リーゼロット・カミンスキー①
先輩に背中を押して貰いトレーニングルームに訪れた俺は、自身の心情を隊長に赤裸々に話した上で魔導騎兵の指導を受けたいと誠心誠意頼み込んだ。
必死さが功を奏したのか、俺の願いを快く引き受けてくれた隊長により、さっそく翌日から指導が始まる運びとなった。
常に冷静沈着でクールなイメージがあった隊長がやけに嬉しそうにしていたのが印象に残る。
……俗に言うギャップ萌えって奴で、俺にはこうかばつぐんだ!
それにしても、トレーニングに付き合ってくれる仲間が増えたのを喜ぶ隊長の姿を写真に収められないのが非常に残念である。
軽い雑談を交わした後に隊長とは別れ、疲労が蓄積していたのか眠気がピークに達した俺はこれから始まる第7小隊での生活を想像して期待に胸を膨らませながら眠りについたのだった。
そしてその翌日、俺は地獄を見ることになった。
「あと残り30回だ。踏ん張れ、ザント君!」
俺は今、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そしてランニング10kmのトレーニングメニューを3セットほど行っていた。
……僅かな差異はあるが、どこからどう見てもワンパンマンのサイタマ流トレーニングです。
本当にありがとうございました……とは言っても、中々馬鹿にはできない。
俺が訓練兵だった時代にこの程度の負荷のトレーニングなら何度かこなした事はあるが、その時と大きく異なるのはインターバルの短さだった。
息を整える暇もなく、たった2分の休憩時間を挟んだ後に上記のトレーニングを再度行うのだ。
これが想定よりも遥かにキツい。
このメニューを俺に言い渡した隊長も流石に無理があると思ったのか「続けるのが困難だと判断した時にいつでもギブアップしていい」と言ってくれた。
しかし、俺なんかのために隊長のお時間を割いて頂いている以上、途中で音を上げてトレーニングを生半可なところで辞める事は絶対にできない。
普段からそこそこ鍛えていたため、持久力や筋肉量にはかなり自信があったが、このトレーニングをすぐ隣で軽々と行う隊長の姿を見ていて、俺は自身のプライドがぽきりと折れるのを実感していた。
地獄の時間が終わり、隊長にドリンクを手渡される。簡潔な礼を述べ、一息に飲み物を飲み干した俺に彼女が話しかけた。
「驚いたよ。まさか初回でここまでついてこれるとは……」
「は、ははっ。こんぐらいなら全然余裕っすよ」
「本当か!それならば今より負荷を三倍に……」
「ごめんなさいうそですちょうしにのりましたこのりょうでもうげんかいですからどうかかんべんしてください」
あまりにも一心不乱な俺の様子に笑いを誘われたのか、隊長は愉快そうにくすくすと笑う。
そんな彼女の微笑みがとても美しく、俺は思わず見惚れてしまった。
「そうだ。昨日からずっと訪ねようと思っていたんだが、君がこの小隊に入隊しようと考えた理由は何なんだい?」
「えっ、自己紹介の時に言った通り、国を守る盾として……」
「それは建前ではあるが、本音ではないだろう。君の目を見ればすぐにわかる。……安心してくれ、どんな理由でも私は君を軽蔑したりはしないよ」
隊長の質問の意図がわからない。
もしかしたら彼女に深い考えなんてなくて、好奇心から質問を投げかけたのかもしれないが、意表を突かれた俺はすっかり動揺してしまった。
そんな心の中を見透かすように隊長はじっと俺の顔を見つめる。恐らく、ここで嘘をついても隊長にはバレてしまうだろう。
腹を括った俺は嘘偽りなく馬鹿正直に隊長の問いに答えることにした。
「出撃回数が多いこの部隊で数多の戦果を上げる事で英雄となり、王国中の可愛い女の子を侍らせたいからです」
……ヤバい本当に言ってしまった。いくらなんでも率直に言い過ぎだ。これは流石の隊長でも気持ち悪いと……
「……ふっ、あははははは!」
……そんな俺の予想に反して、隊長は腹の底から笑っていた。
思いがけない反応を見せた隊長の姿を見て、どんな言葉をかければいいのか分からず体が硬直する。
「ふ、ふふふ。いや、笑ってしまってすまない。私の想定し得る範囲を遥かに超越していた個性的な回答でね。私の反応で君の気分を害してしまったのなら本当に申し訳ない、誠心誠意謝罪するよ」
「え、あ、いや、それは全然問題無いです。……っていうか、こんな不純な動機で自分の部隊に入ってきた奴がいて隊長は不快ではないんですか?」
「不快になんてならないさ。私とザント君で戦いに臨む志が異なっていても、王国に住む人々を守るために命懸けで戦う大切な仲間である事実は変わらないからね。それに、傍から見て邪な理由であろうとも叶えたい目標を実現するために精一杯努力する君の姿はとても真摯だ。そんな真面目な人間に悪印象は抱けないよ」
……隊長は聖女か?いや、それを超えた女神様か?
至って普通の価値観を持つ女性がハーレムを作りたいと豪語する卑しく浅ましい男を前にしてこんな優しい対応をする事ができるだろうか?
いや、きっとできない。
つまり、隊長は一般女性を超越した慈愛を持つ存在である女神様ということなのだ。
Q.E.D. 証明終了
「ザント君、なんかぬぼーっとしているが大丈夫か?体に負荷をかけ過ぎて体調が優れないのか?」
「いえ、問題ありません。俺のような人間には眩しすぎる威光を浴びて気が動転していただけです」
「?」
不思議そうに首を傾げる女神様が美しすぎる。
……俺は今この瞬間から信仰する神を決めた。