対人戦闘
ベルラ先輩による説明が終わった後の第7小隊の面々は一向に口を開かない。
先輩は俺の顔をちらちら見ながら、困ったような表情を浮かべて思案に暮れていた。
先輩は色々と複雑な事情を抱えてまだ15歳なのにも関わらず、この騎士団に所属している身だ。
俺には全く想像ができないが、彼女も俺と同じで何か考えている事でもあるのだろうか?
「もしかして緊張、しているのですか?」
不安に思う心が無意識に表情に表れていたのか、俺の顔を覗きこんだテレシアが声をかけてくれた。
「そういうお前は緊張しないのかよ。これから自分の手で人を殺すかもしれねぇんだぞ」
「自分が殺される可能性を考慮しないなんて、貴方は傲慢ですね」
クールな表情を崩さずにテレシアは毒を吐く。
……正直に言うと、俺は死ぬのがめちゃくちゃ怖いし、敵を殺す覚悟も持てていない。
しかし、テレシアやベルラ先輩に余計な心配をかけるわけにはいかないので、俺は普段通りを装って虚勢を張り、口では強がりを言っているのだ。
それにしても、テレシアだって人間と殺し合うのは初めての経験のはずなのに、どうしてこんなにも落ち着いて……。
「あ……」
……不意に俺の口から戸惑いの声が飛び出す。
彼女の腕が微かに震えているのが偶然目に入ったからだ。
テレシアが見せた思いもよらない姿に驚いて顔を上げると、彼女は顔を顰しかめて険しい表情を浮かべていた。
……テレシアだって、全く恐怖を感じていないわけでは無かったのだ。
よく考えたら当然の帰結である。
相手に負けたら死んで、たとえ勝ったとしてもほぼ確定で相手の命を奪うことになる。
どんなに敵が外道であろうと、どんなに自分の操縦技術に自信があろうと、その事実を簡単に割り切れる筈がないのだ。
「大丈夫だ」
「え……?」
「俺は英雄になる男だからな。どんなにピンチになっても俺が敵の魔導騎兵をぜ〜んぶ纏めて蹴散らしてやるよ」
俺の発言が想定外だったらしく、テレシアはすっかり困惑している表情を俺に見せた。
「……いきなり意味不明な事を言わないで」
……かと思いきや、ゆっくりと項垂れるように俯いた彼女はボソリとそう呟く。
そりゃ、そう反応するだろうな。
俺は特に考えがあってこの言葉を発した訳ではない。ただ、少しでもテレシアの気持ちを楽にしてあげたかったのだ。
さりとて、俺の意図を知らない彼女からしたら、別に好意を寄せている訳でもない同僚の男に自分の心を見透かした気になった発言をされただけである。
人と馴れ合う事を良しとしない彼女は心底不快な気分になるだろう。
「……でも、まぁ、貴方は貴方で勝手に頑張って下さい。……もちろん期待なんてしませんから」
だが、彼女は確かにそう言い放った後に頬を赤らめながら照れ臭そうにそっぽを向いた。
完全に意識外の攻撃である彼女のデレは俺の心にクリーンヒットする。
……なんなんだ。テレシアのこの反応は……可愛すぎて辛いんだが。
テレシアの思わぬ発言に骨抜きにされてしまった俺は絶対に生き残るという決意を強く固めた。
……そんな俺達の姿を瞳から光沢が消えた虚ろな目で見つめるベルラ先輩の存在には気づかずに。
◇
◇
作戦が始まり、所定の位置についた俺たち第7小隊は敵の様子を伺っている最中だった。
センサーやモニターで目視できる範囲では、敵の数は2機。
恐らく彼らは辺りを哨戒しょうかいしているのだろう。
敵の機体は一定の距離を保ちつつ、周囲をぐるっと見渡していた。
どうやらまだ俺たちの存在には気がついていないようだ。
「それじゃ、そろそろ行くよ二人とも。準備は出来てる?」
ベルラ隊長が通信越しに俺とテレシアにそう呼びかける。
「「はい(!)」」
間髪入れずに二人揃って返事をした俺とテレシアを見て、ベルラ先輩は貼り付けたような笑顔を浮かべていた。
その刹那、凄まじい轟音と共にベルラ先輩の機体が所持するカノンブレードから勢い良く銃弾が飛び出した。
これ以上ない程に美しい軌道を描いた銃弾は哨戒していた敵機のメインカメラを寸分の狂いなく撃ち抜き機能を停止させる。
ベルラ先輩が射撃を開始した瞬間から、俺とテレシアは魔導騎兵のスラスターの出力を全開にして敵の機体に詰め寄っていた。
状況が掴めず、慌てふためく敵の機体のコックピットを俺とテレシアは容赦なくブレードで貫いた……が、俺が奇襲を仕掛けた相手も死ぬ直前にやるべき仕事は果たしたようで、敵襲を知らせる信号弾が空中へ放たれてしまう。
……やばい。やらかしてしまった。
本来であれば、深夜帯であるこの時間に強襲を仕掛けて敵の見張りを始末し、敵が抵抗する間を与えずにこの村を制圧する作戦であったのに俺が全て台無しにしてしまった。
顔がみるみる青ざめていく。俺たちはこれから4機の魔導騎兵と、たった3機でやり合わなければならないのだ。俺のせいで……。
「そんな顔しないで後輩くん。先輩にどーんと任せなさい!」
取り返しのつかないミスを犯した俺をベルラ先輩が屈託のない笑顔でそう励ましてくれる。
……そうだ、落ち込んでいる暇なんてない。
今の俺に出来るのは二人と協力して敵勢力を鎮圧することでミスを帳消しにする事だけなのだ。
動揺しきった心を必死に沈めて、敵の襲撃に備えるために陣形を整える。俺とテレシアが前衛に位置して、その援護をするベルラ先輩が後衛の布陣だ。
すると、すかさず村の建物の中から4機の魔導騎兵が突然現れた。
ライフルを撃ちながらも隊列を乱さずに此方に向かってきており、彼らの練度の高さが垣間見える。
シールドで敵の銃弾を防いでいると、全身が真っ黒なデザインの機体である「ジダル」の中で赤いラインが所々に入っている敵機がスラスターの推進力を最大限に活かしながら俺の機体に体当たりを仕掛けてきた。
敵機の攻撃は上手くシールドで受け流せたものの、テレシア、そしてベルラ先輩と完全に分断されてしまう。
それを確認した残りの3機はテレシアとベルラ先輩に本格的な攻撃を始めた。
俺が相対しているのは敵のリーダー格だろう。他に邪魔する者はいない正真正銘のタイマンだ。
大至急で奴を撃破し、数的不利な戦況に立たされてしまった先輩とテレシアの元に向かわなくてはならない。
こんな所で立ち止まっている時間はないのだ。
そう自分を鼓舞して敵機に攻撃を試みようとすると、モニターの端に蹲った子供の姿が写った。
なぜこんな所に?村の人間に生き残りがいたのだろうか?
……俺の勘違いかもしれない。しかし、僅かでも可能性がある以上、あの子供を戦闘に巻き込む訳にはいかなかった。
俺はスラスターを利用して無理矢理方向転換する事で、子供が戦闘に巻き込まれないよう少しでも距離を取ろうとする。
体勢を崩しかけている機体を姿勢制御装置を使って制御しようとするが、その時に生じた隙を敵は見逃さなかった。
敵機の頭部に備え付けられたバルカンによって、俺の機体が着地しようとしていた陸地が崩される。
「クソッ──」
子供に戦闘の影響が及ばない程の距離を取る事はできたが、完全に機体を制御出来なくなった俺はその場に転倒してしまう。
シールドは手放さなかったものの、間抜けにもブレードを放り出してしまった。
転倒した時の衝撃で視界がブレるが、即座にモニターに目を戻す。
……すると、そこには片手持ちのアックスを俺のコックピットに振り下ろそうとする敵の機体の姿が映っていた。