ベルラ・ミルキル
「それにしてもびっくりだよ〜。まさか後輩くんが本当にこの部隊に入るなんて!」
「先輩にはもっと早く連絡しておけば良かったっすね。気が利かなくて申し訳ないです」
「ううん、気にしないで。それにしても、初めての任務で未確認の魔物に襲われるなんて後輩くんも災難だったね〜」
第7小隊全体の業務内容や俺個人の職務内容の説明、そして諸々の手続きを終えた俺は、ベルラ先輩に誘われ入隊祝いとして彼女の部屋でお茶の卓を囲み談笑していた。
……俺の思い過ごしかもしれないが、いつもより先輩の距離感が近い気がする。
隣に座っている先輩がほんの少し動くだけで俺の体と触れ合いそうになる程度には俺と彼女のあいだの距離がなく密着していた。
「先輩、机に置いてあるそれ、もしかして……」
変に意識すると気恥ずかしく感じてしまうので、先輩との会話に集中しようと積極的に話題を振る。
「あ、ついに気づいちゃったか〜。後輩くんの想像通りこれは王様から貰った名誉勲章です!」
「す、すげぇ……超絶エリートじゃないですか!」
「ふふん、もっともっと讃えたまえ〜。たくさん褒められると良い気分になれるからね!」
「すごい!天才!可愛い!素晴らしい!あっぱれ!ファンタスティック!」
「えへへ、照れますなぁ……」
俺の誉め殺しを受けた先輩は心の底から照れ臭そうにはにかむ。めちゃくちゃチョロいandめちゃくちゃ可愛い。天使かな?
ちなみに俺の言葉は誇張しているお世辞ではない。割とマジで驚いている。
たった2年しか第7小隊で勤務していない先輩が敵の機体を10機以上も撃墜してるとは……。
先輩の技量も半端ないが、何よりもそれだけの数の戦場に駆り出される第7小隊が半端ない。騎士団の上層部は鬼か何かか?
……そういえば、先輩と久しぶりに話すのが想像以上に楽しくて、俺の質問したいことが一向に聞けていない。
雑談も一区切りついたので、この和やかな雰囲気に乗じて本来の目的を果たすべく、リーゼロット隊長について先輩に問いかける。
「話の腰を折って申し訳ないんすけど、聞きたいことがあって……」
「なになに?なんでも聞いて!」
「あの、リーゼロッ……」
俺がリーゼロット隊長の名前を出そうとした瞬間、先輩の瞳に生気が無くなり今までのほのぼのとした雰囲気が嘘のように空気が凍りつく。
「私と一緒に………に……女の子の名…………ないでよ……」
悄然としてうつむく先輩が俺に聞こえない声で何かを呟いた。
……もしかしてリーゼロット隊長と先輩は仲があまり良くないのだろうか?
そんな疑問が不意に頭をよぎるが、ひとまず先輩に声をかけようと考え、口を開こうとすると……
「後輩くんはリーゼロット隊長の事で何か知りたいの?私が知ってる限りで隊長のプライバシーに関わることじゃなければなんでも教えちゃうよ!」
先輩はさっきまでの異変がまるで無かったかのように柔和な笑顔でそう言った。
先輩の様子が変に感じたのは俺の気のせい……か?
いや、そんな事は絶対ないはずだ。……でも、先輩が明るく振る舞ってくれるのならわざわざ問い詰める必要もないだろう。
そう判断した俺は、出来る限り平静を保ちながら改めて先輩に質問を投げかけることにした。
「リーゼロット隊長に魔導騎兵を用いた戦闘の指南をして貰いたいんすけど、隊長の時間を頂けることって出来そうですかね?」
俺のこの部隊に入った3番目の理由がこれだ。
王国で最強の騎士と呼ばれるリーゼロット隊長に魔導騎兵の指南を受ける機会を得る為に俺は第7小隊に入隊する事を決めたのだ。
もちろん、駄目元ではあるが。
図々しさに定評がある俺でも、リーゼロット隊長の所に真っ先に向かい、教えを乞うことは恐れ多くて出来なかった。
そこで第7小隊で一番仲の良い先輩に相談をした後にリーゼロット隊長に話を持ちかけようと考えていたのだ。
「うーん、どうだろう?」
「や、やっぱり無理そうですか?」
「ああ、いや、そうじゃなくて、多分後輩くんが魔導騎兵の稽古をつけてほしいっていったら隊長はすっごく喜ぶと思うよ!でも、隊長の指導は信じられないくらい厳しいから後輩くんは大丈夫かな……と思って」
……確かに訓練兵時代に風の便りで耳にしたことがある。
隊長の美貌に惹かれて、訓練を口実にお近づきになろうとした男子諸君が続出したが、指導があまりにも厳しすぎて翌日になると彼女に言い寄ろうとしていた男は一人残らず消え去ったらしい。
その噂は嘘偽りない真実だったわけだ。
……上等だ。
俺も生半可な覚悟でこの部隊に入ることを決断したわけではない。どんなに容赦のない訓練でも俺は絶対に耐え切り強くなってみせる。
「大丈夫です。俺はやれます!」
強い決意を胸にしながら、不安そうな表情を浮かべる先輩に向かって俺はそう言い放った。
「……うん。後輩くんの想いは十分伝わったよ!その気迫で頼めば隊長も後輩くんの気持ちを理解してくれると思う。それじゃ、隊長はトレーニングルームにいると思うから早速お願いしてきなさい!」
「ええっ、そ、それはちょっといきなり過ぎません……?」
「善は急げ、思い立ったが吉日だよ。後輩くん!さぁさぁ、GOGO!」
先輩の言葉に対して、心の準備ができてない……などの文句を垂れていると俺はあっという間に彼女の部屋から追い出された。
扉の隙間からちょこんと顔を出した先輩は悪戯な笑みを浮かべながら「頑張ってね!」と俺に言うことで激励を飛ばし部屋の扉を閉じた。
少々強引に感じるが、これも先輩なりのエールだろう。実際、先輩のおかげで不安に満ち溢れていた俺の心はとても晴れやかになっていた。
先輩に聞こえるかどうかは分からないが、感謝の気持ちを扉越しに伝えた俺は足早にトレーニングルームに向かうのだった。
◇
◇
─月──日 晴れ
今日はとても嬉しい事がありました。
なんと、後輩のザント君が私の所属する部隊に入ることになったのです。
後輩君が訓練学校を卒業する際には、第8小隊に配属されたと彼から聞いていたので、非常に残念に思いましたが、どうやら転属する部隊を自由に決められる権利を得た彼は自分の意思でこの部隊に入隊することを決めたそうです。
もしかしなくても、これは私への告白とほぼ同義ではないでしょうか?
嬉しくてたまりません。今すぐにでも後輩君を監禁してあんなことやこんなことをしてしまいたいくらいには嬉しいです。
でも、勢いに任せて後輩君の意思と自由を奪ってしまったら、その時点で私が好きな彼では無くなってしまう気がするのでやりませんが。
今日は後輩君の入隊祝いとしてささやかなお茶会を開きました。
後輩君とゆっくりお話しできる時間は本当に久しぶりでとても楽しかったのですが、浮かれ過ぎて私の醜い嫉妬心を彼に見せてしまう失敗を犯してしまいました。
面倒臭い女だと彼に思われて嫌われてしまうかもしれません。
しかし、後輩君はそんな様子を噯おくびにも出さずに突然急変した私を心配してくれたのです。
なんて優しいのでしょう。やはり、後輩君は絶対に私のお婿さんにするという決意を改めて固めました。
後輩君と話をしていて、彼はリーゼロット隊長の下で働き、戦闘の指南を受けるのがこの部隊に入隊した主な目的なのだと感じました。
私と同じ部隊に入ることが目的では無かったのはすごく悲しいですが、くよくよする暇はありません。
後輩君と一緒に居られる時間が増えたと言うことは、私の夢を叶えるチャンスが到来したということなのですから。
少し前に勢いで書いてしまいましたが、私の夢は後輩君のお嫁さんになる事です。
具体的に説明すると、彼が25歳になった時に入籍したいなと考えてます。
危険な仕事が多い第7小隊のお給料は非常に高く、私の理想を実現する為の蓄えを貯めるのはとても簡単です。
そして、私が貯蓄したお金を利用して後輩君と一緒に私たち以外誰も存在しない僻地に引っ越した後に、残りの人生を彼と一緒に穏やかに過ごすのが私の理想です。
絶対に子供は作りません。
後輩君の愛は私だけに向けられるべきなのに、子供は彼の愛情を僅かでも奪ってしまう可能性があるからです。
私達二人だけしか存在しない美しく綺麗な世界で自給自足をして暮らし、後輩君が老衰で安らかに眠る様を側で見届けた後に首を切って自殺し彼の後を追うことで、魂が天国に向かっても彼とずーっと一緒に過ごすのです。
私以外の女の子とイチャイチャするなんて死んだ後でも絶対に許しません。
私のあんな過去を知っても変わらずに仲良くしてくれる優しい後輩君なので、きっと私の夢も受け入れてくれると信じてます。
ここまで未来予想図を書き連ねましたが、私が思い描く未来を実現する為にはまず、彼に私のことを好きになってもらう事が必要です。
目立ったライバルは今の所はいません。
同じ部隊のテレシアちゃんは後輩君とライバル?のような距離感で接してますし、リーゼロット隊長はそもそも彼とは初対面です。
しかし、油断は禁物です。用意周到に立ち回り、必ず彼のハートを射止めて見せます。
改めて、自分の思いを日記として纏めることで、ほんの少しでも後輩君に私を見て可愛いって思ってもらうためにも、今よりもっとお洒落やお化粧の勉強を頑張ろうと思いました!
……明日も沢山後輩君とお話しできるといいなぁ。