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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第1章 花の少女、フローラ
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04.真実を追うもの。真実を隠すもの。




 ーー空から、朝日が登る。


 吸血鬼として生まれてから、太陽を望んだことなんて限られるけど、今日は今までで一番、日が待ち遠しかった。


 昨日の夜はあの後モヤモヤと悩み続け、ノアを呼び出そうともしたが、何かあいつは隠していると思い直し、今は紹介所でサリィに話をつけてみることからしようと考えてる。

 ノアは口が上手いから、僕じゃすぐ騙されちゃうんだよね。丸め込まれたら、お終いだから……。



 そんなことを考えながらフードを深く被り、家を出た。紹介所に直接向かうためだ。


 紹介所は、根天都市と呼ばれる地下空間にある。

 根天都市の入口は各国の主要都市に存在し、入場する権利は根天都市の住民によって与えられる。権利を得なければ、決して侵入することのできない場所であり、裏稼業のものは此処に辿り着くことが出来れば一人前とされる幻の都市だ。


 僕は、そこを他の吸血鬼の伝手で知った。

 

「……」


 周囲に誰もいないことを確認して、何もない地面に手を当て「扉」が開いていることを確かめる。


 後は降りて行くことをイメージして、解咒するだけ。言うのは簡単だけど、しっかりどの場所に行きたいか思い浮かべておかないと、地面に埋まることもあるらしい。……便利なようで、不便な方法だ。


 僕は目を瞑り、息を吸って、紹介所の前に落ちることを想像した。


「    」


 すると、身体がフッと落ちて行く感覚。


「……何年ぶりかな、裏都市に行くの」


 目を開けば、もう目の前は紹介所だ。


 そこで少し天を見上げてみれば、遥か高くに四方八方に広がる木の根のようなーーしかし、これが木の根なら、本体の木がどれだけ巨大なのかわからないほどのーーものがある。


 日の射すことのない地下空間は、吸血鬼にとっては楽園のようなもの。

 人間にとっては日の当たらぬ、窮屈で住みづらい場所だろうけど。


 数年ぶりの地下都市の不可思議な空間に少し浸って、気を取り直し、人工灯のほのかに暖かい電球色を頼りに、目の前にある建物を見る。


 一見すると、小さなレンガ造の建物。しかし、中に入ってみると全くそんなことはないことを知れる。大理石張りの床に、上も下もない空間があるのだ。


 紹介所と僕が呼んでいるそこは、正式名称は「エンドマーク職業斡旋所及びフィロソフィア商会」。長ったらしくて呼ぶ気になれないし、エンドマークに斡旋って……。


 ちなみにノアは最初から僕の担当で、僕が望む仕事を彼が仲介するのが最初の形だったんだけど、いつの間にか彼の持ってきた仕事を受けさせられることが当たり前みたいになって……。

 そういえば僕達って何年の付き合いだっけ。三十年、五十年くらい? 


 ……ノアのこともあんまり知らないんだなあ、僕って。 



 建物の入口に立ち、ドアノッカーで3回扉を叩く。


 1回は商会への入り口。

 2回は職業斡旋所で紹介を受けるための。

 3回は依頼を申し込むための。

 4回は常連だけ。


 いつもは4回叩くんだけど、今回はノアに会いたくないし。


 自動で扉が移り変わり、青い扉で止まると僕は中に入って行った。


「ようこそ、エンドマーク職業斡旋所へ」


 いかにも秘密結社というような本部で、受付の女性が一人にこやかに迎えてくれた。


「やあ、こんにちは。いや、久しぶりかな?」


「……っ! ルーク卿! 如何なされましたか?」


 受付嬢は僕に気付くと、びしり! と身体を硬くさせ、顔を強張らせた。


 ……驚いている。というか怯えてるね。


「突然ごめん。ノアには、秘密で中に入れてもらっていいかな?」


 僕は彼女に近づくと、手を取って丁重にお願いをした。やっぱりこういう時は丁寧に頼まなきゃいけない。


「ど、どのようなご用件でしょぅ…」


「ここでさ、紹介してもらったサリィ・ルーブス? って子と連絡を取ってもらいたくて」


 僕が用件を話すと、仕事用の顔に変わり怯えがなくなった。さすがノアの部下だ。


「……了解しました。サリィ・ルーブスさんですね。ちなみにどの部門から紹介を受けたか分かりますか?」


「…………ぶもん。……シッター兼家庭教師をやってもらってたんだけど」


「教育・育児部門ですね。少々お待ちください」




 僕はあの後、貴賓室みたいな場所に通されて、高そうなカップに入ったコーヒーをもらい、ソファに座っていた。


 コーヒーは飲めないので、形だけもらってボーッとその部屋に飾られている絵を眺める。


「……あの爺さんの絵だね。それも悪趣味にも「孤独の男」か……。こんなところにあったのか、本物。」


 「孤独の男」とは、ある時から表舞台から消え、現れたと思ったら全て模造品であったという逸話を持つ曰く付きの品だ。


 これはテンペラ画法を用いられており、作成されてから300年は経つというのに劣化はほとんど見られない。

 その絵は黒の濃淡で表現され、一見すると一色なのだが、バーミリオンを石膏の下地に薄くのせてある。

 

「それにしても、これ配置逆なんだよね」


 今配置されている構図では黒い男が一人、道で立ち尽くしているように見える。影は白く、周りには誰もいない。まさに、「孤独の男」。

 

 しかし、逆さにしてみると「吊るされた男」になる。これがあの爺さんによると正しい配置らしい。


 ーー向きを毎回変えながら描いてたから、よく覚えてる。それを知った時、すごい悪趣味だと思った。


 あの爺さんが、どんな思惑を持ってこれを作ったのか聞いたことがあったけど、教えてくれなかったんだよね。師匠のくせして。

 自分より年取ってるのに、若者のフリして無理やり乗り込んできた老爺(ジジィ)には教えてやらないとか言って。


 これを作り上げたその後、彼は……。

 

「…………………」


 ーーあぁ、それにしても遅いなぁ。




 僕が絵画に思考を巡らせて、しばらく経った頃。


 身体を萎縮させ、小走りで二人の女性がやってきた。

 一人は受付の女性、もう一人は多分部門? の担当の人かな?


 怯えたように受付嬢は僕の顔を見ながら、話題を切り出す。


「………ルーク卿、申し訳ありませんが、サリィ・ルーブスという方は存在しませんでした。VIP用の情報まで洗っては見たのですが、一人も該当する方は見当たらず」


 ………え、なんで? サリィが存在しない?


 僕は予想だにしない驚きに襲われた。ルル、メルだけの問題だと思ってたのに。


「え? 登録が消されたとかでもなく?」


「……登録消去が完了するのは最低でも二月はかかるのですが、二月前にその方はルーク卿の元をお辞めになられたりしたのでしょうか」


「……いや、居たよ。普通に」


「此方の仲介という形でしたら、それはおかしいですね」


 すると、受付嬢の隣にいる女性が僕に話しかけてきた。


「雇用契約書はお持ちですか? そちらを見せて頂ければ話は早く進むと思います」


「……そういうの全部ノア任せでさ。多分、持ってはいると思うんだけど、今手元にない」

 

 ……あるかな。捨ててないといいけど。


 ノアに任せてれば困ったことなかったから、気にしてなかった。ちゃんとしてればよかったなぁ。


 二人は僕の話を聞くと、一旦僕から離れて二人で話し始めた。


「……社長が直々に」


「他の者だと萎縮しちゃうか、魅了されちゃってまともに話せないのよ」


「そうなの? 全然そんな感じしないんだけど」


「それは魔力を抑えてくださっているからよ」



 うーん、どうすればいいんだ。 サリィまで連絡も取れず、そもそも身元まで怪しいだなんて。


 僕が一人考え込んでいると、彼女達はそれを見かねたのか声を掛けてきた。


「ルーク卿、宜しければ手配書を出すことも出来ますよ? 似顔絵はお得意ですよね」


 手配書かー、うーん。サリィは犯罪者ではないんだよね。それは気がひけるなぁ。


「あと此方で、サリィという名に該当する人間を当たってみましたが、この中にいらっしゃいますか?」


 そして、彼女は僕に二つに分けられた書類を渡してきた。ちゃんと似顔絵付きだ。


 ……いや、これ見ていいのかな? まあ、わざわざ用意してくれたみたいだから見るか。


 ペラペラと捲っていく。


 こっちの書類にはいない。


 じゃあ、こっちの書類は? ん? これ……。


 僕が書類に向き合っていると、それを無理やり取り上げられた。


 顔を上げると、そこにはノアがいた。


「……………」


 ノアは僕から書類を奪うと、女の子達の方に向き直り怒り出した。


「……特権階級用の金庫が開けられたと思ったら、何やってんだー? 個人情報は守秘義務があるだろうが。例えコイツに頼まれようと、それは絶対だろ」


「ですが、始祖の一人であるルーク卿に対し……」


 言い争っている。


 ーーガンッ!!!


 話が長くなりそうだったので、現れたノアと言い争いをしている二人の間に僕は力任せに机を蹴った。そして、壁に突き刺さる。


「ひっ……⁈」


 僕に親切にしてくれた二人が僕の顔を見て、完全に固まっちゃった。


 いや、でもしょうがないよね。


 頭の中でさっき見た書類の中身を反芻する。


「…………ねえ、ノア?」


 僕は威圧を込めて、彼が持つ書類を指差した。


 ーーそれどうなってんの?


 一瞬だけど見えたサリィの顔。

 なんで依頼人のところに入ってんの。


 何なの、依頼内容「長期に渡る王位継承者の護衛」って。


「……あーあ、バレた」


 そう言うとノアは、意地悪そうに笑った。瞳が真っ黒で、そこがないみたいだった。


 あぁ、僕久しぶりにキレそうだ。

 吸血鬼として生まれて、自分より弱いやつにここまで踊らされたの初めてだよ。






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