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1.両親からのお手紙

 これを読んでいる皆さんが今暮らしている町から、はてしなく離れたどこかに魔女見習いのヘカッテは暮らしています。

 そこは朝よりも夜が尊ばれる世界。美しい月が照らす迷宮は、神秘的ながらも迷い込んだ外の者達をそのまま死の世界へと誘うような不気味さもありました。

 不気味ながらも迷宮は、さまざまな世界へと通じています。妖精たちの国があれば、死者の国もあり、悪魔の国もあれば、魔物たちの国もある。当然ながら人間の国もありましたが、皆さんが知っているようなどの民族とも違う暮らしをしています。


 ここまで聞くと、なんて恐ろしい場所なのだろうと思われる方もいるでしょう。

 しかし、ヘカッテにとってこの場所は、親しみ深い第二の故郷でもありました。彼女が暮らしている辺境は実にのどかで、共に暮らしている黒猫のぬいぐるみカロンも、歌う花メンテも、非常に穏やかな性格だったので、ヘカッテは実に平穏な日々を送っていました。

 おかげで、彼女の頭にあるのは立派な魔女になるためのあれこればかり。四六時中、難しい魔法の事ばかりを考えて過ごす日もあったくらいです。

 けれどやっぱり甘えたい盛りの少女でもありましたので、離れて暮らす両親が恋しくなることもありました。


 でも、ご安心を。ヘカッテが寂しくなる頃には必ず、ヘカッテの家の近くにある妖精の国ランプラの郵便局より、配達員の妖精であるモルモとラミィが両親からのお手紙を運んできてくれるのです。

 きれいなカゲロウのはねで飛びながら、モルモとラミィは二人一緒に元気よくヘカッテを訪ねます。そんな二人の訪問を、ヘカッテは楽しみにしていました。

 もちろん、カロンとメンテがいるから普段も寂しくはありません。しかし、ランプラからやってくる賑やかな妖精の姉妹は、ヘカッテたちの日々を明るく盛り上げてくれるのです。

 それに、両親からのお手紙はヘカッテにとっていつだって楽しみなものでした。そして、その手紙をヘカッテが読むことを、カロンもメンテも、モルモもラミィも楽しみにしていたのです。


 さて、今日も、ヘカッテにはお手紙が届いていました。届けたのはもちろん、モルモとラミィです。


「じゃあ、読むよ」


 ヘカッテが元気よく言うと、モルモとラミィはわくわくしながらカゲロウのはねを揺らしました。ぬいぐるみのカロンも、鳥かごの中でうっすらと輝いているメンテも、ヘカッテを見守っています。

 そんな中で、ヘカッテはお手紙を広げました。



私たちの大切なヘカッテへ


 お変わりはありませんか。私たちの故郷では、ちょうど七日ほど前にお祭りがありました。昔から伝わる小鬼のお祭りです。ヘカッテも昔は故郷のお友達と一緒に地域を回って、お菓子をたくさんもらっていましたね。同じように地域を回っている子たちの姿を見て、あの日の事をふと思い出しました。

 さて、迷宮でも色々なお祭りがあるはずですが、ヘカッテはちゃんと参加していますか。興味がないお祭りであっても、行ってみると色々な出会いがあったり、良い刺激となったりするものなので、暇と元気があるならなるべく参加してみなさいね。

 さて、ヘカッテ。

 今回もまた私たちからあなたに贈る言葉があります。

「決まりごとよりも良心を信じなさい」

 私たちは魔法という不思議な力で色々な事を知ることが出来ますが、ヘカッテがいまどうしているのかを、自由自在に見学することは出来ません。けれど、あなたが一生懸命綴るお手紙があれば、この先もきっとあなたを守る良い言葉が導き出せるはずです。

 お告げで受け取ったこの言葉もきっと、あなたが困難に直面したときの鍵となることでしょう。

 けれど、ヘカッテ。

 決して無理をしてはいけませんよ。

 向こう見ずと勇気は違うものですし、命があってこそ明日以降訪れるかもしれないあらゆる希望はあなたのものとなるのです。

 そのことを忘れずに、これからも頑張ってくださいね。成功を祈っています。


あなたの両親より



 手紙を読み終えると、ヘカッテはふと故郷の事を思い出してしんみりとしてしまいました。綴られていたお祭りのことはもちろん覚えています。仲のいいお友達と小鬼のお面をかぶり、おいしくて可愛いお菓子をもらって食べたあの日の事が昨日の事のようでした。

 けれど、彼らの事が恋しくなるより先に、モルモとラミィが口を開きました。


「決まり事よりも良心……?」

「どっちかを選ばなきゃならない時があるのかしら」


 不思議そうにそう言って、モルモとラミィは顔を見合わせました。

 カロンもまたうんと考えながら、わたのつまった尻尾をぶんぶん揺らしています。悩みながら彼は言いました。


「その時が来ないことには分からないね。だが、ヘカッテ。ご両親はお祭りには参加した方がいいと言っていたね。それならちょうどいい。昨日、図書館で聞いた話なんだが、明後日の夕べ頃から『ながめの丘』で流星群が見られるらしくてね」


 カロンがそう言った途端、モルモとラミィはカゲロウのはねを広げました。


「あー、そうそう!」

「その話をしようと思っていたの!」

「あのね、ヘカッテ。明後日はちょっとしたお祭りがあるの。カロンが言った通り、『ながめの丘』で、皆で星を見ようって。ランプラ国の妖精はもちろん、亡霊に、小鬼たちに……とにかく色々集まるんだから!」

「だから、ヘカッテもよかったら一緒に行こうって誘うつもりだったの」


 口々に言うモルモとラミィに圧されつつ、ヘカッテは目を輝かせました。


「流星群……流れ星かぁ。私、流れ星ってみたことない」


 ヘカッテの言葉にモルモとラミィはぴんとはねを広げます。


「えー、そうなの?」

「じゃあ、絶対行かないと。見た方がいいよ。立派な魔女になりたいならさ、星にお願いするといいかも!」

「明後日のお仕事が終わったら、あたし達が迎えに来てあげる。だから、一緒に行こう!」


 二人の誘いにヘカッテは嬉しくなりました。しかし、すぐに迷い始めてしまいました。いつも星の綺麗な時間には、迷宮の探索や魔法の勉強をすることにしていたからです。迷宮の探索はメンテのご飯とヘカッテの魔力の元となる月のしずく集めに必要でしたし、立派な魔女になるためには勉強だって必要です。

 流れ星は見てみたいけれど、どうしたらいいだろう。

 返事を迷っているヘカッテに、歌う花メンテが声をかけました。メンテの声は言葉ではなく音。竪琴のような綺麗な音でヘカッテに話しかけるのです。ヘカッテはその言葉がちゃんと分かっていました。


「メンテは何と言ったのかな?」


 カロンが問いかけると、ヘカッテは答えました。


「『たまには息抜きも必要』だって」


 すると、カロンもまた腕を組みながら頷きました。


「私もメンテの意見に賛成だ。月のしずく集めの前に星を見て行くのもいいんじゃないかな。お手紙にもあったね。お祭りなど人が集まるイベントには参加した方がいい。この付近の空気を感じ、人々と楽しい時間を過ごすこともまた、良い魔女になるための勉強になるのだよ」

「そうなの?」


 ヘカッテが訊ねると、カロンはしっぽを揺らしながら答えました。


「図書館の本にそう書いてあった」


 何にせよ、ヘカッテにとっては背中を押してくれるありがたい意見でもありました。メンテもカロンも、そして図書館の本までもそう言うのならば、迷う理由もありません。


「じゃあ、決まりね?」

「絶対楽しいから期待して待っていてね!」


 モルモとラミィに言われるままに、ヘカッテは頷きました。

 やや強引な気もしましたが、流れ星を見てみたいのは本当です。それにカロンの言う通り、迷宮の人たちとちょっと仲良くなれるかも知れないと思うと、迷いや後ろめたさもすっかりなくなりました。


 ──お祭りなんて久しぶりだな。


 密かにわくわくするヘカッテの心を悟ってか、鳥かごの中でメンテもまた楽しそうに歌いました。

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