短編「うちの娘が、第三王子に嫁ぐらしい」
「商務府王領部次席政務官、ノイム男爵グレン、御前に!」
「単刀直入で相済まぬ、ノイム男爵。……男爵の娘ファルシアナ嬢を、我が息子ランデルの婚約者としたい」
「……は!?」
国王陛下より直接お言葉を賜る栄誉に浴していた私だが、意味がまるっきり頭に入ってこない。
私の眼前には先ほどと変わらず国王陛下の笑顔が揺れているが……いや、揺れているのは私の方か。
いつも通りに登城後、書類仕事に追われていたはずが、何故か侍従長が国王陛下の召喚命令を告げに来たあたりから、雲行きが怪しかった。
現在のところ、商務府王領部の預かる仕事に大きな問題はなく、新たな商路や産品についての御下問かと身構えていたのだが……。
普段使われる陛下の執務室ではなく、奥向きの、それも等級で言えば確実に最上級に近い応接室への案内に、胃の調子がおかしくなっていったことを自覚している。
「い、いえ、大変失礼いたしました、陛下!」
「よい。男爵の驚愕は、予想しておった」
「は、はい……」
失礼を承知で額の汗を拭う。
だが何故、第三王子ランデル殿下とうちの娘が婚約するのだ?
我が家はどこにでもあるような男爵家、王家と縁づくような名家には程遠く、私自身も王政府の一官僚でしかない。
娘は世界一かわいいと思うが、それが親馬鹿でしかないことは自覚していた。
ふむと頷いた国王陛下が、焼き菓子に手を伸ばされる。
「ランデルをここに」
「はっ、直ちに」
侍従長が退出し、その場には陛下と私だけが残された。
……ああ、胃が痛い。
▽▽▽
私は領地を持たない官位貴族ノイム男爵家の長男に生まれ、王立学院を上の下あたりの成績で卒業後、王政府に奉職した。
現在は父より爵位を受け継ぎ、商務府王領部の次席政務官として日々を過ごしている。
最近では、王領の再編成に伴う開発を主導したことを評価されており、実直な職務態度は周囲からの信頼も厚かった。
自画自賛しているわけではない。
数年前、王政府の重鎮と知られた商務卿が年齢を理由に引退して人事の大異動が行われた際、上司に自分の人事評価書類を見せられたのだ。
家内も円満で、親族に紹介されて結婚した妻との間には、二男一女を得ている。
長男と次男は成人し、それぞれ貴族院の書記官補佐と、王都東衛兵隊の経理主任となっていた。
末娘はまだ王立学院の生徒で、ひとり立ちには早いが、成績優秀と聞いている。
それぞれに愛すべき我が子たちであり、その努力や思いが実を結ぶようにと、願わずにいられない。
しかし、しかしである。
小さな男爵家の当主に過ぎない私は、その力の及ぶ範囲以上の幸せは願っていなかった。
殿下と娘の婚約は、名誉ではあれど身に余る。男爵令嬢でしかないファルシアナと第三王子たるランデル殿下では、明らかにつり合いが取れていない。
家格の差はもちろん、財力、権勢、派閥……ノイム男爵家は一応『国王派』、あるいは『王家派』ではあるのだが、王家と好を結んで利権がどうのという力は、全く以て保持していなかった。
せいぜいが、実務官僚を輩出する官位貴族として、たまに思い出される程度だ。
もちろんのこと、その評判は無形の盾として我がノイム家を長年守ってきたのだが……。
それにしてもだ、娘が第三王子殿下の婚約者とは、ノイム家当主としてどう対処したものか?
一度は気分を落ち着けたものの、その事実に本気で誰かに助けを求めたかった。……無論、態度には出さなかったが。
我が国アルシアの王家には、三人の王子がいた。
第一王子タイタス殿下は文治の才を発揮し、既に国政にも参加している。立太子は来年の予定で、国内外から歓迎されていた。
第二王子フェルデ殿下は外交官的な立ち位置で第一王子殿下を補佐、主に国外を飛び回っていたが、少々特殊な状況であると言わざるを得ない。
将来は隣国ジンクの王家に入り婿し、国王として即位することが公表されている。
我が国と隣国ジンクは、国力に大きな差がなかった。
最大の外敵は北の大帝国だが、どちらかが滅んでは共倒れ必至と、建国以来の強固な同盟で結ばれている。
それが故に関係も良好で――良好にせざるを得ず、両国は『中原の兄弟国』と称されていた。
第一、第二王子両殿下の仲も悪くない。
派閥はあるものの、協調策をとっている。
国王陛下の采配も光っていたが、何より、優秀なお二方がそれぞれ国王として即位するわけで、争うよりも利益が大きいのは明白だ。隣国も含め、何処からも文句は出なかった。
翻って第三王子ランデル殿下は、あまり表舞台に出ない王子と世に知られていた。
王立学院卒業後は王国軍に所属、現在は南辺境で一小隊長として魔物討伐の最前線に立っているという。
軍に奉職することで王族としての責務を果たすと同時に、王位には興味ありませんと、態度で示しているわけだ。
聞こえてくる噂は、大嵐に見舞われた村を救っただの、友軍と協力して熊種の魔物を倒しただの、政治色の薄いものばかりで、中央の政とは距離を置いているのだとうかがえた。
派閥もごく小さく子飼の部下は騎士や兵士ばかり、つまりは、自分の身の置き所を心得た人物とも言える。
将来は王弟大公として大領地を任されるが、政治とは距離を置き、王家を内側から支えることが期待されていた。
故にランデル殿下の結婚はタイタス殿下の立太子後、お相手の公表も慎重に時期を見定めてからになるだろうと、風の噂に聞いたことがあった。
……その割に、男爵令嬢が婚約者に指名されるなど、らしくない。
王族なら、同じ王族か、公爵家または侯爵家、あるいは少し下がって特別有力な伯爵家ぐらいまでが、婚姻を結ぶ相手に相応しいし、悪目立ちしなかった。
しかし、私に話を告げたのは国王陛下御本人であり、思惑はあるにしてもほぼ正式な話として通されている。
男爵令嬢を娶ることで、王位から遠ざかる意思をより明確にしたと言えなくもないが、今一つ納得できかねた。
そもそもだ、万が一、娘と恋に落ちた結果の婚約話だとしても、本当に接点が分からなかった。
私自身や家族の交友関係は言うに及ばず、王城や辺境は、学院で寮生活を送るファルシアナにとって、物理的にも政治的にも距離が遠すぎる。……むしろ、ランデル殿下に下賜される予定の王領に商務府の官吏として関わる私が、家族で一番殿下に近いほどだ。
ノイム男爵家とは直接関りがない誰かの推挙という可能性も無くはないだろうが、男爵令嬢を挙げるのがまずおかしかった。
▽▽▽
「突然のお話であることは重々承知していますが、それでも……男爵には直接お会いしたいと思っていました」
しばらくして、ランデル殿下が案内されてきた。
初めてお会いしたが、その笑顔は父陛下によく似ている。
「格好については申し訳ない。私は今、砦で休暇中ということになっているのです」
「ええ、はい……」
殿下は王国軍の士官服に身を包んでいたが、ここは王城の内奥、お忍び扱いなのだろう。
それら事情についてとやかく言える立場にはないので、曖昧に頷いておく。
王政府の一官僚である私には、王族のお忍びなど無関係。
うむ、それでいい。
「失礼いたします」
「ファルシアナ!?」
「ご無沙汰しております、お父様」
「う、うむ……」
殿下に続いて、学院の寮にいるはずのファルシアナが、茶道具を持った侍女とともに入室してきた。
これはいよいよ、逃げ道が封じられたようである。
当人達がやって来たからには、話が早い。……とはならないが、少なくとも、多少の謎ぐらいは解けそうだ。
腹を括ったお陰か、体の調子が多少持ち直してきた。
無論、王家から出た婚約話に、元より選択権などないノイム家である。多少なりとも納得できればまだましかと、私は表情を整えた。
「話の始まりは、この大戯けが口にした一世一代の我が儘なのだが。……ランデル」
国王陛下はランデル殿下に向けて苦笑し、先に言うことがあるだろうと促した。
その空気に身構えた私に対し、ランデル殿下は余裕ある笑みを浮かべ、姿勢を正した。
「ノイム男爵」
「はい、殿下」
「私は来年、国王になります」
「……は?」
私は虚を突かれ、ぽかんとランデル殿下を見たが、殿下の目は真剣そのものだ。
そもそもこの場は、ファルシアナとの結婚に関する話が主題のはずで、前置きにしてはいささか酔狂に過ぎる。
無論、その発言は、冗談ごとで済まされるものではない。
我らの国王陛下が政治家あるいは統治者――国王として優れていることは、それこそ二十数年の官僚生活で私も十分知っていた。
為政者として脂の乗り切った王を盤石の体制が後押ししている現状、我が国は建国以来の隆盛期にあると口にしても反対する者は少ないだろう。
また、当然ながら現在、我が国の次期国王と予定されているのは、立太子を控えた第一王子タイタス殿下である。
特に悪い噂もなく、人品も能力も秀でていると評判だった。私も商務府の官僚として幾度となく面会したことがあり、その通りだと思っている。
第二王子フェルデ殿下も数年のうちに隣国の王家に婿入りし次代の国王となるが、このお方も評判はいい。そのフェルデ殿下を押しのけて隣国の玉座につくとなると、もはや意味が分からなくなる。
最初から入れ替えて送り出せばいいのだから、二度手間な上に、間違いなく大きな混乱が起きるはずだった。
そこまでの無茶を押し通す旨味があるとは思えないし、わが国も隣国も、現状の安定的発展を捨て去るような状況にない。
王弟大公位を拝領される代わりに御即位、下賜予定の大公領が独立という可能性もなくはないが、王国の内側に小さな王国を作る意味はほぼなかった。
「既に国王陛下の……いえ、父上のご許可は頂戴しています」
ランデル殿下の言葉を首肯する国王陛下の表情に変化はなく、少なくとも王位の簒奪や叛乱ではないらしいと、私は胸をなで下ろした。
また、ランデル殿下が国王陛下を父と言い直したことから、公ではなく私の部分が強い内容だと読み取れる。
「末息子だからと甘やかしたつもりはなかったが、こ奴、この我が儘については全く譲らぬのだ……」
国王陛下が茶杯を手に、呆れを漏らされた。
……出来るなら、私も陛下と一緒に呆れたいところだが、そうもいかない。
「それで男爵。ご令嬢を……ファルシアナ殿を、妻に迎えたいのですが、ご許可をいただけないでしょうか?」
なんともまあ、直接的な婚約の申し出だ。
若いなと、しばしその姿を見やる。
国王になるという話の詳細も聞いておきたかったが、まずは娘のことが第一だ。
ちらりとファルシアナを見やれば、私に向けて小さく頷いた。
その顔を見る限り、満更でもないらしい。随分と頬が緩んでいる。
ファルシアナももう十七、適齢期ではあるが、まだ婚約者は決めていなかった。
ノイム家はつい先日結婚した長男が継ぐし、次男の婚約話も進んでいる。末娘になるファルシアナの結婚は、全く焦る必要がなかった。
だからファルシアナにも、次男のように学院で誰かいいお相手でも見つかればと気楽に思っていたし、このまま話を進めても、他家に詫びて回るようなことにはならないのだが……。
「ああ、様々な懸念は、もっともだと思います。ですが、聞いていただきたい」
私が思考の海を泳いでいる間に、返事に焦れたランデル殿下が、自ら札を切ってきた。
丁度いいなと、私も頷く。
この婚約話の根幹だ、最終的には認めざるを得ないとしても、当人が語ってくれるというのならこの上ない。
「確かに、男爵も疑問にお思いでしょうが、男爵家の家格で王家に娘を嫁がせることは、不可能ではないが不都合も多い。……そうですね?」
「はい。畏れ多くも陛下よりお言葉を――婚約の内示を頂戴してなお、私もそのように思います」
王家に嫁ぐ娘が侯爵家以上の上流の家柄にほぼ限られる理由は、その財力や人脈、歴史が、王族の伴侶たるに相応しい教育や権勢を保証するからだ。
男爵家、あるいは更に下がって騎士や平民の出身では、その不足を補えなかった。
妬心で公爵家から攻撃された場合など、対処の方法すら私には思い浮かばない。
「しかしです。家格の差はこの際、問題ではなくなりました。……私の『計画』によって」
「は?」
ランデル殿下は、闊達に笑って右手の指を開いて見せた。
……『計画』というものはよく分からないが、話の流れとして私に知られても良い内容なのだと思いたい。
「まずは一つ。世間には伏せられていますが、先日の魔獣征伐遠征で、私の小隊は被害なく中型火竜の討伐を成し遂げました。この功績は父上に献上済みです」
準備は恐ろしく面倒でしたがと、ランデル殿下の親指が折られ、私は息をのんだ。
国王陛下が、ふうとため息をつかれる。
竜種の討伐は、ほぼ行われることがない。
投入すべき戦力と予想される被害に対し、成果が見合わないからだ。
それをたかだか小隊で――四十人ほどで、損害なしに成し遂げたとなれば、正に英雄である。
中肉中背で優し気な風貌のランデル殿下だが、王族侮りがたしと再確認することになった。
「私はその功績を味方に、父上や兄上らへと『計画』の草案を奏上し、王位継承権の放棄をお認め戴きました。理由が明白かつ、誰憚ることのない内容でしたから、苦笑交じりに励まされましたよ」
突き詰めれば、継承権の認否は王家の私事ですからねと、人差し指が折られる。
第一王子のタイタス殿下が次期国王となることは、大きく内外へと発表されていた。
継承権についても、第三王子たるランデル殿下より隣国に婿入りされる第二王子フェルデ殿下の方が高く、その継承権は両国が協議した結果、保持されたままである。
ランデル殿下の王位継承権放棄は、予備の予備がなくなるだけとも言えるが、先ほど『国王になります』と聞いたばかりで、今一つ不安が拭えない。
「私は計画承認の内諾を頂戴すると、最大の札を切ることにしました。大公領として下賜される予定だった、カシュラム領の返上です」
「……はい?」
ランデル殿下は得意げな表情で、くいっと中指を折った。
功績を上げたから、領地を返上する?
意味が分からない。
東部の王領カシュラムは、私にも馴染のある地域だ。
王弟大公となるランデル殿下への下賜を見越して、小さな王領を十数か所まとめ上げた公爵領級の大領地である。集約の効果は大きく、この十年ほどで産業が発展し、北の大海に面した小さな漁港も立派な貿易港になっていた。
商務府王領部の次席政務官として私自身も開発に関わっていたから、状況はよく知っている。
苦労の連続ではあったが、一つの王領では効果の薄い政策も、十数の周辺地域が同時に行えば、その相乗効果は計り知れない。
また、仕事も責任も丸投げされていたが、それには『ノイム政務官の手腕は知っている。民を蔑ろにしないこと、それさえ守れば好きにしてよいぞ』との言葉がついていた。
持つべきものは話の分かる上役だと、私は思うがまま本気で好き勝手に開発を主導し、半ば代官のまとめ役のような形式で大事業に邁進した結果、カシュラムは大きく発展している。
私の小さな自慢なのだが、それを蹴るのかと、内心でため息をつく。
……いや、理由はあるか。
次期国王と玉座を争えるほどの功績や経済基盤など、王位継承権を放棄した第三王子には必要ない。
だがそれならば、『どこの国の王に?』との疑問も解消されないわけで……。
「そのお陰で、父上より南方の開拓権と資金援助を頂戴することが出来たのですが」
「……なんと、では!?」
「はい」
ランデル殿下は更に薬指を折り、私に笑顔で頷いた。
なるほど、建国とは……。
これはまた、大きく出られたものである。
無論、誰のものでもない土地ならば、簒奪や叛乱には結びつかない。
しかし南部国境の向こう側は、入植を拒む過酷な環境を持ち、同時に魔物の跋扈する大地と知られていた。
国王陛下の大きなため息が、天井に向けられる。
「単なる名誉欲や若さゆえの無謀であれば、馬鹿な王子の浅はかな戯言で話は済んだのだがな。こ奴のいう『計画』とやらには非の打ちどころがなく、宰相の推薦状に貴族院の内諾書、おまけに南部諸侯の添え状まで一組にされておった。隣国への根回しは流石に余が行ったが……男爵は専門家だったな、見てみるか?」
「ええ……はい、失礼いたします」
ふうと再び汗を拭い、侍従長から恭しく差し出された書類束を受け取る。……たかが一男爵に対する扱いではなかったが、この場での私は、王子殿下の義理の父として扱われているらしい。
ファルシアナとランデル殿下のことは一時棚に上げ、書類に集中する。
南部未踏領域の開拓と題された一連の計画、その第一歩にして根幹は、小さな砦の建設だった。
当初の入植予定も百人程度、その半数はランデル殿下子飼いの戦力で、砦を足掛かりに、数か月単位で周辺を安定させ勢力範囲を拡大、戦力や入植者の充足に応じて南進と砦の建設を繰り返し、徐々に勢力圏を広げていくらしい。
……領土の開拓など、そう簡単に出来るものではない。
口にするのは野暮だが、苦労するだろうなと、私は大人しく話に聞き入っていたファルシアナに目をやった。
跋扈する魔獣に風土病、先ほどランデル殿下自身が口にしたように、竜種の襲撃もあるだろう。だからこそ、現国境より南方の未開地域は放置されていたのだ。
計画書の通り、上手くいくものかと考えてみたが……困ったことに、反論が思い浮かばない。殿下の部隊は、実際に竜種の襲撃を退けている。
不安は残るが、小さな砦の維持なら十分だろう。
それに、少し視点を変えると、見えてくるものもあった。
新興の開拓領主と考えてみれば、投入される予算、戦力、支援は、充実の一言に尽きる。
特に予算は破格といえよう。軍に奉職したお陰で宙に浮いていた第三王子として受け取るべき歳費が、そのままそっくり開拓費用に振り向けられたそうで、王家にも大きな負担はなかった。
また、小部隊といえ、竜を狩れるほどの戦力を開拓地に連れていける開拓領主など、私は知らない。大抵は、金に困っているか、本家や寄り親との関係に困っているか、貴族社会での立ち位置に困っているか……まあ、そういうことだ。
書類を何枚かめくって数字を流し見るが、緻密過ぎず、理屈倒れでもなく、余裕も十分持たされており、良い内容だと頷かされてしまった。
国内外から入りそうな政治的横槍や、必ず問題になるだろう風土病についても対策が用意されており、これでは如何に宰相閣下でも、頷かされてしまうだろう。……我が商務府はあのお方にいつも苦労させられているが、予算に厳しいことを除けば、あらゆる稟議に対して公正なことで有名だった。
「お待たせ致しました、良い計画だと思います。特に、予算と時間の配分が素晴らしいかと」
「男爵にそう言っていただけるなら、一安心ですね。……それから、最後の一本ですが」
意味ありげに小指を示したランデル殿下が、ファルシアナに頷いた。
「あの、お父様」
「なんだい、ファルシアナ?」
「開拓計画の草案は、わたしが作りました」
「は!?」
まじまじと、娘に視線を注いでしまった。
実務の経験もない学院生が、この計画を立てた……?
それにしては数字が具体的だったなと、慌てて書類を見返す。
「男爵、彼女はまだ学院の生徒ですが、私の参謀が舌を巻くほど優秀でもあるのです」
「もちろん、ランデル殿下にも手伝っていただいたのですが……」
「うむ?」
ランデル殿下の真似なのか、娘も手を広げて指を折っていった。
領地開拓の資料や手稿なら学院にもあって、少し古いが自由に閲覧できたこと。
南部の情報は、殿下子飼いの兵士らが足で集めたこと。
国王陛下と兄王子達にも話を通し、正式な許可を得たこと。
その後、宰相閣下の元に何度も計画書を持っていき、添削指導のような形式で教育を施されつつ修正していったこと。
完成した計画を示して、商人や入植者を募ったこと……。
「お父様、わたしは領地の開発に携わったことはありません。もちろん、領地を持つ諸侯や王領代官の経営事情も、知ることはできません」
「……その通り、だな」
「ですが、学院の同級生には南部領主のご子息ご令嬢がいらっしゃいましたし、王都におりましても、地方の相場ぐらいは調べがつきます。それに、お父様」
「うむ?」
「実直で知られたノイム男爵の娘が真面目な相談を持ち掛けるなら、耳を傾けて下さる方は、意外と多いのですよ」
「……」
すまし顔の娘に、小さくため息を向ける。
学院では成績優秀だと聞いていたが、それはまあいい。
だが……父親相手とはいえ、国王陛下の御前にてこれだけのことを言ってのける度胸は、誰に似たのやら。
強かさは妻譲りだなと、可愛い愛娘であることに変わりはなくとも、その点だけ、微妙に思う。
……もしくは、殿下への愛か?
「男爵、彼女はこう言っていますが、草案の段階でも、父上や兄上を納得させる内容でしたよ」
「……」
「おまけに、私の『王国』で最も身分の高い女性は、男爵令嬢であるファルシアナになってしまいますからね。国内筆頭の貴族令嬢、それも私の仲間……いえ、国中に名高い才女との婚姻は、諸手を挙げて歓迎されております。問題はすべて、解決済みなのです」
最後の指を折ったランデル殿下は、父王陛下とファルシアナに頷き、私に向けてにこりと微笑んだ。
これでは私も頷かざるを得ないが、男爵家当主として受け止めるべき問題は解決済みであるとしても、父親としての私はまだ納得していなかった。
「ランデル殿下、一つだけ、質問させて戴いてもよろしいですか?」
「なんでしょう、男爵?」
「ファルシアナとは、どこで知り合われたのでしょう? 幾ら考えても、思い当たる節がございませんでした。ご様子を拝見するかぎり、誰かの紹介ではないように思いましたが……」
たかが一実務官僚でしかない男爵が、今更反対できるわけがないにしてもだ、ファルシアナのまんざらでもない表情はともかく、この部分だけは、どうしても聞いておきたい。
本当に、接点が思い浮かばなかったのだ。
「驚かれるかもしれませんが、ノイム男爵邸ですよ」
「なんですと!?」
……我が家?
よりにもよって、我が家!?
笑顔の殿下が、何かを思い出すようにファルシアナへと目を向けた。
「数年前、当時私は軍に入ったばかりの新任士官として、王都の連隊で教育中でしたが……貴族院からの協力要請に従い、王国貴族令に関する通知書を王都にあるすべての貴族屋敷に届けるようにと、新人全員が同じ命令を受け、駆り出されました」
「すべての貴族屋敷と申されますと……四年前の大改正ですか?」
「ええ、そうです」
領地を持たない我が家には関係のない改正だったが、間接的には大きな影響があったなと思い出す。
各領地で独自に掛けられていた関税を一部制限する内容で、商務府王領部もこれに従い、王領開発計画の修正を余儀なくされていた。
諸侯からは税収が減ると反対も根強かったそうだが、王国内の商取引は明確に活性化し、結果的には税収増となった領地が大半で、総じて成功した施策とされている。
「その時、ノイム男爵家で応対してくれたのがファルシアナでした。その場で書類が確認されて、鋭い質問が飛んできたんです。学院入学前であろう小さな少女が、なんとしっかりとした受け答えをするのだろうと、強く印象に残りました」
王国軍士官としての公務であれ、そんな偶然を思いつけというのは、流石に無理だった。
そう、偶然だ。
平日の昼間、私は当然ながら王政府にて公務中、妻は息子の婚約相手の実家へと訪問で不在、長男も勤務中、次男は学院で寮生活であったとしてもだ。
無論、二人にはその偶然こそが、必然や運命であったのかもしれないが……。
「それは……大変な失礼を」
「いえ、その時のことが忘れられず、もう一度会えたらなと思っていたところ、東街区の魔法書店で再会しまして……」
「あの、お父様。本当に偶然だったのです。でも、学院に入学後、文通を経てしばらくの後ですが、殿下は本名を明かしてくださいました。わたしもその時……殿下をお支えする覚悟を決めました」
王子様が気軽に出歩かないでいただきたい!
……と、言いたいところだが、司令部勤務の士官が休暇や非番に街で息抜きをするのを、誰が止められよう。
そうか、と私は小さなため息で応じた。
寮暮らしの文通では、流石に私や家族が知ることもないだろう。
妻や息子達も驚くと思うが、我が家にも大きな変化が起きるはずだった。
王家と姻戚になるなど想像すらしたことはないが、少なくとも人付き合いは変わるだろう。……変わらざるを得ない。
「……」
じっと私を見るランデル殿下とファルシアナに、私は曖昧な表情を作った。
二人が様々な障害を、知恵と工夫で乗り越えたことは理解した。
娘の恋心について深く掘り下げようとも思わないが、二人の知恵と工夫は、奇策や絡め手ではあっても、他人を貶めたり、王国や民を蔑ろにするようなものではなかった。
宰相閣下や当地近隣の諸侯を納得させ、国王陛下よりお墨付きを頂戴するほどの計画に仕立て上げたことは、賞賛してもいい。
もしかしなくても、恋が先にあったのかもしれないが、その中身は本物であると言えよう。
ならば、後は私が頷けばそれで済む。……済む、はずだ。
「……お父様?」
私は一瞬だけ、目を閉じて息を止め、聖なる神に祈った。
――我が娘ファルシアナに、幸多かれ。
気休めではない。
私が娘の幸せを願う気持ちは心に刻まれ、行動に現れるのだ。
心意気、愛、気分、信条……それは特別なものではなく、誰の心にも感情として存在した。
「ランデル殿下。我が娘ファルシアナを、よろしくお願いいたします」
「お認めいただきありがとうございます、ノイム男爵!」
「ありがとうございます、お父様!」
手を取り喜ぶ二人に、陛下が大きくため息を向けられた。
「ノイム男爵。苦労を掛けるが、ランデルを頼む」
「御意」
私は陛下のお言葉を、じっくりと嚙み締めた。
王子殿下を義理の息子に持つ苦労は、確かにこれからも続くだろう。
だが、ファルシアナの幸せは、私の望むところである。
妻も、すっかり兄馬鹿に育ってしまった息子達も、それだけは否定するまい。
「……ノイム男爵よ」
「はい、陛下」
「建国も即位も、この馬鹿息子がファルシアナ嬢にいいところを見せようと画策しおったこと、努々、忘れるでないぞ」
「父上はこう仰っていますが、三人の息子をすべて国王にするという魅力的な提案には抗えなかったお方です。覚えておいて損はないですよ、義父上」
流石、親子である。
――ああ、聖なる神よ。
ファルシアナだけでなく、私と家族にも幸せを。
できますならば、平穏なそれをお願いいたします。
そう祈らずにはいられなかった私である。
▽▽▽
その後私は、『苦労を掛けるが、ランデルを頼むぞ』という国王陛下のお言葉を、いやというほど噛み締めることになった。
「ノイム男爵グレン。これまでの忠勤を賞して、子爵への陞爵を許す」
「御意!」
ファルシアナの一件で召喚されて数日後、私は王城で最も格式が高い謁見の間に呼び出されていた。
箔付けなのだろうなとある種の納得もしているが、努力の成果や本当の功績ではないだけに、なんともまあ、不思議な気分である。
……男爵に比べ子爵の年金は倍、苦労は三倍というあたりだろうか。
当たり前だが、爵位が上がったからと、ふんぞり返って暮らせるようになるわけではない。
貴族社会での立ち位置確保に必要な交際費用は確実に増加するし、家の格式に見合った暮らしぶりの維持も義務である。
「また、商務府王領部次席政務官の職を解き、宮内離宮紅葉宮への異動を命じる」
異動は半分ぐらい予想していたし、落としどころについても陛下をはじめ王家の皆様にも認められ、貴族院の承認も得ていた。
紅葉宮は『四季の離宮』と呼ばれる季節の名を冠された離宮の一つで、同時にランデル殿下の離宮であり、この人事は公私ともにランデル殿下を支えよと言われているに等しい。
つまりは近い将来、私はアルシア王国を離れ、新王国へ移籍することを意味した。
ちなみにノイム子爵グレンこと私は長男と共に新王国へ移るが、王国に残るノイム家――アルシアノイム家は次男がそのまま継ぐことを許されていた。
『外務卿閣下! ノイム家とその縁戚が他国に移ると、後で尾を引く痛手となりますぞ!』
『王政府の屋台骨となる実務官僚を代々輩出してきたという意味、内務卿たる閣下ならば、無論お分かりになりますな?』
『グレン・ノイム次席政務官殿の異動は、今更仕方ありますまい。ですが商務卿閣下、せめて、長男か次男を我が商務府で確保しておくべきかと。今ならば、急な異動の穴を埋めるという理由で、大手を振って招くことができます!』
……などと、ノイム家の出奔を阻止すべく、部署や職掌をまたいで官僚達が一致団結し、王家と宰相府と貴族院に嘆願書を提出するという、前代未聞の大事件に発展してしまったのだ。
私も慌てたが、成す術がない。
その頃にはもう、私はランデル殿下の直臣となっていて、異動の引継ぎや調整も始まっていた。
だが、それら騒動が耳に入った国王陛下は、大笑いなさったという。
『ふむ、流石はグレンよな。では、残るノイム家はそのままにして、旅立つグレンには新たに別の爵位を用意すればいいではないか。息子が二人いると聞いておる。それぞれに継がせればよかろう』
国王陛下の御判断は正に天の声だったが、驚きに満ちた采配ではあっても、一番誰も困りそうにない選択肢が示されていた。
無論、貴族家新立の勅命など乱発が許されるものではないが、貴族院と宰相府は諸手を挙げて陛下の御判断を歓迎したそうだ。
貴族院は国王陛下の推薦状をすぐさま会議に通し、私は一時的な措置ながらアルシアのノイム男爵と新ノイム子爵の爵位二重継承という離れ業を認められてしまった。
公爵家や侯爵家ならともかく、下級貴族家の当主には厚遇すぎる。
この特例の承認が、如何に大きな騒ぎになってしまったのかとの証左にもなっていたが、それはともかく。
国王陛下から意味ありげな視線を向けられたので、私は再び畏まった。
「さて、ノイム子爵グレンよ」
「はい、御前に!」
「商務府王領部在籍時に於ける王領カシュラムの経済的発展を主導せし功績を評価し、伯爵への陞爵を許す」
「!? ぎょ、御意!!」
驚く私に、国王陛下は相好を崩された。
「よい。グレンの驚愕は、予想しておった。だがノイム家の陞爵については、ランデルの婚約を抜きに話が出ていたのだ」
ランデルの義理の父になるのだからと、国王陛下は私に名を許され、私もグレンと呼ばれている。
慣れぬこと甚だしいが、否と言えない。
無論、高官や重鎮の居並ぶ謁見の間で私がくだけた態度をとるわけにはいかないが、それにしてもだ。
……『伯爵』は、ないだろう。
新ノイム家は子爵家になると聞かされていたし、確かにほんの一瞬は子爵家だったが、盛り過ぎである。
「カシュラムの発展については、グレンの方がよく知っておろう? あれらは今後、王領経営の新たな見本となろうな」
「は、はあ……」
王国に残るノイム家はともかく、新ノイム家はほとぼりが冷めてから降爵を願い出る方が未来がありそうだ、などと、埒もない想像が脳裏をかすめていく。
もうどうにでもなれと、私は再び、陛下に頭を垂れた。
翌年、タイタス殿下が立太子式を終えた二カ月後、そして、ランデル陛下のご即位と新王国シュマールの建国からひと月後に、私は辺境に居を移すよう命じられた。
それまでは、ランデル陛下の筆頭家臣として、紅葉宮を根城に各種の折衝や手配に走り回っていたから感慨も深い。
「グレン、息災でな」
「伯爵も無理せぬよう」
「は、ありがとうございます。陛下、殿下をはじめ、皆様には大変お世話になりましたこと、生涯忘れませぬ」
国王陛下やタイタス王太子殿下に挨拶を済ませれば、いよいよ南部国境への旅立ちだ。
付き従うのは、およそ五十人。
南部行きを希望したノイム家の家人、一旗揚げたいと新ノイム家――シュマールノイム家を頼ってきた親族の次男三男に、第二陣とされていた商人や職人などである。
ファルシアナや妻、長男夫婦は王都に残していた。
ファルシアナは王妃教育中で妻がそれを支え、長男は新王国の駐在大使として王都での私の仕事も引き継ぐ。
そのようなわけで、私だけが先行することになったが、ランデル陛下のご指名では仕方ない。
現地では折衝や文官仕事が増加しつつあり、陛下の代理が務まる筆頭家臣はそちらでこそ必要な状況になっているらしい。
手紙には、国家宰相に指名するのでよろしく頼みますと、追記してあった。
「義父上、ようこそ!」
「お久し振りでございます、ランデル陛下。御身のご無事と砦の完成を、お慶び申し上げます」
半月ほどの旅の末にたどり着いた砦は、山賊の根城に戦火で焼けた村をくっつけたような、酷い有様だった。
井戸の石積みは中途半端だし、兵舎はぼろ布の天幕で、とても『王子様の開拓地』には思えないほどだ。
しかし私は、うむと頷いて気持ちを新たにした。
「我らが『始まりの砦』にようこそ!」
「そこの荷馬車は石材か? なら右手の天幕の裏側に回してくれ!」
「おーい、メシだメシだ! 今日はベルンゲル入りの特製スープだぞ!」
槍を掲げた兵士が、魔法で材木を浮かべる職人が、鍋をがんがんと打ち鳴らす料理人が。
「どうぞ、義父上。まずは食事にしましょう」
そして、彼らを率いる我らの王が。
「ベルンゲルとは、初めて耳にいたしますな」
「青くて大きな毒蛇ですよ」
「毒!?」
「滋養にもいいそうで、見た目はともかく、味は保証します。……ははは、もちろん私も最初は躊躇いましたが、頭以外は大丈夫ですよ」
とてもいい笑顔を、私たちに向けていた。
それは建国の地に相応しい、明るく希望に満ちたものだった。
▽▽▽
その後私は、新王国シュマールの発展に生涯をささげる覚悟で、建国と言う名の難題に挑んでいった。
入植初年度、王政府は布天井の掘っ立て小屋だった。
だが、これでも贅沢な方だった。なにせ、陛下の御座所や兵舎と違い、雨が漏らない。……まあ、私たちは書類のおまけだったが。
連れてきた家人はノイム家預かりのまま国王陛下のお世話係を兼任しており、宰相府に呼ぶ余裕はなかった。
ちなみに王政府の構成人員は、宰相の私と筆頭政務官に指名した従弟の次男、それから、ほぼ陛下と共に出戦して留守がちな参謀兼業の軍務卿の三人だけであった。
翌年、王政府は石造りになった砦の一室に移された。砦の拡張に伴って兵士は増員されたが、文官は増えなかった。王都に残した長男を通じて広く内外に募集をかけていたが、あまり魅力的な条件ではなかったらしい。
ランデル陛下も数カ月に一度、父王陛下や王太子殿下との会合の為にアルシアの王都を訪れていたが、南辺境はまだ戦地、あるいは未開の辺境と認識されており、騎士や兵士はともかく、文官募集への反応は今ひとつよろしくないそうだ。
たまに届くファルシアナや妻からの手紙だけが、楽しみだった。
三年目、長男が頑張ってくれたお陰で文官が一人増えた。その彼を筆頭政務官に指名、前任である従弟の次男を財務担当国務卿――財務卿に抜擢する。お陰で王政府は宰相府、財務府、軍務府の三府体制、合計四人になった。人口は千人を突破、農業にも手を付け始めている。
また、始まりの砦の先にも新たな砦が作られ、同時に荷馬車が通れる道も整備された。
躍進を肌で感じ、気分を新たにした。
四年目、始まりの砦は、陛下の居城たる役目を終えた。
未踏領域の向こうには海があり、殿下の部隊は見事に打通、良港となりうる入り江周辺が確保され、小さな砦が整備された。
居を移される陛下に従い私も海際に引っ越したが、またもや王政府は布天井の掘っ立て小屋に逆戻りしている。
この頃には王国の人口も五千人に届き、書類仕事が回らないと陛下に泣きついて王政府の人員そのものは増やせたが、面接後すぐに農務卿と商務卿と工務卿に指名したので、結局、私の元に持ち込まれる書類仕事の量は減らなかった。いや、むしろ増加した。
五年目には、仮王宮という名の砦が完成した。これまで暮らした砦の中では、一番大きい。
ようやくファルシアナらも呼ばれることになったが、何故か小さくてかわいい子を二人も連れていた。
「おじいさま、はじめまして! エルレアナ、四さいです!」
「……じいじ?」
「へ……?」
「エルレアナ、クレアナ、よく来たね!」
「おとうさま!」
「とーさま!」
「ま、孫おおおおおおお!?」
思わず陛下を睨みつけると、微妙な表情で視線を逸らされてしまった。
ファルシアナに同行してきた妻が、大きなため息を私に向け、孫であろう少女を抱き上げる。
「ファルシアナが生まれた時……あなたはお気づきではなかったでしょうが、何を聞いても上の空、ぶつぶつとファルシアナの名を繰り返してにやにやなさっていましたわ。その癖に、書類仕事をこなす手はいつもより早いので、商務府から『気味が悪いのでなんとかしてくれ』と手紙が届いた時は、皆で頭を抱えましたもの」
「いや、だからと言って――」
「……ほんとうに、酷かったんですのよ」
新王国は今が勝負どころ、妻の懇請でランデル陛下が密勅を出され、私には決して孫の誕生を教えないようにしていたそうだ。
滅私忠勤、新王国に尽くしてきた私に対する仕打ちか、これが!!
私は怒りのあまり、陛下に叛旗を翻し、『半日ほど』孫娘を抱いて宰相府に立て籠もろうかと考えたが……。
それは流石に、やめておいた。
長男の腕にも赤ん坊が抱かれていたが、そのにやけ顔は庇いきれぬほどの親馬鹿丸出しで、妻の言葉に恐ろしいほどの説得力を持たせていたからである。