことあったもんね」
鶫は笑いながら答える。
「そうかそうか、それで何があったんだよ」
「秘密でーす」
「なら最初から言うんじゃねーよ、気になるだろうが」
「そういう約束なもんでね、まあいいじゃないか」
「あっそ、じゃあもういい時間だしそろそろ帰るか」
「う~ん、帰ってもいいんだけどせっかく来たんだしもう少しゆっくりしてこうぜ」
「こんなとこいつでも来れるだろうが」
(今帰ると花ちゃん日葵ちゃんコンビに鉢合わせちゃうかもしれないからね)
「実際今日は久々に来たわけだしさ、10分でいいから、な?」
「まあいいけどよ、特にすることねえだろ」
「じゃあアイス食おう、それで10分になる!さあレッツゴ~」
「やっぱ今日のお前テンションおかしいぞ?」
「ただいま~悪い花、遅くなった」
「……おかえり、まだご飯できてないから先にお風呂入って」
言い方に違和感を感じる。やはり怒らせてしまったか。
「おう、その、遅くなってごめんな、やっぱ怒ってるか?」
「別に怒ってなんかないよそれよりもお風呂入ってきて」
「わ、わかったよ」
風呂から出ると花は夕飯の支度をしていた。
「なんか手伝うことあるか?」
「ないよ、気にしないで座ってて」
やはりなにか違和感を感じる、しかし言い方も普通だし表情もおかしなところはない。
「お、おう。わかったよ」
「「いただきます」」
「これ旨いな、やっぱり流石だ」
「ありがと、だったら私のも1個あげよっか?」
「気にすんな、食えないんだったらいいけどそうじゃないなら大丈夫だよ」
何気ない会話、何ならいつもより続いているかもしれない。だがなんだこの違和感は。その正体は一体なんなんだ?
「ごちそうさまでした」
「花、ちょっと渡したいものがあるんだけどいいか?」
「ありがと、けどちょっと宿題を終わらせたいからあとででいい?」
「花」
「……何」
「大丈夫か?」
「何のこと?」
「だってさっきから」
そうさっきから感じていた違和感、思い返せば1年前もそうだった。
「さっきから俺と目を合わせてくれないじゃないか」
「……!」
どうやら自覚があったようだ、よかったというかなんというか。
「俺がまたなんかしちまったのか?今日帰りにゲーセン寄ったからか?それともまた気づかないうちになにかしちまったのか、だったらごめ」
「なんでもない!」
花は大きな声を出して俺の言葉を止めた、そして少し沈黙して、言葉を発する。
「ごめん、何でもないから、ちょっと疲れてるだけだからさ」
疲れてるだけ、確かにそうかもしれない、実際ここ数週間で仕事は数倍に膨れ上がったし、慣れない高校生活ということもあり精神的、肉体的両方の意味で疲弊してるだろう。だが。万が一、億が一なにかあったのなら、俺は一生後悔することは確かだ。
「花、本当に疲れているだけなのか?」
「だからそうだって!」
「お前がそういうなら、これ以上聞いてほしくないのならば俺はもう詮索しない。だけどもし何か、何かがあるんだったら言ってくれな、兄妹なんだから」
「ありがと、大丈夫だから、ごめんね」
そういって花は部屋へと戻っていった。
「あの野郎……悪くない奴は謝らなくていいって言ったばっかじゃねえかよ……」
俺はどういう感情でいればいいのだろう。自分のふがいなさに嘆くべきなのか、花の理解者になれなかった、いや、なれた気になっていた自分に怒るべきか、それとも最後まで教えてくれなかった花に落胆するべきなのか俺にはわからなかった。
ただ一つだけ言えることは、この感情、そして事態は確実に、そして着実に悪いものだということだ。
とにかく明日だ、明日花と話し合おう。この話し合いは俺のためでなく、花のためだ。あいつと目を合わせるためじゃなくて、あいつが目を合わせられるようにするための会話をしよう。そう思いながら俺は食器を片づけた。
そしてこの日を最後に2人が会話することは無くなった。