リーゼロット・カミンスキー②
その後、多めのクールダウンを取った俺と女神様はシュミレーターを利用して実際に一戦交えることになった。
どうやら、本格的な指導を行う前に俺の魔導騎兵の操縦技術がどの程度なのか確認しておきたいらしい。
俺と女神様がお互いに搭乗するのは我が王国が量産に成功した唯一の機体である「ガラド」だ。
白を主体としたシンプルなカラーリングが特徴的な魔導騎兵で、操縦するに当たって目立った癖がなく汎用性に優れたオーソドックスな機体である。
戦うフィールドは草原地帯で遮蔽物が一切存在しないため、純粋に搭乗者の魔導騎兵の腕前が試されるだろう。
俺の武装は手持ち盾とブレード。
女神様の武装は両手持ちのかなり長柄のランスだ。
戦闘準備を終えて、女神様と対峙する。
彼女の構えからして、俺のような素人とは実力が一線を画している事が一目見ただけで理解できた。
対面しているだけで凄まじい威圧感が全身を覆い、俺の手がぶるぶると震えるが、これは臆している訳では無い。
……武者振るいだ。
これから始まる戦いに心を躍らせていると、試合開始の合図である信号弾が上空に打ち上げられた。
……その瞬間、女神様は所持していたランスを俺に向かって勢い良く投擲したのちに、スラスターの推進力を利用して全力で接近してきた。
「マジか!?」
女神様の想定外の行動に驚いた俺は、投擲されたランスを何とかブレードで弾き返したものの、その時に生まれた隙を突かれて彼女の機体を見失ってしまった。
捜索しようとモニターに目を戻すが、間髪入れずに機体の側面から受けた衝撃により、機体の制御がままならず転倒してしまう。
急いで立ち上がろうとするが、女神様の機体にマウントポジションを取られて身動きが取れない。
あっという間に勝負は決した。
……俺の負けだ。
◇
◇
ひと勝負終えた俺と女神様は別室に移動した。今までの人生で類を見ない完膚なきまでの敗北を喫した俺は露骨に悔しさを滲ませながら自身の脳内で戦闘内容を振り返っていた。
「勝負の全容を君なりに言語化してみてくれ」
すると、手帳とペンを手に持っている女神様にそう指示される。
これは俺の推測に過ぎないが、女神様は俺が対戦時にどこまで彼女の行動を認識できていたのか確かめようとしているのだろう。
見えを張っても彼女には速攻でバレると思うので、俺の覚えている範囲に限られるが、嘘偽りなく正直に話すことにした。
「まず、隊長がスラスターを利用して俺に接近しながらランスを投擲しました。そして、俺が戸惑う隙を突いて機体の側面に回り込み、蹴りを喰らわして体勢を崩した後にマウントポジションを取った……みたいな感じだと思います」
所々で間違っている部分もあると思うが、大体こんな感じの顛末だっただろう。
俺の回答を聞いた女神様は考え込むような素振りを見せながら手帳に物凄い速度で何かを書き込み始めた。
「……素晴らしい素質だな。率直に言って私の想像以上だったよ」
思いもよらない褒め言葉が女神様の口から飛び出し、俺は即座に顔を上げる。
するとそこには、頬を紅潮させて何やら満足げな表情を浮かべる女神様の麗しき立ち姿があった。
……なんてお美しいのだろう。
やはり、俺はこの女神様に一生お使えする……なんて事を考えていると、興奮冷めやらぬ様子で彼女は口を開いた。
「特に反射神経が優れている。まさか、一番初めの奇襲を防がれるとは思わなかったよ。それにあの不意打ちに動揺せず、しっかりと状況を把握していた冷静さもかなり良い。あとはどれだけ魔導騎兵の操縦技術を磨くかだな。それと君の優秀な反射神経に体を追いつかせる訓練も必要だ。
あ、あとこれは提案なんだが、君がこの第7小隊の一員としての初任務に赴く前に万が一の事態に備えて奥の手を用意するのはどうかな?ザント君はまだ未熟だ。こんな言い方は不謹慎である事は重々理解しているが、その才能を生かせずに戦場で散ってしまう可能性も考えられる。そのリスクを極限まで少なくする為にも是非検討してみてくれ。お節介かもしれないが、参考までに私の場合は機体にサブアームを取り付けている。サブアームはいいぞ。たとえ機体の両手がもぎれようとも戦い続けることができるし、切羽詰まった状況を打開するための選択肢として非常に有用なんだ。ああ、もちろん、サブアームでなくてもいいんだ。あくまで具体的な例として挙げただけだからね。再三再四忠告するが、やはり命の危機が迫った時のために何かしらの対策を講じた方が絶対にいい。標準装備だけではどうしても心許ないし、それに奥の手があれば緊急時にも心に余裕が生まれるからね。要望や希望があるなら何でも言ってくれ。私がメカニック陣に口を聞いてあげよう。おっと、だいぶ話が逸れたが、君の指導はこれから毎日行うことに決めたよ。できればテレシア君やベルラ君にも訓練に参加するよう君から提案してくれないか?彼女らも君に負けず劣らずの才能の原石なんだ。彼女らの了承を得ることができたら是非私の手で磨き上げたいと思っている。しかし、私には理由がさっぱり分からないが、何故か彼女らは私と合同でトレーニングすることにあまり乗り気ではないんだ。しかし、仲の良い君が誘えば彼女らも意欲的に参加してくれるかもしれない。どうか宜しく頼む。それでこれは余談なんだが……」
「え………え?」
子供のように嬉々とした表情で彼女はとてつもない早口で助言?のような内容の文字列をひたすらに羅列する。
先程までの戦闘の敗北の悔しさも忘れて、俺はめが………リーゼロット隊長の様子の変化に驚いた。
しかし、唖然とする俺が全く眼中に入っていないのか、隊長のマシンガントークは依然として終わる様子を見せない。
そして、俺が隊長に魔導騎兵の指導を受けたい事を告げた時にベルラ先輩が過剰すぎるほど心配してくれた理由を俺は今になってようやく理解することができたのだった。